主の御名のまとめ
                                                   2014 11月1日



  古代ユダヤの伝承では、「名」は 「実質」を表す、と言われています。 「主」の御名は、聖書においていろいろな形容詞をもって表現され、「主」の実質の多くの側面が語られています。
  また、新約時代、御子イエス様の名前には、権威・力が伴っています。 それは、御子イエス様の 「神性」、「神の三位一体」が証されるためです。


  ● 「」の御名について:


  旧約聖書の「」の御名(旧約聖書で 6859回出る)は、「YHWH、(発音)ヤハウェ (あるいは ヤーウェ、ヤーヴェ)」であり、EHYH(エヘイェー、= I am、was、will be、 未完了相・1人称・単数・男性、 出エジプト3:14)の、 YHYH(イヘイェー)(= he is、was、will be、 未完了相・3人称・単数・男性)の場合と解釈され、 「彼は 在りて在る方(であり続ける)」 という意味になるといわれています。  ⇔ (cf.  HYH(ハーヤー)= 3・単・男・完了相)
  ・ = 「昔いまし、今(常に)いまし、後に来られる方」(黙示録4:8) ・・・ 時間を超越して、永遠の昔から永遠の未来まで 存在し続ける神

  そしてこの名は、実に、御子イエス様が ご自身を指して証言しておられます。(ヨハネ8:24、28、58、 18:6、8、 マルコ14:62、 ルカ22:70、 黙示2:23)
  
すなわち、御子イエス様 = 旧約聖書の「ヤハウェ」

  発音は、ユダヤ教では、「御名をみだりに唱えてはならない」(第3戒、出エジプト20:7)の曲解から 昔の正しい発音は失われ、伝統的に、読まずに抜かす、または、「アドナーイ(わが主)」(BC3世紀頃から)と読まれてきました。(御名を繰り返し唱えてはならないのではなく、不信仰で唱えたり、違う霊によって、悪い目的で用いてはならない、という意味) また、イェホワー、ジェホバ、エホバ(この読み方は、正統派のキリスト教会では 異端のエホバの証人を想起させるので 忌避されている)ではなく、 人名などの YH = ヤー、 YHW = ヤーフ から、最初のYの母音は a であり、学術的には 「ヤハウェ」 と読むのが正しいとされています。

   

  イエス・キリストの名前(イェシュア マーシヤ + yah が付く人名

   




  ● アドナイ・○○○ の関係:  「アドナイ」(わが主、 アードーン(主)の強意形)とは、BC3世紀頃からの、「ヤハウェ」(彼は在りて在る方)の伝統的な読み方です。(そのまま「ヤハウェ」と読んでも良い
    ・・・・  ヤハウェ・○○○ として朗読すると、主の臨在があります。 (「詩と 賛美と 霊の歌をもって、互いに語り、主に向かって心から歌い、また弦楽を奏でなさい。」(エペソ5:19))


  1) アドナイ・ローイ(The LORD is my shepherd): 「主はわたしの羊飼い。 わたしは乏しいことがありません。」 (詩篇23:1)

  

  2) アドナイ・イルエ(Adonai-jireh): 「主の山には 備えあり(顕現あり)」 (創世記22:14)

   

  3) アドナイ・シャローム(Adonai-shalom): 「主は平安」 または 「は平和」 (士師記6:24)
     ・ エルサレム(イェル・シャラユィム、エル・シャライム) = 平和の町 (≒ 平安京?)

    

  4) アドナイ・ロフェーハ(the LORD that healeth thee): 「わたしは あなたがたを いやす者である」 (出エジプト15:26)
     アドナイ・ロフェ(the LORD heals): 「は 癒される」

    

  5) アドナイ・チドケヌ(The LORD is our righteousness): 「は 我らの 正義」 (エレミヤ23:6)
     アドナイ・ツェデク(The LORD is Righteousness): 「は なり」 (詩篇129:4)
     メルキ・ゼデク = 義の王(マレキー・ツェデク) (創14:18)

  

  6) アドナイ・シャマー(The LORD is there): 「は そこに おられる」 (エゼキエル48:35)

      ”ここに”ではなく 「そこに」

  7) アドナイ・ニシ(Adonai-nissi): 「は 勝利の旗(サイン、シグナル)」 または 「は 奇跡(NSY(ニシ)=NSSH(ノーセサー) イザヤ59:19 と同じ) (出エジプト17:15)

   

  8) アドナイ・メ・カデシェ・ヘム(I am the LORD who sanctify you): 「わたしは あなたがたを 聖別する である」 (レビ20:8)

    

  9) アドナイ・カ・ギボール(The LORD shall go forth as a mighty man): 「勇士のように 出で立つ」、「主は わが勇士」 (イザヤ42:13)

    

  10) アドナイ・ハショーフェト(the LORD, the Judge): 「審判者である 」 (士師記11:27)、 「さばき人となる 」 (Ⅰサムエル24:15)

    




  ● エル・○○○ の関係: エルは単数名詞、エロヒームは複数名詞の単数扱いで、神の三位一体を現しています。


  1) エル・エルヨーン(God Most High): 「いと高き 神」 (創世記14:19)

    

  2) エル・ロイ(God of seeing): 「ご覧になる(見守る) 」 (創世記16:13)

     

  3) エル・シャダイ(God Almighty): 「全能の 神」 < 「乳房(単数)・増殖の祝福 の神」 (創世記17:1) ・・・ アブラハムに対して言われた主の御名: 信仰の父・アブラハムの子孫がおびただしく増える約束

     

  4) エル・オーラム(the Everlasting God): 「永遠の 神」 (創世記21:33)

     

  5) エル・ナー(the LORD, whose name is Jealous, is a jealous God): 「ねたむ 神」 (出エジプト34:14) ・・・ 偶像崇拝を赦さない神、 ねたむほど愛する神

    

  6) エル・ガドール(God great and awful): 「大いなる (また 恐るべき)」 (申命記7:21)

     

  7) エル・ハイ(the living God): 「生ける 神」 (ヨシュア3:10)

    

  8) エロヒーム・ケドシーム( He is the holy God): 「聖なる 神」 (ヨシュア24:19) ・・・ 複数名詞(単数扱い)で、 一方、ねたむ神は単数で記述

  

  9) エル・ラフームハヌーン(the LORD, God, merciful and gracious): 「あわれみ深く、恵み深い 」 (出エジプト34:6)

     




  ● 旧約聖書の 御子イエス様についての預言:


  1) 「お前の子孫と 女の子孫との間に 敵意を置く。 は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは 彼のかかとにかみつく。」 (創世記3:15)

   ・・・・・ ZRAK(ザレアハー、2人称・単数、お前の種(子孫))、ZRAH(ザレアー、3人称・単数、彼女の種(子孫))、 (原形) ZRhA(ゼラア)。 イエス様が十字架上で勝利されたとき、サタンの頭は踏み砕かれた。
 


  2) 「あなた(アブラハム)の(=子孫、2人称・単数)によって、地のすべての人々は祝福される。 あなたが わたしの声を聞いたからである。」 (創世記22:18)

  3) 「あなたの神であるは、あなたのうちから、わたしのような一人の預言者(単数)を起こされる。 わたし(モーセ)へのように、彼に聞きなさい。」 (申命記18:15)

   ・・・・・ ユダヤ人向けの説教で ペテロは、この 創世記22:18 と 申命記18:15 を、使徒行伝3:22、25 で引用した

   



  4) 「王権はユダを離れず、統治者の杖は その足の間を離れることはない。 ついにシロが来て、国々の民は彼に従う。 (彼はその ろばをぶどうの木につなぎ、・・・)」(創世記49:10)

    「シロ」 = שִׁילֹה(Shiloh) :この一か所だけ出てくる(意味は不明確) ・・・ 文脈から明らかに「キリスト」のこと。 < שָׁלָה(シャーラー、shalah)、rest、prosper = 休む(ヨブ3:26)、栄える(詩篇122:6)、< שָׁלוֹם シャローム、peace平安・平和、  ユダ族の末裔から、(ユダ族のダビデはイスラエルの王として出たが、その後の事として、)キリストが出現し、(イスラエルの一国だけではなく、)「国々の民」 עַמִּים(アミーム(複数) <עַמ アム、nation国、people国民) = 全世界 信じられることを、予告している。 11節の「ろばをぶどうの木につなぐ」とは、ろばは大事なぶどうの実を全部食べてしまうことから、”非常に気前の良いことのたとえ”になっている。



  5) 「わたしたちに一人のが生まれる。 男の子がわたしたちに与えられている。 の肩に主権がある。 そして 彼の名前はこのように呼ばれる。 すばらしい相談役、 勇士の神、 永遠のわが父、 平和の君。」 (イザヤ9:6)

  * イザヤ書は、御子イエス様の初臨を 最も多く予告している 預言書です。 死海写本は、イザヤ書が大部分が残り、現在のユダヤ経典のマソラ本文と内容的にほぼ完全に一致しているので、 現在の旧約聖書の多くが、マソラ本文からの訳をそのまま用いています。 そして、死海写本は、C14法により、イエス様がお生まれになる(BC4)前の BC100~200年に 書き写されたものであることが1991年、96年 に測定されました。(BC5年以前に書かれた確率は97% → C14法) したがって、オリジナルの イザヤ書はさらにその前に書かれたものであり(預言者イザヤ: BC8世紀)、時間的に、メシヤの予告(聖書預言)となっていることが証明されています。

 


  6) 「しかし、は、私たちのために 神を冒涜する 罪に定められ、砕かれ 実に苦難を受けられた。 への懲らしめが 私たちに平安をもたらし、の打ち傷によって 私たちはいやされた。」 (イザヤ53:5)
       ・・・・・ 御子イエス様が 苦難の僕として、十字架にかかられる未来の時の出来事を、 預言者イザヤは幻で見て このように記述した。(聖書ヘブライ語:未来完了形)
  約2000年前、御子イエス様は、十字架で苦難を受けられました。 私たちは 信じて、その贖いをただで受け取るだけです。 また、このみことばの後半部分は、いやしの祈りの時に宣言されて用いられます。

  


  7) 「エッサイ(YShY =ダビデの父)のから が生え出て、 深く張った根から 実を結ぶ 新芽(子孫)が出る。」 (イザヤ11:1、KJV(○)、口語訳・新改訳(×)

   ・・・・・・ 御子イエス様が、ダビデの家系から現れることは、BC8世紀のイザヤの時(ダビデは在位:前1000年 - 前961年頃)から予告されていました。(→ マタイ1:6、16、 また、黙示録5:5「ダビデの」(○、KJV、新改訳、ダビデの若枝(×、口語訳←70人訳)

 





  ● 新約聖書のイエス様の御名:


  (1) ご自身で宣言されたもの:

    1) 「わたしは ある」、「(I am that) I AM」、(「I AM HE」、NKJV) (ヨハネ8:24、28、 18:6、8)
       「Before Abraham was, I AM」(NKJV) (ヨハネ8:58)
       「αν(If) δεν(don't) πιστεψετε(believe) οτι(that) εγο ειμι(I AMエゴー エイミ)」 (Ιωαννης 8:24、 by.ワード・プラネットのギリシャ語新約(ビザンチン型))
  これらは、
    「I am that I AM」(EHYH AShR EHYH、エヘイエ アッシェル エヘイエ、 「I AM」 は固有名詞、 出エジプト3:14) と同じであり、

        ∴ 御子イエス様 = 旧約聖書の「ヤハウェ」

    2) ヨハネの福音書(他)より、
       「メシヤ (キリスト)(Messias(Christ))」(4:26)、 「いのちのパン(bread of life、 Εγω ειμαι(I am) ο(the) αρτος(bread) της(of) ζωης(life))」(6:35)、 「世の光(the light of the world)」(8:12)、 「(the door)」(10:9)、 「良い牧者(the good shepherd)、Εγω ειμι(I am) ο ποιμενας(the pastor, shepherd) ο καλος(the good)」(10:11)、 「神の子(the Son of God)、 ειμι(I am) Υιος(フイオス、Son) του(of) Θεος(God、テオス(セオス))」(10:36)、 「よみがえり、いのち(the resurrection, and the life)」(11:25)、 「先生、主(Master and Lord)」(13:13)、 「道、真理、いのち(I am the way, the truth, and the life)」(14:6)、 「まことのぶどうの木(the true vine)」(15:1)
     * 「人の子」という表現は、新約聖書に88回出てくる

    3) ヨハネの黙示録より、
       「アルファ、オメガ(Alpha and Omega)」(1:8、21:6、22:13)、 「最初、最後(the first and the last)」(1:17、21:6、22:13)、 「初め、終り(the beginning and the end)」(21:6、22:13)、 「死んだがいつまでも生きている者」(1:18)、 「ダビデの根 (The Root of David (Δαβιδ))」、「ダビデの子孫 (the offspring of David)」、「輝く明けの明星(the bright morning star、 το αστερι(the star), το(the) λαμπερο(bright) και(and) πρωινο(morning, break fast) )」(22:16)


  (2) 他の器が証言するもの:

     バプテスマのヨハネ: 「世の罪を取り除く 神の小羊(the Lamb of God, which taketh away the sin of the world)」(ヨハネ1:29、36)

     使徒ペテロ: 「生ける神の御子キリスト(the Son of the living God)」(マタイ16:16)

     使徒パウロ: 「神の知恵、義、きよめ、贖い、 σοφια(ソフィア、wisdom、知恵、叡智、哲学) απο(of) τον(the) Θεο(God)、 και(and) δικαιοσυνη(justice, righteousness、正義、義) και(and) αγιασμος(sanctification、罪のきよめ、聖別) και(and) απολυτρωση(redemption、贖い・買い戻し、償還・債務の返済)」(Ⅰコリント1:30)、 「われらの平和(he is our peace)」(エペソ2:14)、 「すべての名にまさる名」(ピリピ2:9)

     使徒ヨハネ: 「ことば(the Word、 ο Λογος、 ホ ロゴス)」(ヨハ1:1)エン アルケー(イ) エーン ホ ロゴス  「ひとり子Only begotten Son、 Υιο(Son) του(of) τον(the) μονογενη(モノゲネ、唯一の))、 only begotten、 (父が設けられた)ひとり子(単数)の)」(ヨハ3:16)、 「ほふられた子羊」(黙示録5:12)、 「忠実、真実」(黙19:11)、 「神のことば」(黙19:13)、 「王の王 (The King of kings)、主の主 (The Lord of lords)」(黙19:16)



  (* 神の名前(ギリシャ語): Θεος(テオス) = 神 、 Πνευματος(プニューマトス) = 聖霊 、 Πατερας(パテーラス) = Father 御父 、 Κυριος(キュリオス) = Lord 主、 Ιησους  Χριστος = Jesus Christ 、など大文字)






  ● (参考)  神の三位一体の聖書箇所:


  (1)父=神:
          「私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、・・・また、唯一の主なるイエス・キリストがおられるだけで、すべてのものはこの主によって存在し、・・・」(Ⅰコリ8:6)

  (2)父=子:
          「わたしと父とは一つ(同一の本質)です。」(ヨハ10:30)
          「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。・・・その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。」(イザ9:6)

  (3)子=神:
          「このキリストは万物の上にあり、とこしえにほめたたえられる神です。」(ロマ9:5)
          「御子については、こう言われます。「神よ。あなたの御座は世々限りなく、・・・」」(ヘブ1:8)

  (4)子=聖霊:
          「その胎に宿っているものは聖霊によるのです。」(マタ1:20)

  (5)聖霊=神:
          「主の霊は、私を通して語り、そのことばは、私の舌の上にある。イスラエルの神は仰せられた。・・・」(Ⅱサム23:2-3)
          「さて、御霊(聖霊)の賜物にはいろいろの種類がありますが、御霊は同じ御霊です。奉仕にはいろいろの種類がありますが、主は同じ主 です。働きにはいろいろの種類がありますが、神はすべての人の中ですべての働きをなさる同じ神です。」(Ⅰコリ12:4-6)

  (6)イエス・キリスト=旧約聖書の主
          「もしあなたがたが、わたしのことを((直訳)わたしは”在る”という者である(I am that "I am")ということを)信じなければ、あなたがたは自分の罪の中で死ぬのです。」(ヨハ8:24)
        + 「神はモ-セに仰せられた。「わたしは、『わたしはある』という者である。」」(出エジ3:14)

  (7)初めから三位一体を暗示する所
          「さあ、降りて(単数)行って(複数)、そこでの彼らのことばを混乱させ、彼らが互いにことばが通じないようにしよう。」(創11:7)
          「見よ。人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るようになった。今、彼が、手を伸ばし、いのちの木からも取って食べ、永遠に生きないように。」(創3:22)


   ・・・・・三位一体という言葉は直接聖書には書かれていないが、聖書には一貫して、父なる神、子なる神(イエス・キリスト)、聖霊なる神(神の霊。 信じるすべての者に与えられる。)という三つの位格があって同時にそれが一つの神である事が書かれてある。三位一体は知性では決して理解されない”神学的 深遠の問題”と呼ばれるものである。

  どれか一つを強調しそれに言及することは問題ないが、三つの位格のうちのあるものが他より低い位置に置かれる教理をもっているならば、それは霊の異なる”異端”である。 たとえば、”エホバの証人(ものみの塔)”では父なる神よりもイエス・キリストが低い位置に置かれているので、キリスト教界では明確に異端とされている。 (また、ユニテリアン(「父なる神」のみ)、三神論も、三位一体でないから異端である。)



       →  ● 自然啓示による 御子イエス様の 「神性」 と 「神の三位一体」 の あかし



  § 発音記号(ニクダー):

  




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