核磁気共鳴の実験



  核四極共鳴(NQR)が 電気的に分極した原子核と 結晶内の電場勾配(φ’’)との相互作用によって共鳴周波数が決まる( f ∝ φ’’)ため、化学結合、結晶構造や温度に非常に影響されるのに対し、核磁気共鳴(NMR)は、共鳴周波数が 原子核のスピン( I )と その原子核がある所の外部からの磁場(H)のみによって一意的に決まるため、原子核の同定や結合の相互作用を安定的に知ることができる。


  1. 実験装置の整備:


  (1) 磁極の作製: 強力磁石、取り扱い要注意!

  市販の板状のネオジム磁石(86x41x6.5mm、若松通商)を、ギャップを挟んで、両側から4枚ずつ重ねた磁極を作製した。 強力な磁石なので、作製には、軍手を着用し、3mmアクリル板に極性を確認した磁石を置き、両親指で磁石を押さえながら(下を両脚で押さえ)、慎重に両側交互に1枚ずつ重ねていった。(作業中、1m以内の周りに鉄製の工具などの磁性体物質を置かないこと。手などを挟まないこと!) 出来た磁極は、3mm厚のアクリル板などで覆いを作り、アロンとエポキシでしっかり固定した。

  ギャップ・スペースは、極間 10.5mm × 幅 15mm。(φ10ガラス管と出力コイルが収められる程度とした) 
  磁極には、出力コイル(4cm×1cm、φ0.6ホルマル線、8 T 重ね巻き: L≒1.5〜1.8(μH):押し付けたとき)、検知コイル(φ0.4 ホルマル線、φ6.5mm程度、4 T)、出力VC(100pF)をセットした。

  * ギャップ材には、本来、金属角棒などの 水素を含まない材料を使用すべきで、今回 (作りやすい)アクリル板の積層で作ったため、後でシールドしたが、アクリル樹脂中のプロトンが反応して測定がやや困難になった。( → 2.(2)の@ **)
  

  ・ 磁極の磁場の分布(上下と幅方向)は、簡易ガウスメータに テスターの電圧計をつないで行なった。( → オペアンプ回路 (4)ガウスメータ
  数値は、相対的な電圧表示で、正確な磁束密度(G)は、NMR測定によることになる。 ホール素子(THS119)は2000(G)程度までは直線性が良いが、それ以上になると 徐々に飽和してくるので、あくまで目安である。
  両側各4枚重ね磁極の結果は、縦方向: 磁石中心から上下1cmで2%程度、上下2cmでは10%以上、 幅方向: 左右1cmで1〜2%程度となった。これは、共鳴周波数14Mcに対し 0.3MHzもずれると予想される。 (* 1枚ずつだけの磁石では、端部が強く 中心部が弱い磁場となって、全く均一にならない)



  (2) 高周波電源の整備:

  前回のNQRと同様に、パルス法による実験を行なうための高周波電源を整備した。

  ・ 発振基板は、波形と出力の改善を考え、前回のデジタル方式から アナログ方式に変更した。 増幅段のトロイダルコアに高μの77材を用い、8 T のバイファイラ巻きにして、出力が大幅にUPしたが、10MHz台の低周波域での高調波成分による歪はそれほど改善されなかった。ただし、NMRに使用するには、(原子核からの単色波の輻射をMIXさせた後 検波するので、)これで充分である。特に、PIC ICの発振用に10MHz水晶を用いると、10Mc、15Mc、20Mcのノイズがビートとして鋭く出てしまうので、測定範囲外になるように 4MHzに切り替えた。
  また、低周波(AF域)の発振は 検波ダイオードで除去できないので、発振防止には注意しなければならない。

  ・ パワーアンプは、14MHz程度に合わせて、終段タンクコイルの巻き数 15T、タップ 5T、同調VC 150pF に変更した。マッチング用VCは不使用。 タンクコイルの両端には、ダミー電球(10Ω10W)をつなぎ、電波エネルギーの流れをつくり コイルでの振幅が大きくなるようにした。
  ・ フェーズシフタは、30MHz NQR用に作製したものをそのまま流用した。
  ・ 周波数カウンター(手製)は、測定レンジを低位桁側に切り替えて、4桁は確保できる。

  受信機、および、全体の組み立ては、NQRの実験と同様。 ( → (1) NQR測定装置の整備:、 核磁気用 送・受信器の作成: 参照)

 



  2. 水素(1H、プロトン)の測定: 電波障害注意!


  (1) サンプル、測定部の作製:

  φ10mmガラス管に挿入する検知コイル(φ0.4ホルマル線、 4 T)は、出力コイルの磁束を切らないように 直角にセットし、配線からのノイズを防ぐために配線を捩って出した。検知コイルの相対位置は、中心線からやや上にして、試料からの電磁波を拾えるようにした。
  ガラス管は、加工後、塩酸と純水でよく洗浄し、ガラスからの溶出成分を除いた。
  硫酸銅溶液は、0.01M以下に希釈すると加水分解するので、溶液100mlに対し希硫酸を1滴加えた。

  また、装置のプロトンの影響を極力除くために、測定部のアクリル・スペーサーを覆うように 電波シールド用の銅板(0.5mmt)の帯を置いてアースした。

 


  (2) 測定結果:

  @ 0.01M硫酸銅水溶液の測定結果:

  0.01M硫酸銅を純水(一般化学実験用の脱イオン水)に溶かした溶液を、サンプルとして用いた。 この場合、磁性の銅イオン Cu2+ が 水分子中のプロトンの励起状態を撹乱し、緩和を引き起こすはずである。(* 鉄(Fe3+)、ガドリニウム(Gd3+)などを用いても良いと思われる。)

  ** 周波数の低い方にも FID信号(free induction decay、自由誘導減衰)が現れたが、これは 磁極中心から外れたアクリル・スペーサー中のプロトンによると考えられるので 除外し、最も周波数の高い(=最も高磁場で共鳴した周波数の)FID信号を選んで測定した。ただし、この場合、ほとんど明確に 単一のピークを測定することができた。

  結果は、中心周波数 0 = 14.70(MHz)、 周波数の半値幅 = 約 0.45(MHz) = 約450(kHz) となった。(水無しブランク管では、もちろんFID信号は現れなかった。)

  したがって、磁極中心付近の磁場の強さ(磁束密度)は、 1(T、テスラ)(=10000(G))のとき、 1H (プロトン)では、核スピン I = 1/2、
             f = γI H0/π = 2.675×108×(1/2)×1/π = 42.6(MHz)  より、
   H0 = 0.345(T) = 3450±50(G) 程度であることが分かった。



  A 硫酸銅の濃度を変化させた結果:

  脱イオン水に溶かす硫酸銅の濃度を、0.1M、0.01M、0.001M、純水(脱イオン水) のように変化させ、@の要領で、中心周波数 0 と、半値幅  を測定した。
  結果は、溶質の濃度が低いほど、周波数の半値幅が短くなった。(0.01M、0.001M、純水は 単一のピークがはっきりと現れたが、0.1Mは 別のピークが強過ぎて うまく測定できなかった。)
  また、指数関数部の係数 α緩和速度( 逆数1/α:緩和時間 )を、FID信号の1、2、3番目の山の値に fitting して その平均を求めた。

  したがって、溶質の濃度が高く、プロトンへの相互作用が大きいほど、すなわち、緩和速度 α が大きいほど、 周波数の半値幅 刄ヨ = 2πが広くなる、という予想と一致した。

  

  ・ 溶解している磁性イオンの濃度が極端に少ない ”超純水” で正確に測定するならば、緩和が起こらず ピークは出てこないと予想される。
  ・ また、純水にCO2を吹き込んで、pH を変化させた水は、プロトンの周りの電子による磁気遮蔽の程度が変化するので、pH7 付近で半値幅の極小を示し、それよりもpHが大きく、あるいは小さくなれば、半値幅は増加していくと考えられる。
  ・ 1H や 17O の共鳴・緩和の半値幅の測定によって、”水のクラスター”の程度を知る、というのは、理論的根拠の無い 全くの俗説である。(そもそも、水のクラスターは存在しない)


  B 他の原子核の測定: