(2) イエス様の7つのしるしについて
ヨハネの福音書はイエス様が人として来られた神の子であることをあかしする事を意図している。イエス様の公生涯はわずか3年余りであったが、その間わざにつぐわざの現れで、イエス様がなされたわざをいちいち書き記すならば、その書物は世界中の図書館にも入りきらないほど多いだろうと述べられている。(ヨハ21-25) さらに、私たちが、主がなされたわざよりも大いなるわざをすると預言されている。(ヨハ14-12)
そこで、特に、ヨハネが選んだ7つのしるしに限定して、イエス様の”創造主”なる神性と私たちが神の創造性を現す”弟子”となる為のポイントを味わっていこう。
7つのしるし;
1) 水をぶどう酒に変える奇跡 ・・・ 2-1〜12
2) 役人の息子のいやし ・・・ 4-43〜54
3) 安息日のいやし ・・・ 5-1〜18
4) 5000人の給食 ・・・ 6-1〜15
5) ガリラヤ湖上の歩行 ・・・ 6-16〜21
6) 生まれつきの盲人のいやし ・・・ 9-1〜41
7) ラザロの生き返り ・・・ 11-1〜45
1) 水をぶどう酒に変える奇跡; 2-1〜12
イエス様は、「最初のしるし」(2-11)として、ガリラヤのカナの婚礼で、水をぶどう酒に変える奇跡を行なった。
奇跡のわざ全般に言える事は、「御父のしている事を(幻で)見て行なうことしかできない。」(ヨハ5-19)と言っている事に注意。だから、イエス様の奇跡は、溢れ余りある力ではあるけれども(*)、基本的に、一つ一つの御父の御声に聞き従っての結果である。私たちは、主の御声を聞き、主に幻を見せてくださるよう求めるのである。
(* 例外としては、未信者でいやし等を受けるその人の信仰をもイエス様は良しとされた。(着物のふさ(マタ14-36)、長血の女(ルカ9-43〜48)、使徒たちの影(使5-15)・手ぬぐい(使19-12)など)
母マリアの態度に注目してみよう。神の子であるが息子でもあるイエス様が、いつも奇跡を行なっているのを知っていたので、この時大いに期待して「ぶどう酒がありません」と言った。しかし、イエス様は、婚礼でぶどう酒がなくなった事と私とは(示されていないから)何の関係もないと、あっさりと言われた。(ここで「女の方」とは非常に丁寧な言い方である。) しかし、マリアはあきらめなかった。イエス様が何か言われたらそれにすぐ従うように人々に言ったのである。(ヨハ3-5) いやしの器であるハンター夫妻も著書の中で、”100人の人に祈って、100人全員死んだとしても、それでもいやしの祈りを続けるつもりだった”と述べている。 イエス様はその後で、御父に示され、水をぶどう酒に変える奇跡を行なった。
奇跡が起こる為には、奇跡が必要な状況に私たちが置かれることが必要である。御声に聞き従う歩みをする時、しばしばこのような窮地に導かれる事がある。また、聞き従いの歩みは、主の最初のことばのみ示され、それに従って出発し、従ったら次のことばがある、というようなパターンが多い。 このとき対応を間違えないで、失望せず、感謝や賛美、祈りの備えをして、へりくだって次の主のことばを待ち望む信仰の態度が必要である。主のことばのみがこれらの事態を完全に解決し、主の栄光が現れるからである。
霊的解釈としては、6つの水がめに水を満たすという事は、人間的行為に見えてもなすべきことをせよ、あるいは、特に、空の器(*)にみことば(水)を満たせ、と取れる。すると、聖霊が臨まれる時、それが最良のぶどう酒になる。すなわち、みことばに十字架の力(血の力=いのち)があふれる事になる。
(* (肉に死んだ)空の器に油を満たす(聖霊のバプテスマ)のと類似(U列4-1〜7))
2) 役人の息子のいやし; 4-43〜54
「2番目のしるし」として、距離を越えてのいやしの奇跡が挙げられている。
しるしと不思議を見て信じるように定められている人々が大勢いることが明記されている。(ヨハ4-48)
このガリラヤの役人は自分の息子が死にそうなので、イエス様のうわさだけを聞いて、カペナウムから二日がかりでカナへやって来た。イエス様は行かなかったが、彼にことばを与え、それを彼は信じた。するとその時刻(午後1時)にいやされた。
イエス様のことばは距離によらず権威があり、それに御霊が遍在性をもって働く事があかしされている。(電話やメールでも、いやしの祈りや悪霊縛りや預言などができる。)
そして、時刻と状況のはっきりした確認によって彼の家族の者全員が信じたのである。奇跡のメカニズムを追い求めるのは愚かであるが、奇跡を奇跡として認識する事は非常に重要な事である。
3) 安息日のいやし(ベテスダの池); 5-1〜18
いやしを受けた人は38歳ではなく、なんと38年もの間病気で、彼の人生は病気と共にあった。この場合、この人の病気は彼の罪が原因であり、このいやしは罪からの解放を兼ねている。(ヨハ5-14)
彼は38年もの間、あきらめずにずーっと良くなりたいと思い努力し続けていた。しかし、人間的な間違った思い込みによって、どうしても実践できない行ないをしようとしていた。(5-7)
しかし、ついに神の時が来て、主の方から語りかけられた。そして、彼の想いと全く異なるイエス様のことば(5-8)に従う事によって、いとも簡単に、瞬間的にいやされてしまったのである!。((参)イザ55)
(さて、このいやしは安息日に行なわれた。宗教指導者たちは律法を本来の神の目的に反して適用した。律法は人のためにあるもので、いわゆる律法的・人間的な適用は神のわざをとどめ、人を殺すものである。モーセの時代のユダヤ人があまりにもかたくなだったので、”目には目を”などの律法の規定は、放置しておくと無制限に増大する人の復讐を制限する神の配慮があった。)
4) 5000人の給食; 6-1〜
男だけで5000人、女や子供を含めると1万人以上いたと思われる。彼らに給食すると、トラック2〜3台分の食料が必要である。ところがイエス様は、一人の少年がイエス様のところに持って来た(おそらく母親が弁当とし持たせていた)2匹の魚と5つのパンを祝福し、どんどん増やし、ついには全員が満腹し、弟子たちの12の大かごに有り余るほどになった。(増殖の祝福、祝福とは”増える”ことを意味する)
ピリポは理性的で計算高い人で、ここでは全く不信仰だった。ただし、奇跡がどのように優れたものであったかを比較確認する為に主はあえて聞かれた。一方、アンデレは案内者として少年を導いた。そして、少年のささやかなささげものをイエス様は大いに祝福した。(それぞれの賜物)
さて、当時の人々は食事をする時横になるのが習慣だった(ここでの食事の姿勢=主に語られての信仰の行ない)。そして、そこは草が多く周りの人々が見えない状態で、イエス様は奇跡を行なったのである。これは、人や状況を見ないで、イエス様と1対1になることの重要性を語っている。(真の説教者、奉仕者は、教会でも集会でも、自分や他の人々を見せず、人々にイエス様との個人的な関係を作るのがうまい)
結果的に、イエス様に聞き従って働いた奉仕者である12使徒たちは、自分の大かごにいっぱいのパンを得た。
しかしながら、人々がここに集まったのは、イエス様のしるしと不思議を見たからであり、この大いなる奇跡の後にイエス様を探したのは、彼らが満腹したからであった。
大々的な奇跡の効果として、必ずしもすぐに多くの人々が救われてくるというわけではなく、一つ一つの段階を追っての神の計画があると言う事である。(*)
霊的解釈としては、この奇跡は過越しの祭りの近くになり、十字架を暗示する行為であった。イエス様ご自身がいのちのパンである、という、預言的な十字架の示しによる信仰は必ず大きな祝福をもたらす。信仰による聖餐式も本来その一つである。
イエス様は最後まで好んでパンを祝福する奇跡を行なわれた。(復活後も)
5) ガリラヤ湖上の歩行; 6-16〜21(マタ14-22〜34にさらに詳述)
午前3時頃、イエス様のガリラヤ湖上の歩行、しかも強風にあおられ荒れている湖の上を。これを見た弟子たちは恐れた。ペテロはイエス様のことばに従って、湖上をイエス様のように歩き出したが、途中で沈み始めた。 これは、舟上の弟子たちだけに見せられた、いわば内密なあかしである。
他の数々の奇跡も物理法則を超越しているが、この奇跡は典型的な物理的奇跡(*)と言える。なぜなら、イエス様の体が重力(**)をも超越しているからである。
私たちに信仰の賜物が働く時、ある一定の期間、私たちは超人になる。これは、どちらかというと、求めてではなく主のほうから一方的に与えられるものである。
”歩く預言者”ヘンリー・グルーバー師はイラン・イラク戦争の時、主に語られて、戦闘のさなか、イラク−トルコ国境のイラク側を賛美をしながら歩いた。アメリカとイギリスのTVで、気違いのアメリカ人が歩いていると放映された。彼は主の語りかけを受け続け、平安と賛美があるかどうかをセンサーとして歩いたのである。
これは、終末の危険を伴うリバイバルにおいて、私たちが主の働きを成し遂げるのに必須の能力である。
ここで、イエス様が弟子たちに、「恐れるな。」(ヨハ6-20)と言われている事に注意。弟子たちは幽霊を見たと思いパニック状態になった。 恐れは信仰の歩みにおいて最大の敵である。
ペテロが沈みかけた理由は、風を見て怖くなった為である。(マタ14-30) 彼は100%主だけを見るべきだった(主のことばに立つべきだった)。
霊の事を扱う場合も、主を見続けないとズレる。悪霊追い出しや霊の戦いをする時も、それが100%主に聞きう主の導きの中で、その聞き従いの一つとして行なうべきである。敵の霊ばかり見ているとバランスを崩し、否定的な信仰や逆の信仰になってサタンに翻弄される危険がある。霊の見分けや知恵・知識などに秀でて敏感な人は、特に聖書的信仰に固く立ち、意識的に主に目を留め続けていかなければならない。(霊的過敏症、にせ預言などの対策)
6) 生まれつきの盲人のいやし; 9-1〜41
つばきと泥をつけていやしを行なうという、まじないのようなやり方は、当時の民衆信仰(民間療法)の一つだった。イエス様は彼らがいやされる信仰を持ちやすいようにこのように導かれたと思われる。シロアムとは”遣わされた者”の意味で他の水源から流れ込んでいた人工的な池。
主の教会から、世界宣教へ遣わされて信仰を分け与えようとする時、各国や各地域の文化や慣習に気を付け、人々が信仰を持ちやすいように配慮しなければならない。イエス様はその地の慣習を用いて効果的なわざを行なった。(*)
賛美の分野では、ロックンロールは元々アフリカの土着の偶像崇拝(降霊術)のリズムであったが、聖霊に霊感され、主を賛美する歌詞のことばによって聖められ、礼拝賛美の音楽として現在一般的に用いられている。 また、伝統的な賛美歌を除く聖歌も、近世ヨーロッパ時代の飲んだくれの流行歌に過ぎなかったが、同様に聖められ厳粛な礼拝に用いられている。
(* 筆者が10数年前、会社の人々にいやしの祈りが導かれた時、ちょうど”気功”がはやった時で、皆半ば気功と勘違いして割と気軽にいやしを受けた。そのとき、40人(約8割)の人が明らかにいやされ、13人が信じた。ちなみに、病気を治すことを’手当て’と言う。’手かざし’は聖書から盗んだやり方である。)
イエス様は「世の光。」(ヨハ9-5)であり、世を照らす聖霊は今も信じる者と共におられる。
「目の見えない者が見えるようになり、見えるものが盲目となる。」(9-39)
確かに、教会に新しい創造的な主の働きが始まっているが、聖霊がどこから働き始めるのかをいちいち主に聞く謙虚さが必要。 リバイバルの質が高くなればなるほど、人間的には考えられない所から主のわざがなされるからである。
7) ラザロの生き返り; 11-1〜45
これは、イエス様が「いのちでありよみがえりである」事の重要なあかしである。
イエス様は御父に聞き従って、人々が信じる為の場の設定を行なった事が書かれている。まず、ラザロが神の栄光のために生き返ることが示された。(11-4) そのわざが行なわれる為には、ラザロが一度死ななければならないので、ベタニヤへ行くのを二日遅らせたのである。(11-6) もちろん、イエス様はラザロを愛していた。(11-5) イエス様の目的は、ラザロが死なない事ではなく、御父の栄光が現される事であった。
マルタは(ここでは)救いの信仰のみにとどまっている人の代表である。(11-24)(もちろん、この箇所にはそのようなメッセージがある。) だからイエス様はマルタが迎えに出た所にとどまっておられただけである。(11-30) マルタはこの世における具体的な強い奇跡を信じるほど成長していなかったのである。(11-39、40)(ただし、マルタには実際的な奉仕の賜物があった。) 「その石を取りのけなさい。」ということばは、”不信仰の石を取り除けなさい”、と聞こえる。
トマスの”主と共に死ぬ覚悟”は、不信仰ではあるけれど、結果的には主に従う事になった。(11-16)
しかし、マリヤはイエス様のおられる所に出て行き、足元にひれ伏して泣きわめいたのである。(11-31〜33)
彼女は、静まって主の御声をよく聞く人である、と同時に、非常に激しく祈る人であった。
そこで、イエス様も憤り、涙を流され、墓の所へ行って、ラザロをよみがえらせたのである。(イエス様には、全く人間としてのはっきりした喜怒哀楽の感情があった。)
マリヤのように状況をよく知らなくても、すべてを忘れての激しい祈りは、強い奇跡が現される原動力となる。
ラザロのよみがえりの結果、非常に大勢の人々を集める事になった(ヨハ12-9)が、一方、宗教指導者たちは全く悟らず、ねたみと殺意に燃えた。
(* 国内での死人のよみがえりの奇跡は、埼玉県のA師の教会の支教会のフィリピン・チャペルで、ナイジェリア出身のB宣教師の祈りによって行なわれたのは、知る人ぞ知るである。)