場の量子論の概略(2)



  ・ ゲージ理論とは?

  ゲージ(物差し)原理とは、時空の座標の各点をごとに、回転や並進といった変換を施しても、その理論の式が変わらない(ゲージ不変)、という要求であり、それを満たす理論全体をゲージ理論という。通常は、単なる対称性を表わす”大局的”変換と区別して、”局所的”変換(変換のパラメーターが座標の関数である場合の変換)を、ゲージ変換という。

  電子の場(電磁場)を考えると、実軸と虚軸を入れ替えてもその理論は変わらない。実軸と虚軸を入れ替える変換は、絶対値が 1 の複素数 を掛けて位相を変えることである。この複素数を1行1列の変換行列とみなして、これを U(1)変換(対称性 → 下の**参照)と呼び、この U(1)ゲージ場に対応する場は、実は 「電磁場」である。「電磁力」は、光子のやり取りを通して働く。 (→  5.)

  クォークの場は、陽子(u、u、d)、中性子(u、d、d)のように、3つの成分を持つので、3×3行列を掛けることに対して大局的にゲージ不変であり、これは SU(3)変換と呼ばれる。これを、局所的にゲージ不変とすることに伴うゲージ場が グルオンであり、「強い力」を記述する。
  陽子、中性子の崩壊などにかかわる「弱い力」は、2×2行列を掛ける SU(2)変換に伴うゲージ理論である。

  特殊相対性原理では、たとえば スピンを測る x、 y、z 軸の向きをどちらにとっても良かったが、一般相対性原理を要求する、すなわち、各点で時空の軸の向きを取り替えても良いと要求するならば、その対称性に伴うゲージ場が必要となり、それが 「重力場」である。
  したがって、自然界に存在する4つの基本的な力は、すべてゲージ場であることが知られている。


  ・ 力の統一理論とは?

  力の統一理論では、ゲージ対称性を満たすことで力の統合が可能になる。

  電磁力については、マクスウェルの方程式   を、 ベクトルポテンシャル A、 スカラーポテンシャル φ で表わすと、    となるが、A と φ は定まらないので、任意の量 x を使って表わすと、    となって、A と φ は x によって変化するが、元の式は変わらない。これを、電磁場はゲージ対称性をもつという。力の統一理論は、マックスウェルの方程式を基準としてスタートする。

  次に、ゲージ対称性の要求から、@ 電荷はどのような過程においても保存される、 A 力を伝えるゲージ粒子(光子、ウィークボソン、グルオン)の質量は 0 、の条件が導かれる。しかし、弱い力を担うウィークボソンは大きな質量をもつので、条件Aに反しゲージ対称性を破ってしまう。
  そこで、”ゲージ対称性の自発的破れ”というメカニズムを使ってこの困難が解決された。(by. ワインバーグとサラム) 磁性体の自発磁化は、高温では無くなり対称性が高い空間になり、低温では小磁石が自発的に一定方向を向き 対称性が破れた空間になる。それと同じように、高エネルギー状態では弱い力のゲージ粒子は質量が 0 であり、通常の低エネルギー状態では、ヒッグズ機構(1964)により 質量を担うヒッグズ粒子をやり取りして、ウィークボソンは質量を持つようになる。(ただし、ヒッグズ粒子は様々な素粒子に質量をもたらすと言われているが、未だ観測されていない。) エネルギーが100GeV以上の領域では、電磁力は”原始の電磁力”、弱い力は”原始の弱い力”としてほぼ同じ大きさとなり同一レベルで扱われ、このようにして、電弱力として統合される。(100GeV以下では、ヒッグズ粒子の影響を受け質量を得る。)
  この統一理論で統一された力の対称性は、 SU(2)×SU(1) となる。

  さらに、大統一理論では、SU(3) の強い力が統一され、エネルギーが 1016GeV 以上真空の相転移が起こり、光子(γ)や 3種のウィークボソン(w、w、Z0)はもとより、強い力を担う 8種のグルオンと 12種の x 粒子(クォークとレプトンの交換に関わる)の質量がすべて 0 になり、対称性 SU(5) という、より高い対称性が成立すると予想されている。
       
  しかし、大統一理論によると、陽子の平均寿命は 1032年であり、スーパーカミオカンデ(東大・宇宙線研、神岡、地下1100m・5万トンの水・1万本の光電子倍増管)中の水10000トン(約1034個の陽子・中性子)は、100個/年の陽子崩壊が起こることになるが、1996年4月からの実験では未だ観測されていない。これは、大統一理論に修正を迫るものであり、陽子の寿命を延ばすために ”超対称性”という概念が検討されている。

  まず、荷電対称性は、通常のスピン量子数と区別して、仮想的な荷電空間での回転を”荷電スピン量子数”(=アイソスピン)として導入し、核子の量子状態の新しい解釈とする。(中性子が −1/2、 陽子が +1/2、 π、π0、π+ がそれぞれ −1、0、+1) これは、電磁力はエネルギー、エネルギーは質量だから、陽子、中性子、3つの π 中間子の質量は異り(陽子-中性子:0.1%、π 中間子:3%の差)、荷電対称性は破れ 異なった粒子として存在するが、元々は同じ粒子であるとするものである。このように、フェルミ粒子(スピン半整数)とボーズ粒子(スピン整数)が”超粒子”という基本粒子の異なる状態であると考え、フェルミ粒子の半整数スピンを上向き、ボーズ粒子の整数スピンを下向きとする”超対称性スピン”を導入する。

  ただし、大統一理論がどのようなゲージ対称性を持つべきかという問題には、未だ答えが出ていない。

  これに、さらに、重力の統一を加えた統一理論が検討されているが、未だ完成度はきわめて低い。この統一理論は、宇宙のインフレーション時の4つの力の分化の仮説と相まって研究されている。





  4. 電磁相互作用とゲージ不変性:


  アハラノフ-ボーム効果(AB効果)の発見により、電磁場には より根源的な場であるベクトルポテンシャル A が存在することが明らかになった。電子の磁気的な相互作用を記述するのに、相対論的な量子力学では、旧来のマクスウェル方程式を修正する必要がある。
  上記の、自由ディラック方程式で、  の置き換えを行なうと、
           
                    (Aベクトル・ポテンシャル、Φ : スカラー・ポテンシャル 、 D 、D : 共変微分)
  が得られる。
  すると、磁気モーメントとの相互作用  が自動的に取り入れられ、磁気回転比が、 のように決まる。
  クライン・ゴルドン方程式についても、同様の置き換えを行なうと、
             となり、電荷 e をもつ複素スカラー場 Φ に対するクライン・ゴルドンの式になり、自動的に Φ の電磁相互作用が取り入れられる。

  この置き換え  は、”ゲージ不変性”という自然のもつ対称性に由来している。(* 対称性については下参照)

  電磁相互作用、強い相互作用、弱い相互作用、重力は、すべてゲージ理論として統一的に理解できる。



  5. U(1)ゲージ理論: (以下、自然単位系で表示)


  U(1)変換(ユニタリー(1)対称=複素数による回転対称)  は、大域的な回転対称と呼び、変換した方程式の波動関数もまた解になる。しかし、変換のパラメーター Λ が座標 μ に依存した実関数 Λ(x) であるならば、それを”局所的な変換”、または、ゲージ変換と呼ぶ。この場合、φ が 方程式の解であっても、exp(−iΛ)φ(x) は一般に解ではない。そこで、偏微分の代わりに共変微分 を導入しなければならない。 μゲージ場(数学では”接続形式”)、ゲージ電荷と呼ばれる。すなわち、
            の変換に対し、
                             とおく。
  すると、ゲージ場 μ は、共変微分がこの変換則を満たすようにゲージ変換のもとで変化する。

                      

  この局所対称性をゲージ対称性、Λが座標による場合の φ、μ の変換をゲージ変換という。
  たとえば、クライン・ゴルドン方程式   は、  となり、ゲージ変換のもとで 各項が斉次に変換される。(共変性)


  ゲージ場の強さを、   として導入すると、これはゲージ変換に対して、
      となって 不変である。
  このゲージ場の強さ μν を用いて、古典的 U(1)ゲージ理論のゲージ場を満たす運動方程式は、

                  ( ν は”カレント”と呼ばれる)  となる。

  μν が ゲージ場 μ で  を満たすので、カレント ν は、連続方程式
                      を満たす必要がある。


  この運動方程式が、電磁気学の運動方程式に対応することを示す。

  電磁気学の場合、 μν は 電場 E と 磁場 B 、− ν は 電荷密度 ρem と 電流密度 em に、
          のように対応し、
  ゲージ場 μ は スカラーポテンシャル Φ と ベクトルポテンシャル に、  のように対応する。

  ポテンシャルと電磁場との関係は、  から、
                             のように導かれる。

  マクスウェル方程式も、上記の運動方程式は電磁気学との対応によって書き換えられ、
                               
       また、 から  となるから、
                                 が導かれる。

  ゲージ電荷が Q のとき、共変微分は    となり、
       ゲージ変換による物質場は、  
  のように変換される。このとき 電荷のみが変化し、ゲージ場は変わっていない。 今までの議論の電子は Q = −1 の場合であり、 u クォークは Q = +2/3、 d クォークは Q = −1/3、 原子核は Q = N(原子番号)、などとなる。



  6. 量子電磁力学:


  電荷をもつ粒子(フェルミオン; 電子、陽電子、μ粒子、・・)の場と ゲージ場の量子である光子との相互作用を扱う。
   相互作用の強さは、 が目安となる。

  1) 電子-光子散乱; 散乱過程で相互作用を2回するので、散乱振幅 α とすると、散乱断面積 となる。電子の質量 = 0.5MeV/c2 に比べ、重心系のエネルギーの2乗 s = (γ2 が充分小さい場合、トムソン散乱、充分大きい場合、コンプトン散乱となる。
           
  * 注) ファインマン図は、縦軸が時間、横軸が空間、反粒子は時間を逆行する粒子として表わされているが、素粒子の反応と行列要素の関係を表現するためのものであり、粒子が時間を逆行することを表わしているのではない

  2) μ 粒子(- → μμ-): 電子と陽電子が反応して、μ 粒子と反μ 粒子(μ粒子は電子の質量の200倍)を対生成する、高エネルギー過程を考える。
             
  電子と陽電子から、電荷 ±Q e をもつ粒子 X とその反粒子 X− が生成する場合は、
                        となる。

  3) ポジトロニウムの崩壊: 電子と陽電子の束縛状態であるポジトロニウムは、対消滅して n 個の光子となる。ポジトロニウムは水素原子と同様に、全角運動量 j、軌道角運動量 l、スピン s という離散的なエネルギー準位をもつ。崩壊の平均寿命は、
          基底状態: 10 (j = 0、l = 0、s = 0) → 2γ、 τ(2γ) = 1.25×10-10(s)
        第1励起状態: 31 (j = 1、l = 0、s = 1) → 3γ、 τ(3γ) = 1.41×10-7(s)
   電磁相互作用により光子 n 個 に崩壊する分岐幅 は、α<<1 から、より少ない光子を放出する分岐が中心になる。基底状態から光子へ崩壊する場合、進行方向のスピン成分が ±2、0 の場合しかないので j = 0、2 の状態しかありえない。したがって、基底状態 j = 0 の 10 からは光子2個へ崩壊する。
  崩壊幅(=単位時間に反応が起こる率=平均寿命の逆数)は、  であり、光子2個出すので に比例し、複合粒子の中で電子と陽電子が重なる確率 |ψ(0)|2 に比例する。


  * 物質の基本粒子:

  これまで高エネルギー加速器を使用して行なわれたすべての素粒子実験の結果は、標準模型による予言と一致している。現在のところ、物質の基本粒子は、次の通りに分類(
4タイプ、17種類)されている。

    @ クォーク(6種):   u クォーク、 d クォーク、 c クォーク、 s クォーク、 t クォーク、 b クォーク
    A レプトン(6種):   電子、 μ 粒子、 τ 粒子、 電子ニュートリノ、 μ ニュートリノ、 τ ニュートリノ
    B ゲージ・ボソン(4種):  光子、 ウィーク・ボソン W(=W粒子)、 ウィーク・ボソン Z、 グルオン
    C ヒグス・ボソン(1種):  ヒグス・ボソン

  このうち、光子、ウィーク・ボソン、グルオンは、それぞれ、電磁相互作用、弱い相互作用、強い相互作用のゲージ・ボソンである。(ヒグス・ボソンは、質量の原因となる湯川相互作用を媒介する粒子。標準模型ではニュートリノはヒグス・ボソンと反応しないので、ニュートリノの質量は 0 だと仮定する。)


  ** 対称性について:

  並進や回転などの座標変換は変換行列によって行なわれる。
  ・ 正則な n × n 行列 A が、  を満たす直行行列の全体を 直交群 O(n)、  を満たすユニタリー行列全体を ユニタリー群 U(n) と呼び、さらに、A の行列式 det A = 1 のとき、それぞれ特殊直交群 SO(n)、特殊ユニタリー群 SU(n) という。
  回転行列はベクトルの長さを変えないので det A = 1 の特殊直交行列である。 任意の 3×3 特殊直交行列は 3次元回転を与える。 z 軸、x 軸、y 軸の周りの回転はそれぞれ、
            であるが、積についての交換は、 
     
[Ax、Ay] ≡ AxAy - AyAx ≠ 0 などとなって、非可換。(掛ける順序によって答えが違う。 cf. 2次元回転は積について可換) 3次元回転の全体は SO(3)

  ・ 複素数: 大きさが 1 の複素数  の全体 G は 掛け算について群をつくる。
   であり、  が成り立つから、G はユニタリー群であり、複素数は 1×1 行列とみなせるから、この群は U(1) である。

  ・ SO(3)の生成子: SO(3)群の任意の元 g は 3×3 の直交行列で表わされ、行列 Θ を用いて、 で定義される。Θ は 3×3 の反対称行列  であり、  とおいて、
     で表わされる。

  ・ スピン空間: 非相対論的量子力学では、電子の波動関数は2成分スピノル  であり、 ψ1、ψ2 をそれぞれ複素2次元ベクトル空間の座標とみなすことができる。このスピン空間における回転 
ψ → ψ’ = Vψ (V は2×2の複素数行列)は、
   より となって V はユニタリーであるから、
ψ → ψ’ = Vψ の全体は U(2)をつくる。

  ・ アイソスピン対称性: 2種類のクォーク u と d を、1つの粒子 q の電荷が異なる状態とみなすならば、場 u(x)、d(x)を1組にまとめて、
       と表わすことができ、u、d を複素2次元空間(内部空間)の座標とみなすことができる。
  アイソスピン空間における座標変換 
q → q’ = Uq についても、U は 2×2 のユニタリー行列であり、変換 U の全体は 群 U(2)をつくる。
  パウリ行列と全く同じ形のエルミート行列  を用いて、
   と表わすことができる。パウリ行列 σ
がスピン空間 (ψ1、ψ2) 上に作用するのに対し、このユニタリー行列 τ はアイソスピン空間 (u、d) 上に作用する。


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