7. 神の3定数 e 、π、 i のまとめ


  別々に与えられた π、e、 i が合体した 神の三位一体である、exp 関数(キリスト関数)は、複素数体という完結した数の体系による ”思索” および ”自然” の両方の場において、どこまでも 正則性をもって唯一 中心的な役割を果たしている。
  これは、神による、世の初めからの あかしの計画でなくて何であろうか?



  (1) キリスト関数:

  2000年前、私たちの主、救い主 イエス様は、イスラエルのベツレヘムでお生まれになった。イエス様は完全に人として来られ、30歳で公生涯に入られるまで、一人の貧しい大工として 平凡な普通の人のように生活された。外見上、あまり見栄えのしない人として。イエス様が神の子であるということを御使いに知らされて 彼を礼拝に来たのは、東方の博士たち(異邦人)だけであった。
  「彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない。」(イザ53:2) 
  おそらく、いつも重い石などを持ちあげていたので、 背の高いサウル王のようではなかった。(黄金比 φ のようではない)

  しかし、イエス様を ”神の子”として特徴付けるものは、(霊は神の第2位格であるが) 実に 聖霊様による力であった。聖霊様に満たされて、聖霊様に頼って事を成す場合、人々は 神の栄光の本質、すなわち、”御父”を見ることになる。
  「わたしを見た者は、父を見たのです。」(ヨハ14:9)

  まさしく、        である。

   は、人(死すべきもの(mortal))を象徴する。 しかし、聖霊様( )に満たされるならば、永遠の命を受け、力ある奇跡のわざを行ない(指数関数・三角関数、あらゆる方程式の解)、霊的な世界を含む律法の要求を完全に満たし、どこまでも全てを貫いて生き残る(正則関数)。    (  →  下図参照  )


  (2)  きよめ・主にゆだねること:

  人には アダムとエバ以来の罪の性質があり、人が 罪のない 御子に似た者になる(Christlikeness)、ということは、すなわち ”肉に死ぬ”ことである。完全に死んでから( ) 聖霊様に満たされる( i )と 無限のいのちが涌き出る。律法的な性質、すなわち、神から独立して自分で何かをやろうとする性質は、原罪以外の何物でもない。
             

  物理学において、正則条件と等値なラプラス方程式に 他の物理法則を付け加えると、当然 正則でない解も現われる。

  *  ユダヤ人物理学者には、そうそうたる名前が挙げられる。 ボーア、デバイ、シュレーディンガー、ノイマン、オッペンハイマー、ディラック、ファインマン、そして、アインシュタイン。また 集合論の数学者カントルも。彼らの仕事は 非常に独創的であり、全世界にインパクトを与えたのであるが、最終的にはあまり実を結んではいない部分もあったように思われる。
  彼らには 現在に至るまで覆いがかかっていて、彼ら自身を キリストと結びつけることができなかったのは、聖書の預言の呪いのとおりである。
  (アインシュタインは 神を信じていたと言われるが、平和主義的な動機で キリスト教とユダヤ教を一つにしようという働きだったので、本当にキリストを信じていなかったのではないかと思われる。後半生に力を注いで取り組んでいた重力と電磁気の統一場理論は失敗に終わった。 :ユダヤ人は、世界の人口の0.25%にすぎないにもかかわらず、ノーベル賞受賞者の約20%を占めていると言われる。(ユダヤ人の定義によって 18〜25%) 特に 物理学賞が多い。


  (3)  神の周期性:

  神は、イベントを好まれ すべてのことに ”時”を定められる。
  「こうして、夕があり、朝があった。」(創1:5)  (神は、時間をも創造した と考えられる)
  この世に関する 全歴史は、2000年周期の約7000年である。
  また、被造物である 地球の公転・自転や、バイオリズム、光や素粒子などの物質の本質も すべて ”周期”、”波動”であり、一つ一つのことに 周期性がある。ミクロの周期性によって量子数が導かれ、自然全体に物質の量子性(不連続性)が現われる。 
         指数関数は、    のように 2πnを周期とする 周期関数である。

         特に、  

  「その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも 子も 知りません。ただ父だけが知っておられます。」(マタ24:36)
  変数 θ が 2π になる時(π:御父の権能による時)、主の再臨があり、この世へのすべてのさばきと救いが 大能を帯びて再臨された御子によって行なわれる。


  (4)  救い、次の世への希望:

  今いる私たちは、次の世に希望をかけている。特異点(罪)が幾つもあっても、特異点以外は正則であり、それが 真性特異点(赦されない罪)でないかぎり、 不思議なことに、発散(神のさばき)をすべて回避して 次の世(2π i )に収束する。一周する途中で イエス様の十字架(−1)を通っている。聖霊様( i )無しで、実軸上をまっすぐに行き 0 = 0 を通ろうとすると爆発(発散)する。キリストの内にあるならば(積分路の内側) 新しく創られた者であり、外側ならば無視される。
    

  「こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。」(ロマ8:1、8:28)


  (5)  御子と御父との関係:

  これは 個人的に 最も感動した式のひとつである。 数学の基本定数が2つも入り、定数どおしの、冪ではなく、シンプルな商の関係!。複素積分により虚数が働いて、そのあと虚数が皆消え去り、 軸上の実部だけが残って この形である。そして、どう言う訳か π のほうが e よりも少し大きい。(π/e = 1.155727349・・・)

                        

  左辺の積分内の関数は、cos x神のイベント性(十字架と復活 = 愛と力)、1/(1 + x^2)が 神の中心性を表わし、その総合である積分は、− から + までの全てを支配する 神の栄光の全望を見る。
 そして これは、右辺 すなわち、御父(π)と御子( e )の 親密な 愛の信頼関係を表わす!。
  聖霊様( i )が働いて最終的に残る”実”は、愛の実である。

         

  天国で見たイエス様は、御父の中へ入ったり出たりし、何かを語ったり行なったりする時は いつも 肩越しに御父を振り返りコミュニケーションを取っておられる。(リック・ジョイナーの天国へ行ったあかし)


  (6)  キリストにとどまる:

  正則な関数の 線形結合も、また 正則である。・・・つながる場合
  また、正則関数の正則関数もまた、正則である。・・・含まれる場合

  キリストにつぎ木されると、いつもいのちがあって 実を結ぶ。(ヨハ15:4)
  まず、キリストが教会の土台である。(Tコリ3:11) 次に、真の使徒、預言者の土台の上に建てられる。(エペ2:20)  真の教会の全体は、純白の(罪のない) キリストの花嫁と見なされる。(黙21:9−)


  (7)  御父の中身の推定:

  π は古くから知られ、視覚的(幾何学的)には非常にわかりやすい数学定数である。もちろん 空間のゆがみという 非ユークリッド幾何によっても、その値は変わらない。それは π が 何ら物理的な影響を受けない数学定数だからである。また、π が超越数であることも知られている。(フェルナンド・リンデマン 1882)
  π のごく一面的な啓示として、数論的に、π の桁に出現する数が、@) 0〜9までの数字が無限に現われるか、A) 現われる数字が完全にランダムで 0〜9が統計的に同じだけ現われるか、について 未だわかっていないが、最近、各数字の出現率が カオス理論に基づいているらしいことが推測されている。(ベイリー、クランドール、2000年、2進法による計算結果)(*)
  カオスとは、非線型な特性を持つ系において 初期状態によって様々な振る舞いをする現象全般のことである。その特徴は、自己相似性、単純な式や初期値のわずかなずれによって複雑で大きな差が現われること、また 予測不可であることである。(カオス理論の適用: 大気(乱流の発生)、プレートテクトニクス、経済、人口など) まさに 御父の創造主たる不思議な内面を垣間見た感じがする。(**)

  「その方は、碧玉や赤めのうのように見え、その御座の回りには、緑玉のように見える虹があった。」(黙4:3)

  「すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至る。」(ロマ11:36)
  「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。」(ピリ2:12)
  「私たちはすでに達しているところを基準として、進むべきです。」(ピリ3:16)
  「風はその思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くのか知らない。」(ヨハ3:8)

  *  π は、スーパー・コンピューターの性能誇示のため、現在 約2060億桁まで算出されている。(最近はソフトによる差が大きいので性能の指標とされなくなった。ちなみに e は 約130億桁) 歴史上ここまで計算されるには、それなりの主の計画があったに違いない。
  初めから数値計算法が発達していたなら 理論は発展しなかっただろう。

  **  太陽は 宇宙に無数あるほんの一つの被造物に過ぎないが、御父をあえて 惑星が周りを回っている太陽にたとえると、太陽の中心部は、核融合反応(水素→ヘリウム+γ線)がなされる中心核で1500万度K(圧力2000億気圧、密度156g/cm3の奇妙な気体)。すでに人の想像の限界を越えている。そして 実に、この中心核で発生したγ線が太陽の外に出る途中の層で光エネルギーにエネルギー・レベルが落とされ、はるか遠く離れた地球上の植物の葉で光合成に用いられ ほとんどすべての生態系の生体エネルギーになる。太陽は、月の軌道がすっぽり入るほど大きく、その寿命は数百億年と言われている。
  と同時に、御父は、人に語呂合せを語るほど やさしく親しく、そして 柔軟である。アーモンドの枝(シャウカデ)と見張る(シャウカド)(エレ1:11、12)


  §   キリスト関数(指数関数)のまとめの図;

 


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