異言の祈り;
先日の2月11日、マレーシア出身で、オーストラリア在住(パース、ベサニー教会)からの器、ベラ・リム師が、某教会の祈祷会で奉仕をされました。
彼女は普通の家庭の主婦で、神学校も行った事はありませんが、しかし5年ほど前から、いやしと聖霊のバプテスマの働きで、各国(主に、オーストラリアとインドネシア)で用いられています。
彼女いわく、教師は聖霊で、聖書のみことばをテープでいつも聞いているそうです。
ベラ師は世界旅行を祈り、祈りが聞かれたので、世界中を回って旅行がてら御奉仕をされ、最後に日本に来られたそうです。小岩の祈祷会では、目のいやし(再創造)が起こり、多くの人が聖霊の油注ぎを受けました。
今回最も強調されたことは、”異言”の祈りでした。彼女はいつも、家事をしているときも、出かけているときも、異言で祈っているそうです。
メッセージ : ”御霊によって祈る必要性”;
ヨハ14:12 信じる者はイエス様のしているわざをする。これよりも大きなわざをする。
ヨハ14:26 聖霊は助け主で、すべてを教えてくれる。
使1:15、2章〜 500人の弟子、しかし、120人のみ聖霊受けた。残りは恵みから漏れている人々。外は静かなのに部屋の中は大風(2:2)
ヨハ4:14 異言で腹から洗われる。すると人格が変えられていく。霊(=呼吸)とまことによる礼拝
御霊の賜物を求めるならば、異言で祈る必要がある。
エペ6:18 御霊によって祈る
詩119:89 みことばの元のコピーが天にある。天国へ行っても神のことばを語る。みことばを食べる事は、心にエネルギーを入れる事で、力があふれ出る。
ロマ8:26 弱さを助ける。聖霊ご自身がとりなしてくださる。祈りが聞かれるように、みこころに従って祈るように導く。
ユダ:20、21 異言は信仰を建て上げる。
Tコリ14:15 神に向かって奥義を語り、祈る。(徳を立てるとは、建物を建て上げること)
イザ28:11、12 ここに休みがある。もつれた舌、外国の言葉で、人の心を新しくする。異言を語ることによって本当の休みを得る。
マタ3:11 聖霊と火のバプテスマ。頭ではなく、御霊によって語りかけられる。神は霊だから、まず満たされなければならない。(神の霊に漬けられる)
ロマ10:8、9 まず心で信じる、次に、口で告白。この両方が必要。
「御霊に満たされて、異言を語った」 ・・・ 心で異言を語ることは出来ない。心で祈れ、という聖書個所は無い。(ハンナも長血の女も口で語っていた。イサクは肉が好きだったのでエサウを愛していたが、主は彼がヤコブに語った祝福の言葉を尊重された。神は”言葉の神”。(筆者注))
ヨハ20:22 息を吹きかけて、聖霊を受けよ。祈りは、息と声を使うもの。
Tコリ14:18 パウロはだれよりも御霊によって祈ったから、多くの書を書いた。
異言は、一部はその意味がわかるが、あとはほとんどわからない。祈祷会では異言で祈ることが大切。異言で祈るほど聖書がはっきりしてくる。
2年前から賜物の働きに入り始めた。インドネシアのスラバヤで、導いてくださいの祈りをした。そして、従順に従うことを学んできた。それは決してやさしいことではない。耳が敏感になるように訓練されてきた。
((筆者注); 「私を信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の腹(直訳)から、生ける水の川が流れ出るようになる。」(ヨハ7:38) 必ずしも大声ではないが、”腹式呼吸の異言”をすると、韓国のようにわざが良く起こる。これは日本人の最もポイントとなる異言の祈り方の改善点と思われる。良いものも悪いものも腹(みぞおちと臍の間くらい)に溜まると言われている。)