4. ソドムとゴモラの遺跡:
「そのとき、主は ソドムとゴモラの上に、硫黄の火を 天の主のところから降らせ、これらの町々と低地全体と、その町々の住民と、その地の植物を みな滅ぼされた。 ロトのうしろにいた彼の妻は、振り返ったので、塩の柱になってしまった。」 (創世記19:24−26)
「― その全土は、硫黄と塩によって焼け土となり、種も蒔けず、芽も出さず、草一本も生えなくなっており、主が怒りと憤りで、くつがえされたソドム、ゴモラ、アデマ、ツェボイムの破滅のようである。 ― 」 (申命記29:23)
1. ソドムとゴモラの遺跡:
約3800年前のアブラハムの時代、旧約聖書の創世記によれば、イスラエルの死海の周辺の低地(ヨルダン渓谷)は、現在と違って 肥沃な土地で、ソドム、ゴモラと呼ばれる都市があり、そこにはハム系の人々が豊かに暮らしていました。これらの町々は大きく繁栄していましたが、同性愛の町であり、道徳的には退廃の極みに達していました。 そこで、ついに主は、それらの町々を裁くために下っていかれました。 主は二人の御使いを使わし、ロトとその家族を脱出させ、それから 天から火と硫黄を降り注がせ、それらの町々を焼き尽くしてしまいました。
現在は、ソドムは塩の湖、死海に沈み、死海の周辺は、雨が降らず、何も育たない荒れ地になってしまいました。
周辺の人々も、この場所を忌み嫌って 誰も近づきませんでした。
(1) ソドムとゴモラの位置: by. TURE ARK 創世記の真実 より
死海は海抜400mで、地球上で最も低い位置にある湖です。塩分が高いので塩の結晶が成長して出来ます。 湖の南西岸の周辺に、かつてのソドム・ゴモラだと考えられる、灰と化した遺跡が発見されています。
ソドムのほうは完全に灰化して、形が分からなくなっていますが、その近くのゾアルの方は、今でもはっきりと 灰化した正方形の城壁の輪郭が見えます。長年の浸食によって認識できるものはほとんど無く、所々にある、元
建造物らしい盛り上がった小山程度です。
死海西岸の公道90号線に沿ったソドム山の上には、通称”ロトの妻の塩の柱”と呼ばれる塩柱があり、現在は観光地にもなっています。 塩分濃度が高い地層が連なる死海周辺は、塩が結晶化し柱のようになること自体は珍しくなく、時には10メートル以上の高さになることもあるようで、今ではどれがロトの妻であるか分からなくなっています。
マサダの砦跡(死海よりも434m高い)の東の下のほうには、ゴモラの遺跡があり、これはもっと良い状態で残っています。良い状態とはいっても、有機物は残っていません。墓場の地下の骨はあります。
遺跡に行ってみると、非常に大きな城壁で囲まれ、城壁のそれぞれの角には元スフィンクスのような建造物があり、多くの建造物の跡もあり、大きな繁栄した都だったことが分かります。
この遺跡から谷間を挟んだところにある、非常に大きな墓地の規模から見積もって、当時のその都市の人口は控えめに見積もっても、100万人以上になるようです。これらの都市が、いかに繁栄していたかがよくわかる数字です。
そして、一瞬にして焼き尽くされ、滅び去りました。

(2) 灰と硫黄の分析:
このゴモラの遺跡でも、あたりは硫黄のにおいがして、遺跡近辺の元大理石は、灰化してボロボロの層状になっていて、手で触るだけで崩れます。 また、岩の隙間の穴には、硫黄の玉があって 取り出すことができます。 純粋な硫黄のようで、火をつけると燃えて、溶けて流れます。
この灰砂と、硫黄の玉を、ニュージーランドのウェリントンのスペクトラム分析センターに持って行き、蛍光X線分析(X線を当て各元素特有の波長の蛍光X線強度を調べる)をしてもらったところ、ユニークな結果が出ました。
灰は、ほぼ純粋な硫酸カルシウムで、大理石(炭酸カルシウム)が 非常な高温の純粋な硫黄蒸気と反応して硫化物となり、それが長い年月空気にさらされて
酸化して、硫酸カルシウムになった という結果でした。 因みに、塩化物は無いそうです。
また、岩の奥にある硫黄の玉は、割ってみると白く、分析してみると、98.4%の硫黄で、残りはマグネシウムで、その他の元素は無い、ということでした。 温泉地などの地熱活動による自然硫黄は、もっと黄色い色をして、不純物のため純度は40%程度で、いかにゴモラの硫黄が純粋で
特別であるかが分かります。 この純度の硫黄含有量は、この平原の5つの町以外には世界中のどこにも見られないと報告されています。
近くに火山などは無いので、主が、超自然的に 硫黄と塩を 非常高い温度でこの地に投入されたことになります。
硫黄が岩の奥に凝結しているということは、非常に濃い硫黄の蒸気があって、岩の内部の温度が低く、1時間程度(?)の比較的短時間に加熱が終結したことを意味します。(硫黄の沸点445℃) また、スフィンクスが立っていることから、爆風はそれほど強くなかったと考えられます。(爆風や衝撃波があったならば、近くの町ツォアルにいたロトたちも助からない。「翌朝、・・・かまどの煙のように」(創世記19:28)、∴隕石ではない) ただ猛烈な熱と腐食によって 何もかも崩れ、蒸発したと思われます。

(3) 「金の塩」の分析: (ヘンリー・グルーバー師聖会の初めの方)
故ヘンリー・グルーバー師が、この(ゴモラの)地を訪れた時、「金の塩」を発見しました。 これをイスラエルの大学に持って行き、分析してもらったところ、金コロイドが分散した塩でした。
この「金の塩」は、金が蒸発する非常な高温(沸点2856℃以上)に晒されなければ生じないものであることが明らかにされました。これは、スフィンクスなどに被せられていた金が蒸発して、塩に溶け込んだ という結論になりました。 (因みに、白金 3825℃、
イリジウム 4428℃)
(4) アデマの位置:
申命記29:23 では、アデマという町も、ソドム、ゴモラと並べて滅ぼされたと書かれています。
推定される位置は、死海の北で、次の通り。

2. トール・エル・ハマムの遺跡: ・・・・ ソドムとゴモラとは別の遺跡
(1) 遺跡の場所: ・・・ ビジネスインサイダー 雑誌ムー
トール・エル・ハマム(Tall el Hammam)は、死海の北東部に位置する、ヨルダン、アンマン県にある大きな城壁都市、要塞都市の遺跡で、エルサレムの10倍、エリコの5倍という規模であり、数千年にわたって文明の中心地だった大都市でした。
ここは、ソドム、ゴモラからかなり離れているので、ソドムやゴモラからの影響はほとんど無く、別の要因、おそらく隕石の大爆発によって破壊されたようです。 この町は、ソドム、ゴモラと違って完全に破壊しつくされていないので、当時の都市部の様子を克明に調べることができる 貴重な遺跡です。 ここは、現在のヨルダンの渓谷地に位置し、この古代都市が数千年前に突如として放棄され、何世紀もの間、住む者のいないままだったことは、考古学界では以前から知られ、なぜ放棄されたかについては議論が続いていました。
2021年9 月、「ネイチャー・サイエンティフィック・レポート」誌に、「ツングースカ級の空中爆発が死海近郊ヨルダン峡谷の中期青銅器時代の都市を破壊」 というタイトルの論文が掲載されました。15年にわたる発掘調査の成果をまとめたもので、現地調査と執筆を主導したのは、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の名誉教授ジェームス・P・ケネット氏らで、彼らは隕石説(*)を唱えています。
* 隕石による空中爆発説では、1908年にロシアのツングースカで起きたものよりも規模が大きかったと思われる
と述べています。 ツングースカでは直径最大50メートルの火球が、ヒロシマ型原爆の1000倍のエネルギーを放出したとされています。
なかでも主要な発見として挙げられるのが 高い圧力下で生じる衝撃石英(ひびの入った砂粒)で、強力な衝撃波が発生するほどの爆発の結果だとしています。
隕石が原因であることを示すもう一つのしるしが、宮殿を含む街の建築物がすべて北東方向に倒れていることです。 隕石が街の南西で爆発し、それにより生じた衝撃波が北東へ向かって走ったと見られています。
また、堆積層には、白金、イリジウム、オスミウムも含まれていました。それは地球上ではきわめて希少な元素で、たいていは隕石に由来するものです。

(2) 遺跡の調査結果:
2005年、ケネット教授は考古学および神学の専門家であるシルビア教授をパートナーに迎えて共同研究新プロジェクトを立ちあげ、3650年前に起きた出来事を明らかにするための現地調査を開始しました。 遺物が、たとえば、四方が溶けて黒くなった石や、溶けた陶器と金属の残骸、液化したガラスが人骨のかけらの上に飛び散った残骸などの、きわめて急激に超高温になったことを示す証拠が見つかり始めました。
問題となったのは、幅およそ1.5メートルの中期青銅器時代の地層です。上下の地層と比べてきわめて異質な特徴が見られます。戦争や地震などの名残であるさまざまな種類の破片とともに、表面が溶けてガラス化した陶器、気泡ができた日乾しレンガ、一部が溶けた状態の建材などが見つかったのです。 鉄と砂が蒸発してできる「スフェルール」と呼ばれる塵のような粒子も見つかりました。 スフェルールは、1590℃以上で形成されます。
いずれも、青銅器時代には実現できないほどの高温で、教授の見積もりによると、2000℃程度にさらされた痕跡であるとされました。
この影響で、4〜5階分に相当する高さ12m以上の宮殿と、幅4メートル以上の日乾しレンガ製の城壁が崩壊し、近くにいた人々の体はばらばらになり、骨片となって地層に残っています。 土壌サンプルの分析においては、溶けた金属成分とともに鉄分、そしてケイ素成分が豊富な小球体などが検出されました。
また、周囲の土壌に起きた高濃度塩分化が農業に大きな悪影響を与え、25キロ半径に位置する最大120の集落に対し、300〜600年にわたる人口減少期間を招きました。現地一帯で採取された土壌サンプルの塩分濃度は、周辺地域の平均値である4パーセントに対し、25パーセントという非常に高い数値を示しています。(4分の1が塩!)
トール・エル・ハマムに人々が戻ってきて、その人口が再び増えはじめたのは600年後、鉄器時代に入ってからです。
ただし、この遺跡では、硫黄のことについては何も言及していません。 このトール・エル・ハマムの件は、聖書には書いてありませんが、先の、ソドムとゴモラの滅亡とは別の、神の裁きだったと思われます。

§ 旧約時代に裁かれた町々について、イエス様が引用された箇所の聖句: ・・・・ 悔い改めることをしない不信仰への警告
「それからイエスは、数々の力あるわざがなされたのに、悔い改めることをしなかった町々を、責めはじめられた。
「ああ、コラジンよ。ああ、ベツサイダよ。 おまえたちのうちでなされた力あるわざが、もしツロとシドンでなされたなら、彼らはとうの昔に、荒布をまとい灰をかぶって、悔い改めたことだろう。 しかし、おまえたちに言っておく。さばきの日には、ツロとシドンの方がおまえたちよりも、罰が軽いであろう。
そして、カペナウムよ、おまえは天にまで上げられようとでもいうのか。ハデスにまで落されるのだ。 おまえの中でなされた力あるわざが、もしソドムでなされたなら、その町は今日までも残っていたことだろう。 しかし、あなたがたに言う。さばきの日には、ソドムの地の方がおまえよりは罰が軽いであろう。」」(マタイ11:20−24)
「ニネベの人々が、今の時代の人々と共にさばきの座に立って、彼らを罪に定めます。なぜなら、ニネベの人々はヨナの宣教によって悔い改めたからです。そして、見よ。ヨナにまさる者がここにいるのです。」(ルカ11:32)