ローマ人への手紙



  第1章


 1 キリスト・イエスのしもべ、召された使徒、そして、神の福音の中に選び分けられた者、パウロから、
 2 ・・・ この福音は、神が、預言者たちを通して、聖書の中であらかじめ約束されたものであって、
 3 御子に関するものです。 御子は、肉によればダビデの子孫から生れ、
 4 聖なる霊により死者たちの中から復活され、御力をもって神の御子としてあらかじめ定められた方、私たちの主イエス・キリストです。
 5 私たちは、その御名のために、すべての国の人々の間に信仰の従順をもたらすようにと、このキリストによって恵みと使徒の務めとを受けたのであり、
 6 あなたがたもまた、彼らの中にあって、イエス・キリストに召された者となっているのです。 ・・・
 7 ローマにいる、神に愛され、召された聖徒たちへ。私たちの父なる神および主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにありますように

 8 まず第一に、あなたがたの信仰が全世界に語り伝えられていることを、あなたがたすべてを代表して、私は、イエス・キリストを通して私の神に感謝します。
 9 私が神の御子の福音を宣べ伝えつつ、御霊によって仕えている、その神が私についてあかしされるのですが、私は絶えずあなたがたのことをを思い、
10 祈りのたびごとに、今度こそは神のみこころによって道が開かれ、何とかしてあなたがたの所に行けるようにと、願っています。
11 私は、あなたがたに会うことを熱望しています。それは、あなたがたに御霊の賜物をいくらかでも分け与えて、あなたがたを建て上げたいからです。
12 それはまた、あなたがたの間にいて、あなたがたと私との互いの信仰によって、共に励ましを受けたいからでもあります。

13 兄弟たち。このことを知らないでいてほしくありません。私は他の国の人々の中で得たように、あなたがたの間にあってもいくらかの実を得るために、何度もあなたがたの所に行こうとしましたが、今に至るまで妨げられいるのです。
14 ギリシヤ人たちにも未開人たちにも、賢い者たちにも無知な者たちにも、私は負債のある者です。
15 そこで、私の切なる願いは、ローマにいるあなたがたにも、福音を宣べ伝えることなのです。
16 私はキリストの福音を恥としないからです。それは、初めにユダヤ人に、そしてギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救いへ導く神の力だからです
17 なぜなら、神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に進ませるからです。これは、「義人は信仰によって生きる。」と書いてある通りです。


18 またそれは、不義をもって真理を引き止めている人々について、すべての不敬虔と不義とに対して、神の御怒りが天から啓示されているからです。
19 なぜなら、神について知りうる事がらは、彼らには明らかであり、神がそれを彼らに明らかにされたのです。
20 神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と、神性とは、天地創造以来、被造物によって知られ、明らかに認められるからです。したがって、彼らには弁解の余地がないのです。

21 なぜなら、彼らは神を知ったはずなのに、神を神としてあがめず、感謝もしないので、その考えることはむなしくなり、その理解しない心は暗くなったからです。
22 彼らは自ら知者であると強く主張しながら、愚かであることを表わし
23 朽ちることのない神の栄光を、滅びるべき人間や鳥や四つ足の獣爬虫類の像に似せて、変えてしまいました。
24 それゆえ、神は、彼らを心の欲望のままに、汚れた行為に引き渡され、彼らの間で自分の体を互いにはずかしめるようになりました。
25 彼らは、神の真理入れ替えて偽りとし、創造主の代わりに被造物(ひぞうぶつ)を拝み、これに仕えたのです。 創造主こそ、永遠にほめたたえられる方です。アーメン。
26 そして、このことのゆえに、神は、彼らを恥ずべき情欲に引き渡されました。すなわち、女は、その自然の用を不自然なものに代え、
27 男もまた同じように、女との自然の用を捨てて互いに情欲に燃え、男は男に対して見苦しいことをするようになり、そして、その過ちの当然の報いを、自分たちの身に受けなければならないのです。

28 また、彼らはその知識の中に神を認めようと思わなかったので、神は彼らをとても承認できないような思いに引き渡し、してはならない事をするようになりました。
29 すなわち、彼らは、あらゆる不義と、堕落と、どん欲と、憎悪とに満たされ、ねたみと、殺意と、争いと、詐欺と、悪知恵とで一杯になり、また、告げ口する者、
30 非難中傷する者、神憎む者、横柄な者、高慢な者、大言壮語する者、悪事を画策する者、親の言うことを聞かない者となり、
31 知性の無い者、約束を破る者、愛情の無い者、和解しない者、あわれみの無い者です。
32 彼らは、このような事を行うならば、死罪に相当するという神の定めを知っていながら、自らそれを行うだけではなく、それを行う者に喜んで同意しているのです。


   *  ローマ人への手紙は、使徒パウロの口述によって、筆記者テルテオ(ローマ16:22)によって書かれ、AD56年冬頃、第3回伝道旅行でアカヤ(使徒19:21)のコリント教会に3度目の訪問(Uコリ13:1)をして、そこに3か月間((使徒20:3)おそらくガイオの家に(ロ−マ16:23))滞在したときの手紙といわれる。((初期の著作である)ガラテヤ人への手紙、コリント人への手紙も、同時期の作)
     § 当時のローマは、政治、文化の中心地で、さまざまな宗教・哲学が流れ込む所でもあり、思想的に非常に混とんとしていた。また、AD49年には、クラウデオ帝によってユダヤ人の追放が行なわれ(プリスカとアクラもローマから出た(使徒18:2))、それがAD54年皇帝の死去によって解除され、多くのユダヤ人が戻り、異邦人もユダヤ人も、多くの「家の教会」の中に混在していた。 そのために発生する多くの問題や混乱を解決するために、パウロは、教理的な教え(1章〜11章)、また 実践的な教え(12章〜16章)を語り、初めから多くのグループに回し読みされる目的で、この手紙によってキリストの福音を体系的に伝えたと思われる。
     § この手紙に用いられている「義」、「贖い(あがない)」、「律法」などの言葉は、当時のローマの文化に当てはめて、かなり自由に駆使されている。 本書は、罪の指摘をもって始まり、「律法の行ないではなく信仰」(3:28)、「肉ではなく、御霊に従う」(8:4、8:13等)ことを中心に述べた。 後世のアウグスティヌスも、ルターも、この手紙によって決定的な回心を経験し、本書は初めから正典とされた。


   *  【あいさつ(1−7)、本書の目的(8−17)、異教徒の罪(18−32)】
   *1  ドゥーロス(ギ) slave、servant、奴隷、召使い、  アポストロス apostle、messenger、使徒、遣わされた者、  パウロス(ギ): サウル(ヘ)のギリシャ・ローマ名  § パウロの自己紹介: 1.キリスト・イエスの奴隷、(パウロはローマ市民で自由人。しかし、キリストの奴隷である時に初めて、永遠の救いと真の自由の中にいる) 2.召された使徒、 3.神の福音に選び分けられた者、(「生まれた時から」 ガラ1:15、≒ エレ1:5)
   *3  (直訳) 種(単数)
   *4  ホリゾー(ギ) mark out the boundaries; ordain、determine、(線を引いて)境界を定める; (あらかじめ)定める、決定・判決・終結する
   *5  カリス(ギ、単・女) grace、(大いなる)恵み ・・・ ローマ書特有の言葉、 ここでは特に、ふさわしくない者が神の子たる身分を受けたこと、(さらにパウロが 使徒としての任命を受けたこと)
   *7  § 「恵みと平安があるように」 は、パウロの手紙に共通するあいさつ (cf. ヘブル書にはない)
   *8  ヒューペル(ギ) in behalf of、for the sake of、over、〜に代わって、のために; 以上、越えて
   *11、12  カーリスマ(ギ、受、単数・中性) (聖霊が分け与える)御霊の賜物 (cf. Tコリ12:1では複数・中性、プニューマティコーン(形容詞)、賜物は略)、  ステリーゾー make stable; strengthen、confirm、堅く立てる、(御体に)建て上げる  § 御霊の賜物の現れは、クリスチャンを建て上げ、互いに信仰の励ましを受けるようにする。 パウロは非常に多くの油注ぎを主から受けていた
   *14  バルバロイス(ギ、形容詞(名詞)、複・男) 非ギリシャ人(非ローマ人)、未開人 (→ 使徒28:2 の予告)、  オフェイレーテス debtor、債務者
   *16  ローマ帝国の大都市に対して、パウロは少しも物おじせず、キリスト信仰を「恥」とは思わないと言っている

   *17  ハバ2:4、ヘブ10:38、  (旧約の直訳) 「義の中にいるたましい(人)は、信仰の中にあり続ける(生き続ける)。」   福音の は補足、  ディカイオシューネー(ギ) righteousness、(神の)義; justice、正義、公正、  ディカイオス(形容詞(名詞)) righteous、義の、神の戒めを守る; 義人、  § 救いの信仰の上に、(旧約聖書の器たちのような)聞き従いの信仰が続く。 この信仰の歩みを、神は喜んでくださる。(ヘブ11:6)、 信仰の土台は、神が語りかける言葉(レーマ)、 神が語られた言葉が、事を成し遂げる(イザ55:11)
   *18  アセーベイア(ギ) ungodliness、神に対する尊敬の念に欠けること、不敬虔、  アディキーア injustice; unrighteousness、不正; 不義、  アポカリュープト uncover、disclose、make known、make manifest、覆いを取り去る、開示する
   *20、23  § いわゆる「自然啓示」 (ただし、当時としての人や動物などの生物による自然啓示や、天体の見えない摂理などについて)を言っている →  :23では、神を拝まず、これらの被造物を偶像にしてしまったと 糾弾している、  セイオーテス(ギ) divinity、神性
   *21  ギノンテス(ギ、アオ過去2(瞬時)、複・男) <ギノースコー knew、(一度でも)知った(ことがある)、  § (みことばによっても、自然啓示によっても、)神を知ったことがありながら、神を崇めず感謝もしないと、考えも心も暗く愚かになる。 ついに、偶像崇拝、性的倒錯(同性愛)に陥るようになる (ex 制度的な教会等、(実質的な)礼拝をせず、祈らない(祈らせない)教会では、このようになる危険がある。 また 和魂洋才)
   *25  アレーセイア(ギ) truth、真理、  プシュードス(プセウドス) falsehoodlie、虚偽、うそ
   *28  ドキマゾー(ギ、動詞) examine、prove; recognise、approve、(よく調べてから)認める、良いと認める、承認する、  ⇔  アドーキモス(ギ、形容詞) not approved、unfit for、spurious、承認されない、不適当な(不健康な、病的な)、偽の、  § 神を積極的に認め、受け入れようとしなかったので、とても神に認められないような病的な思いに渡された (ex 神の存在を認めない”無神論者”、進化論者、共産主義、イエスを神と認めない異端など)



  第2章


 1 それゆえ、ああ、すべて他人をさばく人よ。あなたには弁解の余地がありません。あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めているのです。さばくあなたも、同じことを行っているからです。
 2 私たちは、このような事を行う者たちに下る、神のさばきが、正しいことを知っています。
 3 ああ、このような事を行う者たちをさばきながら、しかも自分でも同じことを行う人よ。あなたは、神のさばきを逃れられると思うのですか。
 4 それとも、神の慈愛があなたを悔い改めに導くことも知らないで、その方が、慈愛と、寛容と、忍耐とに満ちておられることを、軽んじるのですか。
 5 あなたのかたくなな、悔改めない心のゆえに、あなたは、神の正しいさばきの現れる怒りの日のために、神の怒りを自分に積み上げているのです。

 6 神は、一人一人に、その人の行ないに従って報いられます。
 7 すなわち、一方では、耐え忍んで善を行なったことに従って、光栄と、誉れと、朽ちないものとを求める人々に、永遠のいのちが与えられ、
 8 他方では、党派心を持ち、真理に従わないで不義に従う人に、怒りと憤りとが下されます。
 9 ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、悪を行うすべての人には、患難と苦悩とが下り、
10 ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、善を行うすべての人には、光栄とほまれと平安とが与えられます。
11 なぜなら、神には、不公平な扱いがないからです。
12 律法なしに罪を犯したすべての者は、律法なしに滅び、律法のもとで罪を犯したすべての者は、律法によってさばかれます。
13 それは、律法を聞く者が、神の前に義とされるのではなく、律法を行なう者義とされるからです。
14 すなわち、律法を持たない異邦人が、生まれつきのままで、律法の命じる事を行うなら、たとい律法を持たなくても、彼らにとっては自分自身が律法なのです。
15 このように誰であっても、律法が命じる行ないが彼らの心に書かれていることが明らかに示され、そのことを彼らの良心も共にあかしをして、彼らの論理的な思考が互いに告訴し合い、また弁明し合っています。
16 そしてそれは、私の福音に従って、その日に、神がイエス・キリストを通して、人々の隠された事がらをさばかれます

17 さあ。 あなたが自らユダヤ人と称し、律法があることに安んじ、神にあって自分を誇り
18 みこころを知り、なすべきことを律法に教えられて、よくわきまえ、
19 あなたが、盲人たちの手引き、やみの中にいる者たちの光、
20 愚かな者の導き手、幼子の教師として自任し、律法の中に知識と真理とが形をとっているために、そうしているならば、
21 なぜ、人を教えて自分を教えないのですか。盗むなと人に説きながら、自分は盗むのですか。
22 姦淫するなと言って、自分は姦淫するのですか。偶像を忌み嫌いながら、自らは神殿の物を奪い取るのですか。
23 律法を誇りとしながら、自らは律法に違反して、神を侮るのですか。
24 聖書にこう書いてある通りです。 「神の御名は、あなたがたのゆえに、異邦人の間で悪く言われている。」

25 もし、あなたが律法を行うなら、割礼は役に立ちます。しかし、もし律法を犯すなら、あなたの割礼は無割礼となってしまいます。
26 また、もし無割礼の者が律法の規定を守るなら、その無割礼は割礼と見なされるではありませんか。
27 だから、自然のままの無割礼の者であっても律法を全うする者は、文字(もんじ)と割礼とを持ちながらの律法の違反者であるあなたを、さばくことになるのです。
28 というのは、外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、外見上の肉における割礼が割礼ではないからです。
29 むしろ、隠されたユダヤ人がユダヤ人であり、また、文字(もんじ)によらず御霊による心の割礼こそ割礼であって、その人の賞賛は人からではなく、神から来るのです。


   *  【ユダヤ人の偽善】
   *1  マタイ7:1、  § 特定の人にではなく、一般化して言っている。 原罪とは、事の良し悪しを自分で規定してしまう性質
   *4  マクローシュミア(ギ、名詞) patience、endurance; constancy、steadfastness、忍耐; 不動であること、忍耐して待つこと → (動詞) Tコリ13:4、ヘブ6:15、  (直訳)富、豊かさ
   *6  エルゴン(ギ、中) act、deed、business、行ない、わざ、仕事、  § 自力救済的な行いではなく、神の言葉に聞き従った、「信仰の行ない」 (ヨハ6:29、ヤコ1:22)
   *7  アガソース(ギ、形容詞、単数) good、useful、pleasant、excellent、良い、善の、有用な、優れた
   *8  ここでは、ユダヤ主義の党派心(宗教的伝統、間違った選民意識)
   *11  (直訳) 顔を受け入れる → えこひいき、不公平、偏愛 の意
   *12  アノモス(ギ、副詞) without law、律法を持たないで、  ノモス(ギ) lawthe Mosaic law、律法、モーセの律法
   *13  ポイエテース(ギ、名詞) maker、author; doer; poet、作る者、作家、行なう者、詩人(使徒17:28)
   *14  フューシス(ギ、名詞) nature、birth
   *15  ロギスモース(ギ) reckoning、reasoning、judgment、decision、計算、推論、判断、決定
   *16  パウロがすでに伝えた福音に従って、  § 世の終わりの時に、律法を知る、知らないによらず、律法あるいは心の律法に従ったかについて、民族・文化の相違によらず、真実に従って公正にさばかれる
   *17  ここでは、神の選民である宗教的ユダヤ人、の事、  カウカサイ(ギ、現在、2人称・単数) エン セオー you are boasting in God、神たる方の中で、あなたは誇っている、
   *20  (自任し は19節より移動)
   *24  § (イザヤ52:5の、70人訳の引用で、捕囚の民に対する慰めの言葉が、ユダヤ人への警告の言葉に、すり替わっている×) → エゼ36:20  ユダヤ人が異邦人の中に散らされている時の予告(○
   *26  割礼は、律法以前の旧約時代の神の民としての契約のしるし(創17:9−)、 割礼を受けた民は、律法全体を行なう義務がある(ガラ5:3)、 § 新約時代には、(聖霊によって)律法を守る異邦人と、守らないユダヤ人との位置関係が逆転する
   *29  クリュプトース(ギ) hidden、concealed、secret、隠された、秘密の、  § ユダヤは、ほめたたえる、賞賛する の「ヤダ(ヘ)」からの派生語(創29:35)、 パウロは「ユダ(イェフウダ(ヘ))」と「ヤダ」を引っかけている



  第3章


 1 では、ユダヤ人の優れた点は何でしょうか。あるいは、割礼の有益な点はどこにあるのでしょうか。
 2 それは、いろいろの点で数多くあります。まず第一に、神のみことばが彼らにゆだねられたことです。
 3 すると、どうなりますか。もし、彼らのうちに信頼を裏切ることがあったとしたら、その不信仰によって、神が約束される真理は無になるでしょうか。
 4 断じてそうではありません。あらゆる人を偽りを語る者としても、神を真理を語る方とすべきです。それは、「あなたが、そのみことばによって正しいとされ、さばかれるとき、勝利を得られるため。」**と書いてある通りです。
 5 しかし、もし私たちの不義が、神の義を明らかにするとしたら、何と言うべきでしょうか。人間的な言い方ですが、怒りを下す神は、不公平であると言うのでしょうか。
 6 断じてそうではありません。もしそうであったら、神はこの世を、どのようにさばくことになるのでしょうか。
 7 しかし、もし神の真理が、私の偽りにより、神の栄光をますます大いなるものとするなら、どうして、私はなお罪人としてさばかれるのでしょうか。
 8 むしろ、このように言えないでしょうか。「善を来たらせるために、私たちは悪をしようではないか。」 もちろん、このように論じる者たちは、当然さばかれます。 ・・・ ある人々は、私たちがこのように主張していると、非難して言っていますが。 ・・・

 9 すると、どうなりますか。私たちには何か優れているところがあるのでしょうか。絶対にありません。 ユダヤ人も、ギリシヤ人も、すべての人が罪の下にあることを、私たちは前もって訴えました。
10 次のように書いてある通りです。 「義人はいない、一人もいない。
11 悟りのある人はいない。神を求める人はいない。
12 すべての人は迷い出て、皆、共に無益なものになった。善を行う者はいない。一人もいない。」
13 「彼らののどは、開いた墓であり、彼らは、その舌で人を欺く。」「彼らのくちびるの下には、まむしの毒があり、」
14 「彼らの口は、のろいと苦い胆汁で満ちている。」
15 「彼らの足は、血を流すのに速く、
16 彼らの道には、破壊と艱難がある。
17 そして、彼らは平和の道を知らない。」
18 「彼らの目の前には、神に対する恐れがない。」
19 さて、私たちは、すべて律法の言うところは、律法の下にある人々に対して語られていることを、知っています。それは、すべての口がふさがれ、全世界が神のさばきに服するためです。
20 それゆえ、律法の行ないによっては、すべての肉なる者は、神の御前に義とされません。なぜなら、律法を通しては、罪の正確で正しい知識があるだけだからです。


21 しかし今や、律法とは別に、神の義が啓示されました。しかも、律法と預言者とによってあかしされてです。
22 それは、イエス・キリストを信じる信仰による、神の義であり、すべて信じる人に与えられるものです。そこには何の差別もありません。
23 すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けることができず、
24 ただ神の大いなる恵みにより、キリスト・イエスによる贖い(あがない)*によって、受ける価値なしに義とされるのです。
25 神はこのキリストを、彼の血による、また信仰による、なだめの物として、公(おおやけ)に示されました。それは神の義を現わすためです。今までは、犯されてきた罪を、神は忍耐して見逃してこられました。
26 それは、今の、まさにこの時に、神の義を明確に示すためでであり、このように、神ご自身が義であられ、さらに、イエスを信じる者を義とされるためなのです。

27 それでは、どこに私たちの栄誉となる行ないがあるのでしょうか。それは外に締め出されました。何の法則を通してですか。行い法則ですか。そうではなく、信仰の法則を通してです。

28 私たちは、こう考えます。 人が義とされるのは、律法の行いによるのではなく、信仰によるのです。

29 それとも、神はユダヤ人だけの神であり、異邦人の神ではないのでしょうか。いいえ。異邦人の神でもあります。
30 結局のところ、神は唯一でおられるので、割礼のある者を信仰によって義とし、また、無割礼の者をも信仰のゆえに義とされるのです。
31 それでは、信仰を通して、私たちは律法が機能しないようにさせるのでしょうか。断じてそうではありません。かえって、律法は堅く立つのです。


   *  【人間は皆 罪人(1−20)、神の義(:21−5:21)】
   *2  § ユダヤ人は聖書を託された民。 ユダヤ人の旧約聖書のマソラ本文は、1947年に発見された死海写本(イザヤ書)とほとんど同じであり、約1900年のディアスポラ時代を経ても変わらなかった (一方、エジプトで訳された70人ギリシャ語旧約聖書は、誤訳だらけである)
   *3  エピステーサン(ギ、アオ過去(単純過去)、3・複) <アピステーオ betray a trust、be unfaithful、信頼を裏切る = キリストを十字架につけて殺したこと、  ピスティス(ギ) relating to God、conviction of the truth、神との関係における真実、真理への確信
   *4  詩篇116:11、  アレセース(ギ、形容詞) true; loving the truth、speaking the truth、(偽りに対する)本物の、(予型に対する)実体; 真理を愛する、真理を語る、  ** 詩篇51:4 → 「あなたが語られる時、あなたは義であられ、あなたがさばきをされる時、あなたはきよくあられます。」 (きよく: ザカー(ヘ) clean、pure
   *7  アレセイア(ギ、名詞) truth、真理   ⇔ プシュースマ falsehood、lie、偽り、うそ
   *9  (3:2 と矛盾するように見えるが、ここでは、罪の状態と、信仰による義について、何の差別も無いこと)
   *10−12  詩篇14:1−3、53:1−4
   *13  詩篇5:9、  詩篇140:3
   *14  詩篇10:7
   *15  イザ59:7、8
   *18  詩篇36:1

   *19  § 律法の拡大された解釈: ここでの「律法」とは、モーセの律法と 『自然法』(1:20) であり、ユダヤ人と異邦人の、すべての人に適用されるもの
   *20  エク エルゴーン(複・中) ノモウ(単・男) out of acts of law、律法の(数々の)行ないによって
   *24  カリス(ギ、単・女) grace、(大いなる)恵み、  アポリュートゥローシス(単・女) redemption; deliverance贖い、贖罪、買い戻し; 救い、  ドーレアーン(副詞) freely; undeservedly、自由に; 不相応に、受けるに値しないで  § 日本語の”恵み”では十分表現しきれないと思われる。 「恵み」とは、全くふさわしくない者が、分不相応に受け取る、大いなる祝福
   *25  ヒラステーリオン(ギ) propitiation; expiatory sacrifice、なだめ、慰撫; 贖罪のいけにえ
   *26  カイロス(ギ、単・男) measure of time; opportune、seasonable time、the right time、(ある、固定された)時間; 機会、まさにこの時  cf. クロノス (使徒1:7)
   *27  カフケシス(ギ、単・女) act of glorying、誉れ(栄誉、名誉、栄光)となる行ない (ここと、Uコリ1:12 のみ)、  ノモス(単・男) lawprecept、(モーセの)律法、法、戒律、教訓; 法則、ルール、規則、信仰の法則、 § パウロは「律法」という言葉をローマの文化に合わせて、非常に自由に用いている、  ノモウ トーン エルゴーン(複・中) law of the worksdeeds、acts)、行ない、働き
   *29  ナイ(ギ) yes、(直訳) はい



  第4章


 1 それでは、血統による私たちの先祖アブラハムの場合は、どうでしょう。
 2 もしアブラハムが、その行いによって義とされたのであれば、彼は何かしらの誇りを持っていることになるからです。しかし、神に対してはそうではありません。
 3 それは、聖書はこう言っているからです。「アブラハムはを信じた。主はそれを、彼の義と認められた。」
 4 働く人に対する報酬は、ただで与える恵みとしてではなく、当然支払うべきものとして算定されます
 5 しかし、何の働きの無い人でも、畏敬の念に欠いている者を義とする方を信じる人は、その信仰が義と数えられるのです。

 6 同様に、ダビデもまた、行ないによらずに神に義と認められた人の幸いについて、次のように言っています。
 7 「幸いなことよ。そむきを赦され、罪をおおわれた人たちは。
 8 が、不正を認めない人、に欺きの無い、その人たちは。」

 9 さて、この幸いは、割礼の者だけが受けるのでしょうか。それとも、無割礼の者にも及ぶのでしょうか。私たちは、「アブラハムは、その信仰が義と認められた。」と言っていますが、
10 それでは、どういう場合にそのように認められたのでしょうか。割礼を受けてからですか、それとも受ける前ですか。 それは、割礼を受けてからではなく、無割礼の時だったのです。
11 そして、アブラハムは、無割礼のままで信仰によって受けた義と認められたことの証印として、割礼というしるしを受けました。それは、彼が、無割礼のままで信じて義とされるすべての人の父となり、
12 また、割礼の者の父となるためなのです。 割礼の者というのは、割礼を受けた者だけでなく、私たちの父アブラハムが無割礼の時に持っていた信仰の足跡に従って歩む人々の、父ともなるためです。
13  それは、世界を相続させるとの約束が、アブラハムに、また、その子孫とに対してなされたのは、律法によるのではなく、信仰の義によるからです。

14 もし、律法に立つ人々が相続人であるとすれば、信仰は空虚になり、約束もまた機能しないようになるからです。
15 それは、律法は怒りを招くものであって、律法のないところには違反もないからです。

16 このような理由で、すべては信仰から来るのです。 それは、大いなる恵みに従って、すべての子孫に、すなわち、律法に立つ者だけではなく、アブラハムの信仰にならう者にも、この約束が確かなものとなるのです。 アブラハムは、私たちすべての者の父であり、
17 「私は、あなたをあらかじめ定めて多くの国民の父とした。」と書いてある通りです。彼はこの神たる方、すなわち、死人たちを生かし、存在していないものを、存在しているとして呼び出される方を、信じたのです。
18 彼は、望み得ないときに、その望みによって信じました。それゆえ、「あなたの子孫はこのようになる。」と語られた通り、多くの国民の父となったのです。
19 すなわち、およそ百歳となって、彼自身の体が死んだも同然の状態であり、また、サラの胎が死んでいるのを認めながら、彼は信仰によって弱りませんでした。
20 彼は、神の約束を不信仰によって疑うことはせず、さらに、信仰によって強められ、栄光を神に帰し、
21 神にはその約束されたことを、成し遂げることができると、確信に満ち溢れました。
22 それゆえ、彼は義と認められたのです。

23 しかし、「義と認められた。」と書いてあるのは、アブラハムのためだけではなく、
24 私たちのためでもあるのです。すなわち、私たちの主、イエスを死人たちの中からよみがえらせた方を信じる私たちも、義と認められるのです。
25 主は、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義とされるために、よみがえられたのです。


   *  【アブラハムと義】
   *3  創世記15:6、  § 創世15:5で、「あなたの子孫(ゼラッア、seed、種、 単数)は、星の数のように増える」 ということを信じた。イスラエルの民が増えることではなく、ある一人の子孫 = キリストから、その信仰の子孫が世界中に増え広がることを、(間接的に)信じたこと。 旧約時代から、(間接的に)あくまでキリストを信じることによって、義と認められる
   *3、8  
ハーシャッブ(カシャブ、XShB、ヘ) think、esteem; calculate、reckon、認める、計算する、  (直訳) (義と)計算された
   *4、5、6、8、9、10、11、22、23、24  ロギーゾマイ(ギ) reckon、count、calculate; consider、suppose、算定する、数える、計算する; 認める、みなす
   *5  (= 不道徳でふさわしくない者に、一方的に恵みを与えて下さることを信じるならば)
   *7、8  詩篇32:7、8、  (直訳) (義と)計算され、  レミヤー(ヘ) 怠慢、ゆるみ; 詐欺
   *13  子孫: (直訳) 種(単数) = キリスト
   *13、14  (直訳) (長子の権利など)くじで受け取る(人) → 相続(人)、  ケノーオー(ギ) empty、make void、空虚になる、無効になる、  カタルゲーオ render idle、cease、働かなくする、機能しなくする、止まる、終わる
   *16  (世界の相続人になることは、 を挿入するものがある ×)
   *17  創世17:5、  セオウ(ギ、単・男) (冠詞無しで、)神たる方、  タ メー オンタ(現在、複・中) ホース オンタ(現在、複・中) the(things) no being as being  = イエスがよみがえる、復活信仰 をアブラハムが持っていたこと
   *18  創世15:5、  種(単数)

   *21  創世18:14



  第5章


 1 それゆえ、私たちは信仰によって義とされて、私たちの主イエス・キリストを通して、神に対して平和を持っているのです。
 2 私たちはさらに、キリストを通して、いま立っているこの大いなる恵みの中に信仰によって導き入れられ、そして、神の壮麗な現われ期待して心から喜んでいます。
 3 それだけではなく、現在の苦難をも心から喜んでいます。それは、苦難は、堅く立って待つこと獲得するものであり、
 4 堅く立って待つことは、試験を通った品性を、試験を通った品性は、永遠の救いの希望を、それぞれ獲得することを、知っているからです。
 5 そして、この救いの希望において、恥をかかせられることはありません。それは、私たちに与えられている聖霊を通して、神の愛が私たちの心に注がれているゆえです。

 6 私たちがまだ弱々しかったころ、キリストは定められた時に、神を敬わない者たちの身代わりに死んで下さいました。
 7 正しい人のために死ぬ人でさえ、ほとんどいないでしょう。本当に立派な人のためには、あるいは進んで死ぬ人もいるかもしれません。
 8 しかし、私たちがまだ罪人であった時に、キリストが、私たちの身代わりに死んで下さったことによって、神は私たちに対して、ご自身の愛をはっきり示されたのです。
 9 私たちは、今や、キリストの血によって義とされているのですから、当然のこととして、キリストを通して、御怒りの時から救われるでしょう。
10 もし敵対する者たちである私たちが、御子の死を通して神との和解を受けたとすれば、和解を受けた私たちは、なおのこと、彼のいのちにあって救われるでしょう。
11 それだけではなく、私たちは、今や和解を受け取らせてくださった私たちの主イエス・キリストを通して、神にあって心から喜んでもいるのです。

12 それは、こういうわけです。一人の人を通して罪がこの世に入り、また罪を通して死が入った、まさにそのため、このように、罪を犯したすべての人々に、死が入り込んだのです。
13 というのは、律法以前にも罪は世にありましたが、罪は、律法が無ければ、罪として数えられないものだからです。
14 しかし、アダムからモーセまでの間においても、死は、アダムの違反と同じような罪を犯さなかった者さえも、支配しました。このアダムは、来たるべき方のひな型です。
15 しかし、恵みの賜物は罪過の場合とは異なっています。 すなわち、もし一人の罪過のために多くの人が死んだとすれば、はるかにそれ以上に、神の大いなる恵みと、一人の人イエス・キリストの大いなる恵みによる贈り物とは、多くの人々を有り余るほど豊かにしたのです。
16 また、この贈り物は、一人が罪を犯すこととは異なっています。なぜなら、さばきの場合は一人を有罪判決にしますが、恵みの贈り物の場合には、多くの人の罪過が、義と認められる無罪判決になるからです。
17 もし、一人の罪過によって、その一人を通して死が支配するようになったとすれば、なおの事、大いなる恵みの有り余る豊かさと、義の贈り物とを受け取っている人々は、一人のイエス・キリストを通して、いのちの中に支配するようになります
18 それゆえ、一人の罪過によってすべての人が罪に定められたように、一人の義の行ないによって、すべての人にいのちの義が及ぶのです
19 すなわち、一人の人の不従順によって、多くの人々が罪人にされたのと同じように、一人の従順によって、多くの人が義人に導かれたからです。

20 律法が加えられて来た*のは、罪過が増し加わるためです。 しかし、罪の増し加わるところには、大いなる恵みも満ちあふれました
21 それは、罪が死にあって支配したように、大いなる恵みもまた、私たちの主イエス・キリストを通しての永遠のいのちに入るように、義を通して君臨したからです。


   *  【信仰義認の結果】
   *2  ドクサ(ギ) judgment、opinion、estimate; brightness、splendour、excellence、magnificenceglorious、さばき、意見; 輝き、優れていること、荘厳さ、  カウカーホマイ(動詞) glory、心から喜ぶ、誇りとする
   *2、3  § 現在の苦難と、将来(天へ召された時、また、再臨の時)の、主の壮麗な現われ との対比
   *3  現在の は補足、  スリプシス(ギ) pressingoppressiontribulation、圧迫、迫害、苦難、   ヒュポモネー steadfast waiting for、不動、堅く立って待ち望むこと
   *4  ドキメー(ギ) proving、trial、approved、proof、tried character、証明、(通過)試験、承認、練られた性質、   エルピス 希望、良いことの予期; 永遠の救いの確信
   *5  カタイスキューノー(ギ) 辱める、恥をかかせる
   *10  カタラソー(ギ) 夫婦の和解 (Tコリ7:11) の意 → (神との)仲直り、  § キリストの復活のいのちと力にあずかり、日々の罪から救われ、神の怒りから解放される (→ :17)
   *14  パラーバシス(ギ) going over、disregarding of the Mosaic law、行き過ぎ、(モーセの律法を)無視する事、  テューポス(ギ) figure、image; form、example、type、(打って叩き出す)模様、像; 型、ひな型  使徒7:44、ヘブ8:5 (示された)型(に従って、)
   *15  パラプトーマ(ギ) fall beside; lapse、sin、misdeed、過失、間違い、罪過、   カリス gracegood will、(すばらしい)みこころ、(大いなる)恵み、  ドーレア gift、贈り物
   *16  ドーレマ(ギ、単・中) gift、bounty、贈り物、報償、気前の良いこと、   クリマ 有罪判決  ⇔ カタクリマ 無罪判決 (法廷用語)、   カリースマ 恵みの贈り物、賜物
   *17  § キリストの復活のいのちと力にあって、(今まで死が支配してきたものを)支配する(御国に君臨する) の意、 (=:10)
   *18  ディカイーオマ(ギ) righteous act、義の行ない、  ディカイオシス justification、義とされること
   *19  カシーステミ(ギ) として置く、(という状態に)導く
   *20、21  パレイセールコマイ(ギ) 忍び込む、ひそかに入る、傍らに来る、   ハマルティーア sin、罪、  プレオナーゾ superabound; make to increase、有り余る、増大するようになる、  フーペルペリッシューオー abound beyond measure、overflow、量れないほどたくさんある、あふれるほど富む、  § 罪と恵みを対比しつつも、恵みの方が、圧倒的に豊富に満ちあふれた。 現在は、大いなる恵みが支配する(君臨する)時代、  バシリューオ (御国を)統治する、君臨する、支配する



  第6章


 1 では、どういうことになりますか。恵みが増し加わるために、罪にとどまるべきでしょうか。
 2 断じてそうではありません。罪に対して一度死んだ私たちが、どうして、なお、その中に生きていられるでしょうか。
 3 それとも、あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスの中へとバプテスマを受けた私たちは、彼の死にあずかるバプテスマを受けたのです。

 4 すなわち、私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのです。それは、キリストが父の栄光によって死人の中からよみがえられたように、私たちも、新しいいのちの中に歩むためです。
 5 もし私たちが、キリストと共に生まれ育って、彼の死の様(さま)に似たものとなるなら、キリストの復活にもそのようになるのです。
 6 私たちの内の古い人は、キリストと共に十字架につけられました。それは、この罪の体が働かなくなり、私たちがもはや罪の奴隷とはならないためであることを、私たちは知っています。
 7 それは、すでに死んでしまった者には、罪の法的効力が無くなったからです。
 8 もし私たちが、キリストと共に死んでしまったなら、また、彼と共に生きるようになることをも信じます。
 9 キリストは死人の中からよみがえり、もはや死ぬことがなく、死はもはや彼の主人とはならないことを、知っているからです。
10 なぜなら、キリストが死なれたのは、ただ一度、罪に対して死なれたのであり、キリストが生きておられるのは、神に対して生きておられるのだからです。
11 このように、あなたがた自身も罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスのうちに、神に対して生きている者であることを、よく考えることです
12 だから、あなたがたの死ぬべき体を、罪の支配にゆだねて、その情欲に従わせてはいけません。
13 また、あなたがたの手足を不義の武器として罪にささげてはいけません。むしろ、死人の中から生かされた者として、自分自身を神にささげ、自分の手足を義の武器として神にささげなさい。
14 なぜなら、あなたがたは律法の下にあるのではなく、大いなる恵みの下にあるので、もはや罪が主人になることはないからです。

15 それでは、どうなるでしょう。私たちが律法の下ではなく、恵みの下にあるからといって、私たちは罪を犯すようになるべきでしょうか。断じてそうではありません。
16 あなたがたは知らないのですか。あなたがた自身が、誰かの奴隷になって服従するなら、あなたがたは自分の服従するその者の奴隷であって、死に至る罪の奴隷にもなり、あるいは、義に至る従順の奴隷にもなるのです。
17 しかし、神に感謝いたします。あなたがたは罪の奴隷でしたが、届けられた教えの基準に心から服従して、
18 罪から解放され、義の奴隷となったのです。
19 あなたがたの肉の弱さのゆえに、私は人間的な言い方をします。 あなたがたは、以前は自分の手足を汚れと不法との奴隷としてささげて、不法に陥りましたが、今は、自分の手足を義の奴隷としてささげて、聖なるものとならなければなりません。
20 あなたがたが罪の奴隷であった時は、義の定めから自由な者でした。
21 今となっては恥じ入るものになっていますが、その当時、あなたがたは、そこからどんな実を得ていましたか。それらのものの終わりは、死です。
22 しかし今や、あなたがたは罪から自由にされて神に仕え、聖化に至る実を結んでいます。その終わりは、永遠のいのちです。
23 罪の支払う報酬は死です。しかし神の賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。


   *  【キリストによる勝利(6:1−8:39): キリストとの合体(6:1−7:6)】
   *1  § 5:20 の逆は成り立たない。 恵みが増し加わるのために、いつまでも罪にとどまる の誤解を解く   ≒  3:8 善を現わすために、悪をしよう
   *2  ハマルティーア sin、罪、  アペサノメン(ギ、アオ過去2(瞬時過去)、1・複) we died、(罪に対して)すでに一度死んで、関わりもなくなった の意
   *3  エイス(ギ) into、の中へ、 § (直訳) キリスト・イエスの中へとバプテスマされた私たち  → (聖霊によって)キリストと一体となったことの秘儀 ( =  ガラ3:27 キリストをその身に着た) ∴ 罪の中に留まることはできない
   *6  カタルゲーオ(ギ) render idle、inoperative、働かせない、機能しない、終わらせる
   *8  アペサノメン(ギ、アオ過去2、1・複) we died、  シュゼーソメン(未来、1・複) will live together
   *10  アペサネン(ギ、アオ過去2、1・単)、  ゼー(現在、1・単)
   *12  トー スネトー ヒュモーン ソーマティ(ギ) the mortal of you body、 § 単に弱い、死に定められた、だけではなく、罪によって永遠に滅びる存在、という意味
   *13  ホプラ(ギ、中・複) <ホプロン weapon、instrument、兵器、武器; 道具、 (Uコリ6:7、10:4、  cf. エペ6:11、ルカ11:22 パノプリア、完全武装)  § 人間は弱い存在なので、御霊の与える武器を行使する必要がある。 特に、邪悪な日に対抗する武器は完全武装で
   *17  テューポス(ギ) type、型、ひな型(5:14)、書式、基準 (信仰の基準書 のこと)
   *19  § すなわちローマ人の、霊的な理解力の弱さのゆえに、 6:13 の内容を、もう一度語っている (武器 → 奴隷 と言い換え)  汚れと不法は、異邦人社会の特徴 (1:24−32)、  ハギアスモース(ギ) consecration、sanctification、聖別、(心、生活の)聖化
   *21  エパイスキューノマイ(ギ) be ashamed、恥じ入る、  テロス(中) end、終わり、終了; 終末
   *22  ガラ5:22、23  御霊の実
   *23  オプソーニオン(ギ) 兵士の給与、手当 (ルカ3:14)




  第7章


 1 あるいは、兄弟たちよ。あなたがたは知らないのでしょうか。 ・・・ 私は律法を知っている人々に語るのですが、 ・・・ 律法が主人であるのは、その人が生きている間だけであることです。
 2 すなわち、夫のある女は、夫が生きている間は、律法によって夫に結ばれています。しかし、夫が死ねば、夫についての律法から解放されます。
 3 したがって、夫の生存中に他の男に行けば、その女は不倫の女と呼ばれますが、もし夫が死ねば、律法から解放されるので、他の男に行ったとしても、不倫とはならないのです。
 4 私の兄弟たちよ。このように、あなたがたも、キリストの体を通して、律法に対して死んだのです。それは、あなたがたが他の人と、すなわち、死人の中からよみがえられた方と結ばれて、私たちが神に向かって実を結ぶようになるためです。
 5 私たちが肉にあった時には、律法によって罪とされる情欲が、私たちの肢体のうちに働いて、死に向かって実を結ばせました。
 6 しかし今は、私たちを拘束していた律法に対して死んだので、私たちに対する律法の効力が無くなり、その結果、古い文字(もんじ)*によってではなく、新しい御霊によって仕えているのです。


 7 それでは、どういうことになりますか。律法は罪なのですか。断じてそうではありません。しかし、律法を通さなければ、私は罪というものを知らなかったでしょう。すなわち、もし律法が、「欲しがるな。」と言わなかったら、私は欲望というものを知らなかったでしょう。
 8 しかし、罪は戒めによって拠点を確保して、私の内に働いて、あらゆる悪い願望を起こさせました。それは、律法がなければ罪は死んでいるからです。
 9 私はかつては、律法なしに生きていましたが、戒めが来たときに、罪は生き返り、私は死にました。
10 そして、いのちに導くはずのこの戒めが、かえって死に導くものであることが分かったのです。
11 なぜなら、罪は戒めによって拠点を確保し、私を欺き、その戒めによって私を殺したからです。
12 そのため、確かに、律法そのものは聖なるものであり、戒めも聖であり、正しく、また善なるものです。
13 では、この善なるものが、私に死をもたらしたのでしょうか。断じてそうではありません。 それはむしろ、罪のなせるわざです。罪は、この善なるもので私を死に至らせることにより、罪がその本性を現わすため、戒めを通して、最も罪深いものに成り下がらせたからです。
14 私たちは、律法は霊的なものであるとすでに知っています。しかし、私は肉的な者であり、罪の下に売られてしまっているのです。
15 私は自分がいま成し遂げつつあることが、分かりません。なぜなら、私は自分が行ない続けたいと願う事ではなく、かえって自分が憎む事をついつい行なっているからです。
16 もし、自分のしたくない事をしているとすれば、私は律法が良いものであることに同意していることになります。

17 今や、この事を行なっているのは、もはや私ではなく、私の内に住み着いている、罪です。
18 私の内に、すなわち、私の肉の中には、善なるものが宿っていないことを、私は知っています。なぜなら、善をしようとする願いがすぐそこにあっても、それを成し遂げられないことを見出すからです。
19 私は、私がしようとする善はほとんど行なえないで、したくない悪は、これを行ない続けているのです。
20 もし、したくないことをしているとすれば、それを成し遂げているのは、もはや私ではなく、私の内に宿っている罪です。
21 そこで、善を少しでも行なおうと願っている私に、悪がすぐ近くにいるという原理発見するのです。
22 すなわち、私は、内なる人としては神の律法を喜んでいますが、
23 私の肢体には別の原理があり、私の心の律法に対して戦いを挑んでいて、私を、肢体の中にある罪の原理の虜(とりこ)にしているのを見るのです。
24 私は、なんというみじめな人間なのでしょう。誰が、この死の体から、私を救ってくれるのでしょうか。

25 私たちの主でおられるイエス・キリストを通して、私は神に感謝をささげます。 それゆえに、私自身は、心では神の律法に仕えていますが、肉では罪の原理に仕えているのです。


   *  【婚姻法のたとえ、 律法と罪、二人の私】
   *1  § 大いなる恵みによって生きるキリスト者は、自我と罪から解放されているのみならず、律法からも自由であることを、婚姻法のたとえで説明する
   *3  モイカリース(ギ) adulteress、(狭義の)姦淫の女、不倫(不貞、姦通)の女  cf. マコ8:38 霊的不倫
   *4  十字架にかかられたキリストの体を通して の意
   *5  パーセマ(ギ) suffering; passion、苦しみ; 情欲、   § 律法は罪を明らかに示すのみならず、罪の情欲を刺激して、罪を犯させる場合がある
   *6  カタルゲーオ(ギ) render idle、deprive of force、cease、働かなくさせる、力を奪う、止める、  グラムマ letter、writingthe sacred writings、文字、記述、旧約聖書
   *7  テーン ハマルティアン(ギ) the sin、(単数) 罪というもの、   出エジ20:17、申命5:21 (第十戒、「隣人のものを、欲しがってはならない」)、  エピシュミーア desire、craving; lust、願望、渇望; (悪い)欲望   § 十戒に書いてあるほどの、人間の根本にある罪の性質の一つであり、「(むやみに)欲しがること」は、それが律法によって罪であると言われて、初めてその人が認識するものである。 ユダヤ人の宗教指導者たちや、パウロ自身もかつて、キリスト者を迫害していた時、「ねたみ」の情熱が動機だった。 § 「ねたみ」、「高慢」、「作り話・うわさ話」は、3大サタン的罪であり、指摘されるまで気が付きにくい、原罪に近い根本的な罪
   *8  アフォルメー(ギ) place to attack for base of operations、(軍事用語) 拠点を確保する、
   *8、10  § 律法を古い文字(もんじ)として、”律法的に”受け取ることによって、逆に、罪の拠点を築いて罪を犯させるよう働く

   *13  § しかし、悪いのは律法ではなく、罪そのものである。 罪は本来善である律法を巧みに利用して、死をもたらした、   cf. 「罪人のかしら」(Tテモ1:15)
   *14  プニューマティコース(ギ) 霊的な、神の霊に属する; 神の本質の反映である、  サールキノス 肉的な、体に関する、  § それは他人事ではなく、パウロ自身がそうだと言っている
   *15  § 3種の行ない: カテルガゾマイ(ギ) 成し遂げる、  プラソー 行ない続ける、  ポイエオー (断片的に)行なう  (・・・ 継続的に悪を行なってはいないが)
   *19  ポイエオー (断片的に)行なう、  プラソー 行ない続ける  § 15節とは逆になっている最悪の状況: (・・・ 罪に習慣的にのめり込んでいる様子)
   *21、23、25  すべて ノモス(ギ) (直訳) 律法、( → 原理 という意味でも用いられている)

   *22  トン エソー アンスローポン(ギ) the inward man; soul、conscience、内なる人; たましい、意識  = (ここでは) キリストにあって新生した私 (Uコリ4:16−18、エペ3:16)
   *25  § 自己の罪の、あまりにも悲惨な現実を直視した後で、キリストの恵みに目を移すと、感謝しか出てこなくなる



  第8章


 1 こういうわけで、今やキリスト・イエスにある者には、有罪の判決が下ることはありません。 肉に従わず、御霊に従って歩むならば です
 2 なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の原理は、罪と死との原理から私を自由にしたからです。
 3 律法が肉により無力になっているためになし得なかった事を、神はなし遂げて下さいました。すなわち、神は御子を、罪深い肉の形で遣わされ、肉において罪を罰せられたのです。
 4 これは、肉に従わず、御霊に従って歩む私たちにあって、律法の要求が満たされるためです。
 5 なぜなら、肉に従う者は肉のことに心を向け、御霊に従う者は御霊のことに心を向けるからです。
 6 肉の考え方は死であり、御霊の考え方は、いのちと平安だからです。
 7 なぜなら、肉の考え方は神と全く相いれないからです。すなわち、それは神の律法に従属しない、いや、従属できないのです。
 8 肉欲の虜(とりこ)になった者は、神を喜ばせることができません。
 9 しかし、神の御霊があなたがたの内に住んでおられるならば、あなたがたは肉にいるのではなく、御霊にあるのです。もし、キリストの御霊を持っていない人がいるなら、その人はキリストのものではありません。
10 もし、キリストがあなたがたの内におられるなら、体は罪のゆえに死んでいても、霊は義のゆえに生きているのです。
11 もし、イエスを死人の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたの内に住んでおられるなら、キリスト・イエスを死人の中からよみがえらせた方は、あなたがたの内に住んでおられる御霊によって、あなたがたの死ぬべき体をも、生かしてくださるでしょう。

12 それゆえに、兄弟たちよ。私たちは、肉に従って生きるように、肉に対して負債を負っている者ではありません。
13 なぜなら、もし、肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬ以外にないからです。しかし、御霊によって体の行ないを殺すなら、あなたがたは生きるでしょう
14 誰でも、神の御霊に導かれている者は、すなわち、神の子です。
15 あなたがたは再び恐れの中におらせる奴隷身分の霊を受けたのではなく、養子の身分の霊を受けたのです。その霊によって、私たちは、「アバ、父よ。」と呼ぶのです。
16 私たちが神の親密な子供であることを、御霊ご自身が、私たちの霊と共にあかしして下さいます。
17 もし子であれば、相続人でもあります。 キリストと栄光を共にするために苦難をも共にしているならば、私たちは、神の相続人であって、キリストとの共同相続人なのです。

18  私はこう考えています。今のこの時の苦しみは、やがて私たちに現されようとする栄光に比べれば、取るに足りないものです。
19 被造物は、実に、切なる思いで神の子たちの出現を熱心に待ち望んでいます。
20 なぜなら、被造物が虚無の下に従わされたのは、自分の意志によるのではなく、従わせた方によるのであり、
21 また、被造物自身も、朽ちるべきものという奴隷身分から解放されて、神の子たちの栄光という自由の中に入る望みが残されているからです。
22 私たちは、被造物全体が今に至るまで、共にうめき、共に産みの苦しみをしていることを、知ったのです。
23 それだけではなく、御霊の初穂を持っている私たち自身も、自身の中でうめきながら、養子の身分が与えられること、すなわち、体の贖われることを待ち望んでいます。
24 私たちはこの望みによって、救われたのです。しかし、目に見える望みは望みではありません。誰でも目に見ている事を、どうしてさらに望むでしょうか。
25 もし、私たちが今見ていないことを望むなら、私たちは忍耐をもって、それを熱心に待ち望むのです。

26 御霊もまた同じように、弱い私を代わりに一緒に手伝ってくださいます。私たちはどのように祈るべきか分かりませんが、御霊ご自身が、言葉に表わせない深いうめきをもって、私たちの代わりにとりなして下さるからです。
27 そして、人の心を徹底して探る方は、御霊の思いが何であるかをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、聖徒に代わって神に従ってとりなしをして下さるからです。
28 神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された人々のために、すべてのことを相働かせて良きにして下さることを、私たちは知っています。
29 神は、予知された人々を、更に御子のかたちに似たものとしようとして、予定して下さったからです。それは、御子が多くの兄弟の中で長子となられるためです。
30 そして、予定された者たちを更に召し、召された者たちを更に義とし、義とされた者たちには、さらに栄化を与えて下さったのです。

31 それでは、どういうことになりますか。もし、神が私たちの味方であるなら、誰が私たちに対抗できるでしょう。
32 ご自身の御子をさえ惜しまずに、私たちすべてのために死に渡された方が、どうして、御子のみならず、万物をも恵んで与えて下さらないでしょうか。
33 誰が、神の選ばれた人々を告訴しようとするのですか。神は、彼らを義とされているのです。
34 誰が、私たちに有罪の判決を下そうとするのですか。死なれた方、そしてさらに、よみがえられた方であるキリスト・イエスは、神の右の座に着かれ、私たちのためにとりなしておられるのです。
35 誰が、キリストの愛から私たちを離れさせようとするのですか。 圧迫ですか、災難ですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。
36 「私たちはあなたのために終日、死に定められており、ほふられる羊としてみなされている。」と、書いてある通りです。
37 しかし、これらすべての事の中で、私たちを愛して下さった方を通して、私たちは圧倒的な勝利者です
38 私はすでに、こう確信しています。 死も、いのちも、 御使いたちも、悪の権威どもも、 権力者たちも、すなわち、現在のものも、来たるべきものも、
39 高きところも、深みも、 その他どんな被造物も、私たちの主、キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。


   *  【結論: 勝利、 聖霊による勝利(1−17)、勝利の希望(18−30)、勝利の詩(31−39)】
   *1  § こういうわけで は、6章、7章のすべてを受け、特に、7:25 を受けている
   *2  ここでも 律法(ノモス) を、ローマ人(異邦人)にも分かりやすく 原理(法則、支配原理) という意味で用いている、  エリューセロオー(ギ) make free、自由にする (ヨハ8:32、36、(真理は)自由にする)、(名詞で)Uコリ3:17、ガラ5:13)
   *3  § 人間が罪の奴隷である → 律法が本来の効力を発揮できない (より罪に定めるだけ)、  しかし、律法とは全く別の方向から(イザ53:1)、 御子が完全に人として来られ(Tヨハ4:2)、罪は犯さなかったが(ヘブ4:15)、罪人の身代わりとして(ヨハ17:19)、十字架で死なれたこと
   *4  § 御子による十字架の贖いを信じて、聖霊を受け、聖霊の語りかけに聞き従って歩むと、きよめの道も同時に行くことになる。 結果的に、律法の要求を満たしている (ガラ5:16、18)
   *5  フロネーオ(ギ) have understanding、be wise、judge; direct one's mind to a thing、理解力がある、賢い、意見を判断する; 心を向ける、 § 人の内側の、思いの分野こそが、真の戦いの場
   *6  フローネマ(ギ) what one has in the mind、the thoughts、思考方式、思索、考え方
   *7  エクスラ(ギ、名詞・女) enmity、(単なる 敵意 ではなく、)根本的に、矛盾対峙する の意、  ≒ イザヤ55:9 「天が地よりも高いように、主の思いは高い」  
   *8  従属(服従)しない をさらに強調した状態 (= 7:23)
   *9  § 救いのために、聖霊を受けることは必須  ≒ 「信じて、(聖霊の)バプテスマを受ける者は救われます」(マコ16:16)
   *10、11  ソーマ(ギ) body、ここでは 罪に支配されていた古い自己
   *12  = 人間的な欲求や努力で
   *13  マタイ10:39、  プラクシス(ギ) 行ない続けること、  § 人間的な欲や努力・修練で生きるなら、罪のゆえに必ず破たんし、終わりの時にさばきを受ける。 一方、聖霊に聞き従って、肉の働きを殺すなら、永遠に生きることになる(ゼーセスセー(未来、2・複) <ザーオ)

   *15、23  プニューマ フィーオセシアス(ギ) spirit of adoption、(直訳) 養子とする霊、養子縁組の霊、   § 当時の教会(初代教会)では、御父のことを、「アバ・ホ・パテール」と呼んで、礼拝をささげていた(「アバ」=アラム語、ヘブライ語で「お父さん」の意)
   *16  親密な は補足、  テクナ セウー 神の子ども、  cf. 神の息子(フィオス セウー) よりも親密な関係をあらわす。 内なる聖霊はそのように導く
   *17  子ども(テクナ)であれば相続人 = 当時の法の原理、  苦難と栄光を共にする、キリストとの一体性 (Uコリ1:5、4:10、13:4、ガラ6:14)
   *19  クティーシス(ギ) creation、creature、(キリスト者を除く)全被造物、  フィオーン sons、子供たち、息子たち
   *20  マタイオーテス(ギ) devoid of truth and appropriateness、真理と妥当性に欠く、本来の機能性を失って実を結ばなくなっている状態、 § 人間に原罪が入った時、神がすべての被造物をのろわれた
   *21  最終的には万物は火で焼かれてしまう(Uペテ3:10)が、一部、「新天新地」に接続されるものもある?(イザ65:25?)
   *23  アパルケー(ギ) firstfruits、初穂、初物  ヤコ1:18 「被造物の初穂」=キリスト者の事、   主の再臨に伴う、いわゆる「栄化」のこと、最終的な贖い (Tコリ15:51、52)
   *26  御霊によって祈る (= エペ6:18)、  シュン(with)アンティ(for)ラムバノマイ(take) 代わりに一緒になって手伝う、一緒に支える
   *28  アガソース(ギ、形容詞) 
good、useful、excellent、良い、善の、役に立つ、優れた  → 神のみこころにかなうこと
   *29  プロギノスコー(ギ) あらかじめ知る、「予知」、  プロオピゾー predetermine、前もって決められた、あらかじめ定めた、「予定」、  § 神の「予知」と「予定」により、キリストを長子(プロートトコス、(直訳)他より優れている者)として神の家族に組み込み、福音宣教と聖霊の働きに召すこと
   *30  エドクサセン(ギ、アオ過去(単純過去)、3・単) 栄光をお与えになった、(終末的)「栄化」  (→ 神は時間を超越され、神の御前にはすでに成就している)
   *34  エンテューグカネイ(ギ、現在、3・単) make intercession、仲裁、弁護; とりなし  § 最高の弁護士が仲裁しているので、(聖霊を汚す罪以外は、) 赦されない罪はない
   *35  スリプシス(ギ) (物理的)圧迫; 圧迫、抑圧、苦しみ、艱難 (マタ24:21、黙2:9、10等)、  ステノコーリア 狭くなる所; 災難、(災難による)苦悩、  § これらすべてはパウロが経験したもの (Uコリ11:24−28)
   *36  詩篇44:22  (当時のイスラエルが置かれた状況を、キリスト者に当てはめている)
   *37  ヒューペル ニカオ(ギ) 
be more than a conqueror、gain a surpassing victory、征服者以上の者である、圧倒的な勝利を得る
   *38  アルケー(ギ) beginning、origin、principality、初め、起源、主権   ここでは 「御使い」と「悪霊」を対で表現、   (直訳) 力ある者、  すなわち は補足
   *39  深み、(海の)深み、 ハデスのこと、  § 死−いのち、 御使い−サタン、 今ある権力(ローマ帝国)−将来来る権力、 天−ハデス、 のように、(霊的視点から見た)あらゆる被造物を対句表現




  第9章


 1 私はキリストにあって、本当の事を語ります。うそは言いません。私の良心も聖霊にあって、一緒にあかしをしています。
 2 すなわち、私に大きな悲しみがあり、私の心には止むことのない痛みがあります。
 3 それは、私の兄弟、肉による同胞のために、私のこの身がのろわれて、キリストから離される事すら願い続けてきたほどです。

 4 彼らはイスラエル人であって、養子の身分を授けられることも、栄光も、いろいろな契約も、律法が与えられることも、礼拝も、数々の約束も彼らのものです。
 5 また父祖たちも彼らのものであり、肉によれば、キリストもまた彼らから出られたのです。この方は万物の上におられ、永遠にほめたたえられる神です。アーメン。
 6 しかし、神のみことばが地に落ちて無効になったというわけではありません。なぜなら、イスラエルから出た者が全部イスラエルなのではなく、
 7 また、アブラハムの子孫だからといって、その全部が子であるのではないからです。すなわち、「イサクから出る者が、あなたの子孫と呼ばれる。」
 8 とあるように、肉の子供たちがそのまま神の子供たちなのではなく、むしろ約束の子供たちが子孫として認められるのです。
 9 約束の言葉とはこうです。「来年の今ごろ、わたしはまた来る。そして、サラに男の子が与えられる。」
10 それだけではなく、一人の人、すなわち、私たちの父祖イサクによってみごもったリベカのこともあります。
11 まだ子供たちが生れる前に、良し悪しを何も行なわないうちに、神の選びの計画が、さまざまな行ないにはよらず、ただ、召した方によるために、
12 「兄は弟に仕える。」と、彼女に仰せられたのです。
13 また、「わたしはヤコブを愛しエサウを憎んだ。」と書いてある通りです。

14 では、どうなりますか。私たちは、神の側に不正があると言いましょうか。断じてそうではありません。
15 神はモーセに言われました。「わたしは自分のあわれもうとする者をあわれみ、いつくしもうとする者を、いつくしむ。」
16 それゆえ、それは人の意欲や、力を費やすことによるのではなく、ただあわれみ深い方でおられる神によるのです。
17 聖書はパロにこう言っています。「わたしがあなたを立てておくのは、あなたにおいてわたしの力を現わし、また、わたしの名が全世界に言い広められるためである。」
18 それゆえ神は、みこころに従って、ある者ををあわれみ、またある者をかたくなにされるのです。
19 すると、あなたはこう言うでしょう。「それではなぜ神は、なおも人を責められるのですか。誰が、神のご意思に逆らうことができるでしょうか。」
20 しかし、ああ、人よ。神に言い逆らうとは、あなたは一体、何者ですか。造られたものが造った者に向かって、「なぜ、私をこのように形造ったのか。」と言うことがあるでしょうか。
21 陶器を造る者は、同じ粘土の塊から、一つを尊い器に、他を卑しい器に形造る権限がないのでしょうか。
22 もし、神が怒りを示され、ご自身の力を知らせようと望んでおられつつも、すでに壊す準備がなされた怒りの器たちに、大いなる忍耐をもって臨まれ、
23 なおかつ、栄光にあずからせようとして、あらかじめ用意された、あわれみの器たちに、ご自身の栄光の富を知らせようとされたとすれば、どうでしょうか。
24 神は、このあわれみの器たちとして、私たちを、ユダヤ人の中からだけではなく、異邦人の中からも召して下さったのです。

25 それは、ホセアの書でも言われている通りです。「わたしは、わたしの民でない者を、わが民と呼び、愛さなかった者を、愛される者と呼ぶ。」
26 「『あなたがたはわたしの民ではない。』と、彼らに言ったその場所で、彼らは生ける神の子どもと呼ばれる。」
27 また、イザヤはイスラエルのために、こう叫んでいます。「たといイスラエルの子供たちの数が海辺の砂のようであっても、救われるのは残された者だけである。
28 主は、義のうちに、みことばを、完全にまたすみやかに、地上に成し遂げられる。」
29 さらに、イザヤはこう預言しました。「もし万軍の主が、私たちに子孫を残されなかったなら、私たちはソドムのようになり、ゴモラと同じようになっていた。」

30 では、どういうことになりますか。 義を追い求めなかった異邦人は、義、すなわち、信仰による義を得たのです。
31 しかし、義の律法を追い求めていたイスラエルは、義の律法に達しませんでした。
32 なぜでしょうか。信仰によらないで、行ないによって得られるかのように、追い求めたからです。彼らは、つまずきの石につまずいたのです。
33 「見よ。わたしはシオンに、つまずきの石、さまたげの岩を置く。彼に信頼する者は、失望させられないであろう。」と書いてある通りです。


   *  【イスラエル問題(9:1−11:36)、 神の選びのイスラエル】
   *2  § 同胞イスラエルの不信仰の問題。 キリスト信仰はユダヤから出たにもかかわらず、当のユダヤ人が信じていない理由を、ローマの人々に説明
   *4  フィーオセシア(ギ) adoption、養子、養子縁組、   特に メシヤに関する約束
   *7、8  創世21:12、(引用はすべて70人訳 △)  子孫: (直訳) seed、種(単数)、  (肉の子)イシュマエルではなく、(神がアブラハムに約束した子)イサクの子孫の、ある一人の子孫 = キリスト
   *9  創世18:10
   *12  創世25:23
   *13  マラキ1:2、3
   *15  出エジ33:19  →  「わたしは、恵もうと思う者を恵み、あわれもうと思う者をあわれむ。」
   *17  出エジ9:16
   *19  § もし神が人間の意志をも支配するなら、人は逆らうことにならないではないか、の意  → しかし、神は人をロボットとせず、自由意志を与えられたので、この議論はできない
   *20  § 神はある狭い範囲内で人に選択の自由を与えるのであって、基本的にはみこころを変えられることはめったにない。
 被造物である人は、神の主権に逆らうことは許されない。 (ヨブ記のように、みこころを動かされる事はまれにある)
   *21  陶器師のたとえ: イザ29:16、45:9、10、エレ18:6等
   *22  Uペテ3:15 「主の忍耐は救い」、  マクロシュミーア(ギ、名詞) patience、steadfastness; forbearance、longsuffering、忍耐、不動; 寛容、我慢強い  cf. マクローシュメオー(動詞) 忍耐して待つ (Tコリ13:4、ヘブ6:15)
   *23、24  あわれみの器: 神のあわれみを受ける神の民 これに異邦人も加えられている
   *25  ホセア2:23、  § 「わが民でない者(ロ・アミ(ヘ))」とは見捨てられたイスラエルであるが、パウロはこれをそのまま、異邦人に転用。  「愛さなかった者(ロ・ルハマ(ヘ))」は直接的にはホセアの息子、愛されなくなったイスラエルであるが、これも異邦人に転用
   *26  ホセア1:10、   次のホセ1:11では、キリストによる、イスラエルと異邦の両方の救いと一つになる事

   *27、28  イザヤ10:12
   *29  イザヤ1:9
   *30  (直訳) 私たちは何と言いましょうか  → パウロが、逆説的結論から、新しい展開へ行くとき(4:1、6:1、7:7、8:31、9:14)
   *33  イザヤ8:14、  § 異邦人は信仰による義を得た(:30)。 一方、信仰ではなく、律法による宗教的行ないを追い求めたイスラエルは、キリストにつまずいた。  石、岩は元々(ヤハウェ)の意) → 詩篇118:22、23の「見捨てられた礎(いしずえ)の石」ではメシヤを表すようになった。 神のことばにではなく、人間の知恵と力に頼る者には、つまずきとなった



  第10章


 1 兄弟たち。私の心の望み、また彼らのために神に祈り求めているのは、彼らが救われることです。
 2 私は、彼らが神に対して熱心であることはあかししますが、その熱心は深い知識によるものではありません。
 3 なぜなら、彼らは神の義を知ろうともせず、自分の義を立てることを探し求め、神の義に屈服しなかったからです。

 4 また、キリストは、すべて信じる者を義とするために、律法の終了となられたからです。
 5 モーセは、律法による義を行う人は、その義によって生きる、と書いています。
 6 しかし、信仰による義は、こう言っています。 「これは天にあるのではないから、『誰が私たちのために天に上り、それを持って来て、私たちに聞かせ、行わせるのか。』と言わなくてもよい。」
 7 「またこれは海のかなたにあるのではないから、『誰が私たちのために海のかなた渡って行き、それを取って来て、私たちに聞かせ、行なわせるのか。』と言わなくてもよい。」
 8 では、何と言っていますか。「言葉はあなたの近くにある。あなたの口にあり、あなたの心にある。」 これは、私たちが宣べ伝えている信仰の言葉のことです。
 9 すなわち、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるならば、あなたは救われるのです。
10 なぜなら、人は、心に信じて義とされ、口で告白して救われるからです。

11 聖書は、「すべて彼を信じる者は、慌てふためくことがない。」と言っています。
12 ユダヤ人とギリシヤ人との区別はありません。同一の方がすべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に豊かに与えて下さるからです。
13 なぜなら、「主の御名を呼び求める者は、すべて救われる。」とあるからである。
14 しかし、信じたことのない者を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない者を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える者がいなくては、どうして聞くことができるでしょう。
15 遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。「良き知らせを伝える人々の足は、何と美しいことよ。」と書いてある通りです。
16 しかし、すべての人が福音に耳を傾けたのではありません。イザヤは、「主よ。誰が、私たちから聞いたことを信じましたか。」と言っています。

17 したがって、信仰は聞くことから、聞くことは、神の語りかけの言葉を通して来るのです

18 しかし私は言います。彼らには聞えなかったのでしょうか。いいえ。むしろ、こうです。「その声は全地に響き渡り、その言葉は世界の果てにまで届いた。」
19 さらに、私は言います。イスラエルは知らなかったのでしょうか。まず、モーセがこう言っています。「わたしはあなたがたに、民でない者に対してねたみを起こさせ、愚かな国民に対して怒りをいだかせよう。」
20 イザヤも大胆に言っています。「わたしは、わたしを捜さない者たちに見出され、わたしに問わない者に自分を現した。」
21 そして、イスラエルについては、「わたしは不信仰で反抗する民に、一日中わたしの手をさし伸べた。」と言っています。


   *  【イスラエルの不信仰の理由】
   *2  エピグノーシス(ギ) 正しい(深い)知識、(ここでは、神による救いの計画の知識)
   *3  アグノエーオ(ギ) 理解しない、知ろうとしない、  ゼテオー seek、捜す、  ヒュポタッソー(ギ) yield to one's admonitionadvice; obey、従属する、屈服する; 従う、  § 民族的誇り(自己義認)と宗教熱心(自己主張)により、神の義に屈服(降伏、降参)できなかった
   *4  テロス ノモウ(ギ) endfinish of law、  § それだけではなく、モーセの律法を絶対視して、それを行なうことによって救われると思っていた(信仰のあり方の問題)
   *5  レビ18:5、ネヘ9:29、エゼ20:21、 マコ10:17−22 等、  § ただし、律法によって神の義と認められる人は誰もいない → 義人は信仰によって生きる (ガラ3:11)
   *6、7  申命記30:12、13 (マソラ本文からの訳 を そのまま差し替える)  § 引用部があまりにも異なっているため、このようにした。 博学でありイスラエルの同胞を思い続けていたパウロが、ヘブライ語の聖書を知らないことは考えにくい。テルテオの筆記の時か、後の時代の筆写で、70人訳(ギリシャ語)+余計な追加文が入ったと思われる。 マソラ訳(太字)に差し替えれば、それに続く、10:8、9、10 と、内容が一貫してよく整合する
   *8  申命記30:14   ハ・ダバル(ヘ、単数・男) the speech、saying、words、語りかけ、(語る)言葉、   レーマ(ギ、単数・中) sound produced by the voice、speech、word、語りかけ、(語る)言葉
   *9  ピリ2:11、Tコリ12:3 (イエスは主である ← 聖霊を受けることによって告白)、   使徒2:24、Tコリ15:1−5 (Tコリ15章は、救いについて記述)
   *11  イザヤ28:16 → 「(試みを経た、礎の、尊いかしら石) これに信頼する者は、慌てふためくことはない」
   *13  ヨエル2:32  終末の時のこと、(死ぬ直前の人にも)
   *14、15  § 伝道する者たちの必要性: 遣わされる → 宣べ伝える → 聞く → 信じる → 呼び求める → 救い
   *15  イザヤ52:7

   *16  イザヤ53:1、 ヨハ12:38 (人々はイエスがしるしを行なったのに信じなかった)、   ヒュパコーオー(ギ) listen、harken; harken to obey、注意して聞く、耳を傾ける; 聞き従う(単に”従う”という意味ではない)
   *17  レーマ(ギ、単数・中) sound produced by the voice、speech、word、語りかけ、(語る)言葉  ( ⇔ ホ ロゴス 単数で みことば全般、あるいは 御子)、  来るのです は補足、  § 神の語りかけの言葉(レーマ)に聞き従うことが、信仰であると言っている。 信仰の土台は、神の言葉。 (参考: マコ11:22−24、ヘブ11:1、6、ヨハ5:19、Tサム15:22)
   *18  詩篇19:4
   *19  申命32:21
   *20  イザ65:1  →  問わなかった者たちに尋ねられ、捜さなかった者たちに見つけられた
   *21  イザ65:2、   アペイセーオ(ギ) refuse(withhold)belief、信じることを拒否する(差し控える)



  第11章


 1 そこで、私はこう言います。神はその民を押しのけてしまわれたのでしょうか。断じてそうではありません。私もイスラエル人であり、アブラハムの子孫、ベニヤミン族の者です。
 2 神は、予知しておられたその民を、退けてしまわれませんでした。聖書がエリヤの箇所で何と言っているか、あなたがたは知らないのですか。彼は、イスラエルを神に訴えてこう言いました。
 3 「主よ。彼らはあなたの預言者たちを殺し、あなたの祭壇を取り壊し、そして、私一人が取り残されたのに、彼らは私のいのちをも求めています。」
 4 しかし、彼に対してどのような御告げを言っておられますか。「バアルにひざをかがめなかった七千人を、わたし自身のために残してある。」
 5 それと同じように、今のこの時代にも大いなる恵みの選びに従って、残りの民がいるのです。

 6 しかし、恵みによるのであれば、もはや行いによるのではありません。そうでないと、恵みが恵みでなくなります。しかし、もし行ないによるのであれば、もはや恵みによるのではありません。もしそうでなかったら、行ないが行ないでなくなります。
 7 では、どうなりますか。イスラエルは、その捜し求めているものに到達せずに、ただ選ばれた民がそれに到達しました。しかし、他の者たちは心が鈍くなりました。
 8 「神は、今日に至るまで、彼らに麻痺した霊と、見えない目と、聞えない耳を与えられた。」と書いてある通りです。
 9 ダビデもまた言っています。「彼らの食卓は、彼らのわなとなれ。網(あみ)となれ。つまずきの石となれ。報復となれ。
10 彼らの目は、暗くなって見えなくなれ、彼らの背はいつまでも曲っておれ。」
11 そこで、私は言います。「彼らがつまずいたのは、倒れるためであったのでしょうか。」 断じてそうではありません。かえって、彼らの罪過によって、救いが異邦人たちに及び、それによってイスラエルにねたみを引き起こすためです。
12 しかし、もし、彼らの罪過が世界の富となり、彼らの数が減ることが異邦人の富となったとすれば、まして彼らの救いの数が満ちた*なら、どんなにすばらしいことになるでしょう。

13 そこで私は、あなたがた異邦人に言います。私自身は異邦人への使徒なので、私の務めを光栄に思っていますが、
14 どうにかして私の同胞を奮起させ、彼らの幾人かでも救おうと願っているのです。
15 もし彼らの捨てられることが世界の神との和解となったとすれば、彼らが神に受け入れられることは、死人の中から生き返ることでなくて何でしょう。
16 もし、初穂がきよければ、その麦粉のかたまりもきよいのです。もし根がきよければ、その枝もきよいのです。
17 しかし、もし、ある枝が切り取られて、野生のオリーブであるあなたがそれらの間に接ぎ木され、オリーブの根の豊かな養分に共にあずかっているとすれば、
18 あなたはその枝に対して誇ってはいけません。たとえ誇るとしても、あなたが根を支えているのではなく、根があなたを支えているのです。
19 すると、あなたは、『枝が切り取られたのは、私が接ぎ木されるためだ。』と言うでしょう。
20 まさに、そのとおりです。 しかし、彼らは不信仰のゆえに切り取られ、あなたは信仰のゆえに立っているのです。高ぶった思いを持たないで、むしろ恐れなさい。
21 もし神が、元のの枝を惜しまず取っておかないとすれば、あなたを惜しむようなこともないでしょう。
22 神の慈愛と厳しさとを、よく見なさい。神の厳しさは倒れた者たちの上にあり、神の慈愛は、もしあなたがその慈愛にとどまっているなら、慈愛はあなたの上にあります。さもなければ、あなたも切り払われるのです。
23 しかし彼らも、不信仰を続けなければ、接ぎ木されることになります。神には彼らを再び接ぎ木する力があるからです。
24 なぜなら、もしあなたが天然の野生種オリーブから切り取られ、天然の性質に反して栽培種オリーブに接ぎ木されたとすれば、まして、本来の栽培種の良い枝は、もっとたやすく自分ののオリーブの木に接ぎ木されないでしょうか。

25 兄弟たち。私はあなたがたに、この奥義を知らないでいてほしくありません。あなたがたが自分を知恵ある者たちとすることのないためです。 一部のイスラエル人がかたくなになったのは、異邦人の数が満ちる時までのことであって、
26 そして、このように、イスラエル人が全体的に救われるでしょう。 それは、次のように書いてある通りです。「救う者がシオンから出て来て、ヤコブを不信仰から転向させる。
27 これが、彼らに対して立てるわたしの契約である。彼らの罪を除き去る時である。」
28 福音によれば、彼らは、あなたがたのゆえに神に敵対していますが、選びによれば、父祖たちのゆえに神に愛されている者です。

29 神の賜物と召しとは、変わることがありません。

30 あなたがたが、かつては神に対して不信仰でしたが、今は彼らの不信仰によってあわれみを受けたように、
31 今は、彼らも不信仰になっていますが、それは、あなたがたの受けたあわれみによって、彼ら自身もあわれみを受けるためなのです。
32 すなわち、神はすべての人をあわれむために、すべての人を不信仰の中に閉じ込められました。
33 ああ。神の、豊かな富と、知恵と、知識とは、何と深いことでしょう。そのさばきは何と探りがたく、その道筋は理解しがたいことでしょう。
34  「だれが、の心を知ったのか。誰が、主の助言者になったのか。」
35 また、「だれが、まずに与えて、その報いを受けるであろうか。」
36 それは、万物は、神から出て、神によって成り、神に至るからです。 この方に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。


   *  【イスラエルの救い、リバイバルの予告】
   *2  詩篇94:14
   *3  T列19:10

   *4  T列19:18
   *5  カイロス(ギ) the right time、imited period of time、  レイムマ(ギ、単数・中) remnant、残された者、残りの民(単数)
   *6  (この欠落箇所は、パウロが、宗教的に行なう者たちを大いに皮肉って言っている所)
   *7  エクロゲー(ギ、単数・女) choosing、person chosen、God's elect、選民(単数)
   *8  申命29:4、  cf. イザ29:10 「深い眠りの霊、目である預言者たちを閉じ、頭の先見者たちを覆った」
   *9、10  詩篇69:22、23  cf. 「わな、落とし穴、暗くなって見えなくなれ、腰をよろけさせ」
   *11、12  パラプトーマ(ギ) deviation from truth、sin、misdeed、真理からの逸脱、罪、犯罪行為
   *12  ヘッテマ(ギ) diminution、decrease、loss、減少、縮小; 損失、(失敗・敗北という意味はない) cf. Tコリ6:7 「互いに訴え合うということが、あなたがたの損失です」、  プレーローマ filled up、completeness、(数、時が)満ちること、完全であること = :25 「異邦人の完成(=救いの数が満たされる)に至る時まで」   § AD70年以降、ディアスポラとなって世界に散らされたイスラエルの民は、その先々で異邦人に富をもたらした(彼ら自体は略奪、迫害された)ことも、福音宣教の大きな恵みと共に、成就した
   *13  自分はユダヤ人、しかし異邦人への使徒に召された者 の意 (使徒22:21、ガラ2:7−9、Tテモ2:7)  § パウロは、イスラエル12部族をさばくようになる、小羊の12使徒の欠員補填ではないらしい
   *14  サルクス(ギ) flesh、モウ テエン サルカ (直訳) 私の肉(骨肉)を
   *15  神との は補足、  カタッラゲー(ギ) exchange; adjustment of a difference、reconciliation、restoration、両替; 和解、復元  ここでは、神との和解 (=愛されなかった者が神の恩寵に中に入れられること) の意、   神に は補足、  プロースレプシス receiving、受け入れること  ここでは、神の御国に受け入れられる の意、   § 死人の中から生き返る: 霊的に死んだイスラエルが、再び神の恩寵の中に入れられ、霊的に生きたものとされること = (終末の時、)イエスの再臨に際し、実際に、生前救われていた死人たちが皆 よみがえること。 イスラエルのリバイバルは、異邦のリバイバルの後の一番最後であり、再臨の直前(小艱難期)である。 ・・・ パウロは、イスラエルの本格的な救いについて、終末の出来事を予告して言っている(= :25、26)
   *21、24  フューシス(ギ、名詞) nature、birth、自然、天然、本来、生まれ、野生
   *22  § イスラエルはディアスポラ以降、1900年もの間、世界中で厳しい迫害の生活を強いられ続け、申命記28章後半ののろいが成就してしまった。 一方、(国家宗教という制度的教会が担い手となったとはいえ、)キリスト教会が世界中に建てられ、歴史の中で主のあかしが成されていった
   *25  ミュステーリオン(ギ) hidden thing、secret、mystery、奥義 (ルカ8:10、Tコリ13:2、15:51、黙示17:7、等)、  プレーローマ filled up、completeness、(数、時が)満ちること、完全であること (:12)
   *26  パス(ギ、形容詞) (独立して)
each、all; the whole; (集合的に)some、  イザ59:20、21、27:9  ここではパウロは、イスラエル民族の中から不信仰の者を除き、神との交わりを回復する、と解釈している
   *25、26、27  § (いくつかの解釈があるが、終末論との適合性を考え、)異邦の世界の大リバイバルの後に、小艱難期(前3年半)の中の迫害下でイスラエルがリバイバルし、14万4千人(黙14:1)と、男の子を生んだ女(黙12:6)が救われる。 このように、イスラエルが「全体的な(whole)」リバイバルの時になるという予告。 (中には反キリストに妥協する者もいる(ヨハ5:43)ので、文字通り「すべての(all)」ではない。 また、ルター、カルヴァンなどのように、単なる”霊的イスラエル”ととると、その前の異邦の大リバイバルと矛盾する)
   *29  § この言葉は、イスラエルの救いだけではなく、クリスチャンの働き全般にも適用される:  御父が教会に定めた7つの奉仕(12:6−8)、御子が任命する五役者(エペ4:11)、聖霊が分け与える9つの御霊の賜物(Tコリ12:7−10)、が一人一人に定められ、それぞれの召しの期間中に、失ったり変動してしまうことがないこと
   *30  アペイセーオー(ギ) not to allow one's self to be persuaded; refuse belief and obedience、(直訳) 自身が説得されない、頑固な; 不信仰、(不従順) = ヨハ3:36
   *33  (参考) イザヤ55:9 「天が地よりも高いように、主の思いは人の思いよりも高い」、  Tコリ2:10 「御霊は神の深みにまで及ばれる」  § 知恵と知識との豊かな富は とも訳せるが、35節で、富に言及しているので、ここでは神の豊かさも並べるように訳す
   *34  イザ40:13、14
   *35  ヨブ41:11、35:7





  第12章


 1 兄弟たちよ。それゆえ、神の深い同情を通して、私はあなたがたにお願いします。 あなたがたの体を、神に喜ばれる、生きた、聖なる供え物としてささげなさい。それが、あなたがたのなすべき霊的な礼拝です。
 2 また、あなたがたは、この時代迎合してはいけません。むしろ、あなたがたの精神を刷新されたものに造り変えられなさい。それは、何が神のみこころであるか、何が良いことであり、神に喜ばれ、また完全なことであるかを、わきまえ知るようになるためです

 3 私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがた一人一人に言います。思うべき限度を越えて思い上がることをせず、むしろ、神が各人に分け与えられた信仰の量りのとおりに、節度ある考え方をするべきです。
 4 それは、一つの体には多くの器官がありますが、それらの器官がみな同じ働きをしないように、
 5 大勢いる私たちも、キリストにあって一つの体であり、また一人一人はそれぞれ器官だからです。

 6 このように、私たちは与えられた大いなる恵みによって、それぞれ異なった賜物を持っているので、もし、それが預言であれば、信仰に比例して預言をし、
 7 牧会運営であれば牧会運営をし また教える者であれば教え、
 8 カウンセラーであれば慰め励まし、 分け与える者は下心なく単純に分け与え、 指導監督する者は熱心に指導監督し、 慈善をする者は明るく進んで慈善をしなさい。

 9 愛には演技やお芝居があってはいけません。悪は忌み嫌い、善には堅く結びつきなさい。
10 兄弟愛をもって互いに愛し合い、尊敬することを互いに先んじてしなさい
11 熱心をもって怠けることなく、御霊に燃え、主に仕えなさい。
12 望みをいだいて喜び、患難に耐え、祈りを絶えず続けなさい
13 聖徒の物質的必要を援助し、熱心に旅人をもてなしなさい。

14 あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。 祝福しなさい。のろってはいけません。
15 喜び踊る者と共に喜ぶこと。 泣く者と共に泣くこと
16 互いに一つ心になり、高ぶったことを思わないで、かえって身分の低い者たちに順応して交わりなさい。 自分たちこそが知者だとうぬぼれてはいけません。
17 誰に対しても、悪に対して悪を報いず、すべての人の前に良いことを提供しなさい
18 もしできるなら、あなたがたの側から、すべての人と平和を保っていなさい。
19 愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。 なぜなら、「主は言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する。」と書いてあるからです。
20 むしろ、「もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食べさせ、渇くなら、彼に飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃えさかる炭火を積むことになるのです。」
21 悪に勝たせてははいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。


   *  【実践編: 12:1−15:13、 献身、 教会内外の交わり・関わり方】
   *1  オイクティルモース(ギ) (元々)bowels、腸; compassion、mercy; emotions、(深い)同情、あわれみ; 感情  ≒ Tコリ7:25、   ソーマ body、(現実の血肉の)体、 § 本当(真実)の献身: あるがままの現実の状態で、(主に聞き従って)自分自身をささげて、神に仕えなさい の意  →  御父は、それぞれの奉仕を、教会にあらかじめ備えておられるから (12:6−8)
   *2  シュスケマティゾー(ギ) conform one's self to another's pattern、他のパターンに合わせ(一致させ、従わせ)る、  ノウス mind、intellectual faculty、(体に対する)精神、心、(意志・感情に対する)知的能力、  メタモルフォオー change into another form、transform、別の形に変える、   § 主のみこころを成し遂げたいという願い があると主のみこころが分かる (ヨハ7:17)
   *1、2  § 1節の「体」と同様に、「精神活動」も、献身の際、聖霊によって本質的に造り変えられること

   *3  ソフローネオー(ギ、動詞) be of sound mind、exercise self control、健全な心でいる、自制する  (Uテモ1:7、 ソフロニスモス 健全さ、節度、自制)
   *6、7、8  § 御父が教会に与える、7つの奉仕の賜物:  カリスマタ(ギ、複数・中) gifts of divine grace、(神の恵みの)贈り物、賜物
   *6  アナロギア(ギ) proportion、比例、 信仰に比例して の意、 (:3 の、信仰の量り とは異なる)  § 預言は、常に吟味が必要なほどに(Tコリ14:29)間違う可能性があるので、その人ができる程度や分野に応じて預言。決して無理しない。
       § また、預言は、すべての召しと賜物(11:29)の中で特別な地位を占め、御父が教会に定めた7つの奉仕(12:6−8)、御子が任命する五役者(エペ4:11)、聖霊が分け与える9つの御霊の賜物(Tコリ12:7−10)の3つのカテゴリーに唯一共通しているのが、預言。 
神は、ことばの神であり、時間を超越された方であり、ゆえに、預言は、神の三位一体の中心点にある。
   *7  ディアコニア(ギ、単・女) service、ministering、(教会の)職務、務め; 配給; ミニストリー (使徒1:17、6:4、6:1、Tコリ12:5、16:15、エペ4:12 等) ・・・ 教会の管理と貧しい者への配給 (「牧会」に近い働き)
   *8  パラクレシス(ギ) calling nearconsolation、encourage、instructorconsoler、近くに呼ぶ者; 慰め励ます(者)、教え勧める(者)、カウンセラー、  ハプローテス simplicity、sincerity、mental honesty、単純に、正直に、 見返りを受け取る下心なしに の意 (Uコリ9:11、12 ・・・ この「分与」の賜物の人が与えると、自身がますます与えられる)、  プロイステミ superintendguardian、(霊的にも、実際的にも、)監督する、管理する、守護者である (Tテサ5:12、Tテモ3:1−5)、 熱心に指導しなければならない、  ヒラローテス(名詞、単・女) cheerfulness、readiness、快活に(明るく、楽しく)、進んですること、用意ができていること
   *9  アニュポクリトス(ギ) unfeigned、undisguised、演技・ふりをしない、変装(仮装)していない
   *10  フィラデルフィア(ギ、単・女) brotherly love、(肉親の愛 →) 兄弟愛
   *12  神の栄光の現れにあずかる希望 (5:2)、  テー プロシューケー(単・女) プロスカルテロウンテス(現在、複・男) the prayer continue all the time、絶えず祈り続けなさい (= コロ4:2、 ≒ Tテサ5:17 止めることなく祈りなさい)
   *14  マタ5:44、45  § 教会外の人々に対しても愛しなさい (祝福しなさい、とパウロは重ねて言っている)
   *15  (再びキリスト者の共同体に戻り、)カイレイン(不定法、現在) <カイロー rejoice、 クライエイン(不定法、現在) <クライオー mourn、weep、lament、 この不定法は、命令形よりも強調している
   *19  箴言20:22、   申命32:35
   *20  箴言25:21、22、(マタ5:44)  頭に炭火: ただ苦しめるだけでなく、救いに導くために、たましいの痛みを与えること
   *21  アガソース(ギ、形容詞) good nature; useful、salutary; good、excellent、良い性質の、有益な、善の、優れた



  第13章


 1 すべての息のあるものは、上に立つ権威に従うべきです。なぜなら、神によらない権威はなく、存在している権威は、ことごとく神によって立てられたものだからです。
 2 それゆえ、権威に対抗する者は、神の定めにそむく者です。そむく者は、自分の身にさばきを招くことになります。
 3 支配者たちを恐ろしいと思うのは、善を行なう者ではなく、悪を行なう者です。あなたは権威を恐れないことを願うのですか。そうならば、善を行ないなさい。そうすれば、彼からほめられます。
 4 彼は、あなたに益を与えるための神の奉仕者なのです。 しかし、もしあなたが悪を行なっているなら、恐れなければなりません。彼らは無意味に剣を帯びているのではないからです。彼は神の奉仕者であって、悪を行なっている者に対しては怒りをもって報いるからです。
 5 だから、ただ怒りをのがれるためだけではなく、良心のためにも従うべきです。

 6 あなたがたが貢(みつぎ)*を納めるのも、また同じ理由からです。彼らは神の役人として、いつも継続してこの務めをしているのです。
 7 あなたがたは、彼らすべてに対して、義務を果たしなさい。すなわち、貢(みつぎ)を納めるべき人には貢を納め、税を納めるべき人には税を納め、恐れるべき人は恐れ、敬うべき人は敬いなさい。

 8 互いに愛し合うことのほかは、誰にも借りがあってはいけません。 他の人を愛する人は、律法を完全に守っています。
 9 「姦淫するな。殺人を犯すな。盗むな。偽証するな隣人のものを欲しがるな。」など、その他、どんな戒めがあっても、それらは、「自分を愛するようにあなたの隣人(となりびと)を愛せよ。」というこの言葉に要約されます。
10 愛は隣人に害を与えません。それゆえ、愛は律法を全うします。
11 あなたがたは今がどのような時であるかを知っているので、このようにしなさい。 あなたがたが眠りから覚めるべき時がすでに来ています。それは、今は、救いが、私たちが信じた時よりも近づいたからです。
12 夜は過ぎ去り、昼が近づいています。それゆえ、私たちは、やみのわざを捨てて、光の武具を着けようではありませんか。
13 そして、遊興と泥酔、淫乱と好色、争いとねたみを捨てて、昼間に歩くように、正しい生活をしようではありませんか。
14 主イエス・キリストを着なさい。肉の欲望のために心を準備してははいけません。


   *  【社会の中のキリスト者のあり方】
   *1  プシュケー(ギ) (直訳) たましい、息のあるもの、ここでは「人」のこと、  § キリスト者は、国家からもあらゆる世の権力からも支配されない、中立的な存在。 しかし、善をもって悪に打ち勝つ積極的な愛(12:21)のゆえに、権威に従う。 すべての権威の背後には、父なる神の摂理が必ずあって、有益に働くことができる。 主に対して、従順が完全になる時、あらゆる不従順を罰する用意ができている (Uコリ10:6)
   *4  ディアコノス(ギ) 
servant of a king、deacon、王のしもべ; 執事
   *5  § キリスト者の従順は、盲目的ではなく、良心の基準による従順、 (もちろん、人に従うよりも神に従う という状況もあり得る(使徒5:29))

   *6  貢(みつぎ): ローマ帝国への直接税 (マコ12:14−17)
   *7  § すべてについて善を行なうこと、  税: 国を維持するための税、 恐れるべき人: 国家の権威、  敬うべき人: 指導者ら
   *8  § 愛し合うことは、無限の借りがあることと同じで、人間関係を悪くしない
   *9  出エジ20:13− の第6〜第10戒(人に対する戒め、第5戒・父母を敬えは書いていない)、  エピシュメーオ(ギ) have a desire for、long for、lust after、欲しがる、情欲を持つ、  レビ19:18、マタ22:39
   *11  ソテリア(ギ、単・女) deliverance; salvation、解放、救い; (クリスチャンが持っている今の)霊の救い、(将来の)贖いの日の救い
   *12  ホプラ(ギ、複・中) weapons、tool、instrument、武器、工具、  エペ6:11−、Uコリ6:7
   *13  (直訳) 床、ベッド、 (直訳) 鞍を外されて自由奔放になった、放蕩、  ユースケモノス(ギ) 
seemly、decently、まともに・見苦しくなく、礼儀正しく
   *14  6:1−11、ガラ3:27、コロ3:10; ヨブ29:14、創世3:21(犠牲を伴う皮の衣)、  プローノイア(ギ) forethought; make provision for、先見の明; 準備、提供すること、  心を は補足



  第14章


 1 あなたがたは、信仰の弱い人を受け入れなさい。その考え方をさばいてはいけません。
 2 ある人は、何を食べてもさしつかえないと信じていますが、弱い人は野菜だけを食べます。
 3 食べる人は食べない人を軽蔑してはいけません。また、食べない人も食べる人をさばいてはいけません。 神が、彼をご自分のものとして受け取られたからです。
 4 他人の家の使用人をさばくあなたは、一体何者ですか。彼が立つのも倒れるのも、その主人によるのです。そして、彼は立つようになります。主は、彼を、堅く立たせることがおできになるからです。
 5 また、ある人は、ある日を他の日よりも大事であると考え、他の人はどの日も同じだと考えます。 これについては、各自がそれぞれ、心の中で確信を持っていれば良いのです。
 6 その日を守る人は、主のために守っています。日を守らない人は、主のために守らないのです。また食べる人も主のために食べます。それは、神に感謝して食べるからです。食べない人も主のために食べません。そして、神に感謝します。
 7 すなわち、私たちのうちの誰一人も、自分のために生きる人はなく、また誰一人、自分のために死ぬ人はいません。
 8 私たちは、生きるのも主のために生き、死ぬのも主のために死ぬのです。だから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。
 9 なぜなら、キリストは、死んだ人たちにも、生きている人たちにも、主でおられるために、死なれ、よみがえられ、そして再び生きられたからです。
10 それなのに、なぜあなたは兄弟をさばくのですか。なぜあなたは兄弟を軽蔑するのですか。 私たちは皆、神のさばきの座の前に立つようになるのです。
11 すなわち、「主は言われる。わたしは生きている。すべてのひざは、わたしに対してひざまずき、すべての舌は、神に告白する。」と書いてあります。
12 そのようなわけで、私たち一人一人は、神に対して、自分についての申し開きをすることになるのです。

13 それゆえ、私たちは、今後は互いにさばき合うことをやめましょう。また、それ以上に、あなたがたは、つまずきの石や、わなとなるものを、兄弟の前に置かないように決心しなさい。
14 私が主イエスにあって、知って、また確信しているのは、それ自体で汚れているものは一つもなく、ただ、それが汚れていると考える人にだけ汚れている、ということです。
15 しかし、もし食物のゆえに兄弟を嘆き悲しませるなら、あなたは、もはや愛によって歩んでいるのではありません。あなたは食物程度のことで、キリストが身代わりに死なれたほどの、その兄弟を滅ぼさないでください。
16 あなたがたにとって、良いはずの事が、非難されることのないようにしなさい。
17 神の御国は、食物や飲み物ではなく、義と、平和と、聖霊の中にいる喜びです。
18 これらのことにあって、キリストに仕える者は、神に喜ばれ、また、人々にも承認されるのです。
19 このようなわけで、平和のことと、互いを啓発して建て上げることを、追い求めようではありませんか。
20 食物のことで、神のみわざを破壊してはいけません。すべての物はきよいのです。ただ、それを食べて人をつまずかせる場合には、悪なのです。
21 肉を食べず、ぶどう酒を飲まないことによって、兄弟をつまずかせずわなにかけず弱らせないことは、良いことです。
22 あなたの持っている信仰を、神の御前に、自分の中で持ちなさい。 自分が良いと承認していることによって、自身がさばかれない人は幸いです
23 しかし、疑いながら食べる者は、信仰によらないので、罪に定められます。 信仰から出ていないことは、すべて罪です。


   *  【霊的一致の勧め、特にユダヤ人信者への対応】
   *1  § 信仰の弱い人(単数) = 律法的考え方にとらわれている人 のこと (異邦人も、ユダヤ人も。 初代教会には、ユダヤ主義な考え方が根強く残っていた: ガラ4:9−11、コロ2:16−22)
   *2  § 食物規定と、その廃止、折衝点(マコ7:19、2:16、使徒15:20、Tコリ8:4−6、ガラテヤ2:11−14)、 肉は(当時の慣習で、)偶像にささげられたものも混ぜて売られていたので、すべての肉を食べない の意
   *3  プロスラムバノー(ギ) take as one's companion、receive into one's home、take to one's self、自分のものとして受け取る、  § これが、さばいてはいけない理由: 神ご自身が、どちらも愛しておられるゆえに、(根本の救いの教理ではなく、)枝葉の部分で多少の相違があっても、まず、教会の「霊的一致」が求められるから。 そして信仰の強いほうが、弱いほうに気配りして、合わせるべきである。 ( (注) 救いの教理が違うならば異端であり、この限りではない)
   *5  § 安息日の規定、各種祭日(過越し祭、贖いの日、新年祭など)
   *10  (千年王国の終わった後の)最終末の「白い御座」(黙20:11−15)ではなく、主の再臨の直後のこと(2:16、Uコリ5:10)。 さばきの座の前に立たたされても、完全に弁護してくださる方、主イエスがおられる
   *11  イザ45:23、  告白する → (ただにだけ正義と力がある、と) 誓う
   *12  ロゴン(単・男) ドーセイ(ギ、3・単) 言葉を与える、申し開きをする(マタ12:36、使徒19:40、ヘブ13:17、Tペテ4:5)
   *13  (直訳) さばかないで、・・・さばけ
   *14  コイノス(ギ、形容詞) 普通の、神のために聖別されていない; 汚れた  →  § それが汚れていると認める人には 汚れている の意 (マコ7:14−19、Tコリ8:4−6)
   *15  § そのことがよく分かっていても無視できないのは、愛のゆえである。 そのために信仰的自由を、ある程度制限する覚悟が必要
   *17、18  § 文脈から、教会において、(日常の飲食ではなく、) 「義」とは、神だけではなく、他の人との関係も正され、神だけではなく人々との「平和」も保ち、そして互いの間に働かれる聖霊のみわざを「喜ぶ」こと
   *18、22  ドーキモス(ギ) (テストして)受け入れられる、承認される

   *21、23  § つまずかせる = その人が「罪」ではないかと疑いながら、まねてそれをする時、滅びに行く の意。 ( ex) アル中の人は酒のにおいだけでもつまずく。 一方、胃や健康のために、(他人に見せず)個人的に、少量飲む場合もある(Tテモ5:23))
   *22  マカーリオス(ギ) blessedhappy、幸い (マタ5:3、黙示1:3 等)



  第15章


 1 私たち強い者は、強くない者たちの弱さの重荷を負うべきであって、自分だけを喜ばせることをしてはいけません。
 2 私たち一人一人は、隣人の益となるようにして、彼らを喜ばせ、建て上げるべきです。
 3 キリストも、ご自身を喜ばせることはなさらなかったからです。むしろ、「あなたをそしる人々のそしりが、わたしの上降りかかった。」と書いてある通りです。
 4 昔に書かれたすべてのことは、私たちを教えるために書かれたのです。それは聖書の与える忍耐と慰めとによって、希望を持たせるためです。
 5 どうか、忍耐と慰めとの神が、キリスト・イエスにならって、あなたがたに互いに同じ考え方を与えてくださいますように。
 6 それは、一つ心で、一つの口によって、私たちの主イエス・キリストの父なる神をほめたたえるためです。

 7 このようなわけで、キリストが私たちを、神の栄光の中に受け入れて下さったように、あなたがたも互いに受け入れ合いなさい。
 8 私は言います。キリストは神の真理を明らかにするために、割礼の奉仕者となられました。それは父祖たちの受けた約束を保証するためであり、
 9 また、異邦人もあわれみを受けて、神をあがめるようになるためです。「それゆえ、私は、異邦人の中で、あなたに賛美をささげ、また、御名をほめ歌おう。」と書いてある通りです。
10 また、こう言っています。「異邦人よ。主の民と共に喜べ。」
11 また、「すべての異邦人よ、主をほめよ。もろもろの国民よ、主をたたえよ。」
12 またイザヤは言っています。「エッサイの根が起こり、異邦人を治めるために立ち上がる者が来る。異邦人は彼に希望をおく。」
13 どうか、この希望の神が、あなたがたに、信仰から来るあらゆる喜びと平安とを満たし、聖霊の力によって、希望豊かにあふれるように下さいますように。



14 さて、私の兄弟たち。あなたがた自身が善意にあふれ、あらゆる知識に満たされ、そして互いに訓戒し合うことができることを、私は確信しています。
15 しかし、兄弟たち。私は、あなたがたがもう一度思い起こしてくれるように、所々、かなり大胆に書きました。それは、神から私に与えられた大いなる恵みによって書いたのです。
16 このように恵みを受けたのは、私が異邦人のためにキリスト・イエスの公使となり、神の福音のために祭司の勤めを果たしています。それは、異邦人を、聖霊によってきよめられた、神に受け入れられる供え物とするためです。
17 それゆえ、私は神に対する事がらについて、キリスト・イエスにあって誇りに思うのです。
18 私は、キリストが、異邦人の従順のために、私を用いて成し遂げられなかったことは、あえて何も語ろうとは思いません。それは、言葉と行ない、
19 しるしと不思議との力、聖霊の力によって、成し遂げてくださったことです。その結果、私は、エルサレムから始め、回り巡ってイルリコに至るまで、キリストの福音を十分に宣べ伝えてきました。
20 その際、私が切に望んだのは、他人の土台の上に建てることをしないで、キリストの御名がまだ語られていない所に福音を宣べ伝えることでした。
21 すなわち、「彼のことを宣べ伝えられていなかった人々が見るようになり、聞いていなかった人々が悟るようになる。」と書いてある通りです。

22 そのようなわけで、私はあなたがたの所に行くことを、何度も妨げられてきましたが、
23 今となっては、これらの地方にはもはや働くべき所がなくなりました。 そして、イスパニヤに赴く場合、あなたがたの所に立ち寄ることを長年望んでいましたので、
24 その途中あなたがたに会い、まず、しばらくの間あなたがたと共にいて心が満たされてから、あなたがたに送られてそこへ行きたいと望んでいるからです。

25 しかし今は、聖徒たちに奉仕するために、私はエルサレムに行くところです。
26 なぜなら、マケドニヤとアカヤとの人々は、エルサレムにいる聖徒たちの中の貧しい人々に、進んで愛の献金することにしたからです。
27 確かに、彼らは進んでしました。しかし同時に、彼らはその人々の債務者なのです。もし、異邦人が彼らから霊的なものにあずかったとすれば、物質的なものをもって彼らに奉仕すべきだからです。
28 そこで私は、このことを済ませて、彼らにこの実を確実に渡した後で、あなたがたの所を通って、イスパニヤに行こうと思います。
29 そしてあなたがたの所に行く時には、キリストの満ちあふれる祝福をもって行くことと信じています。
30 兄弟たち。私たちの主イエス・キリストにより、また、御霊の愛によって、あなたがたにお願いします。どうか、共に力を尽くして、私のために神に祈ってください。
31 すなわち、ユダヤにいる不信仰の人々から私が救われ、そしてエルサレムに対する私の奉仕が聖徒たちに受け入れられるものとなるように、
32 また、神のみこころにより、喜びをもってあなたがたの所に行き、共に元気づけ合うことができるように、祈ってください。
33 どうか、平和の神が、あなたがたすべてと共におられますように、アーメン。


   *  【キリストによる一致(:1−13)、 結びの言葉(:14−16:27)】
   *1  信仰・教会内の立場・肉体的にも、社会的にも、強い、弱い、ことへの一般化:  聖書にある、弱者への配慮を思い起こさせる  ・・・  (ex) 出エジ16:18 「マナを多く集めた者も ・・・」、 Tサム30:23、24 「とどまっていた者たちにも、共に同じく分け ・・・」、 マタ20:1−16 「夕方雇った者にも同じ報酬」、 Tコリ12:22 「比較的弱い器官が重要」、 Tコリ14:4 「預言は教会の徳を高める」
   *3  詩篇69:9 (69章 メシヤ詩篇)

   *4  (直訳) 前に書かれたすべてのこと: 旧約聖書全体のこと
   *5  忍耐と慰めを与えて下さる神 の意
   *7  § 前章からの続きで、ユダヤ人と異邦人の一致について、   プロスラムバノー(ギ) take into friendship and intercourse、快く交わりの中に入れる
   *9  詩篇18:49
   *10  申命32:43
   *11  詩篇117:1

   *12  イザ11:10
   *13  希望を与えて下さる神 の意: 希望 =良いことの予期 ・・・ 予告・予知の預言に近いニュアンス、 (単なる人間的な希望ではなく、)聖霊によって保障された予知に基づく希望
   *14  グノーシス(ギ) knowledge、知識、正しい知恵・洞察
   *15  エパナミムネスコ(ギ) recall to mind again、再び思い起こす: 14章〜15章13節までを、   (福音、問題の指摘について) 大胆に語る賜物 (パウロ本人は謙遜で礼儀正しい人だった)
   *17  § 使徒としての奉仕を誇りに思う の意
   *21  イザ52:15
   *23  19節の巡った地域のこと、  スパニーア(ギ) Spain、スペイン、イスパニヤ ・・・ 当時の地の果てと考えられていた
   *25、26、31  トイス ハギオス(ギ) 聖徒たち  パウロはこの言葉をエルサレム教会の信徒について言っている(15:31、Tコリ16:1、Uコリ8:4、9:12)
   *26  コイノーニア ティス (直訳) いくらかの交わり → 愛の献金、愛の募金  § エルサレムやユダヤの教会への迫害と飢饉のため、異邦人教会から献金 使徒24:17、(Tコリ16:1−4、Uコリ8:10、ガラ2:10)

   *28  スフラギゾー(ギ) (直訳) 確認の印を押す (Uコリ1:22、エペ1:13、 聖霊 = 証印)
   *31  (パウロには、献金がエルサレム教会に受け入れられるか不安があった)
   *33  平和を与えて下さる神 の意、  キリストによる霊的一致と、愛の交わりによる 「平和」  ⇔ ローマの平和(パックス・ロマーナ(ラ)、政治・軍事的平和)



  第16章


 1 ケンクレヤにある教会の執事、私たちの姉妹フィベを、あなたがたに紹介します
 2 どうか、聖徒にふさわしい方法で、主にあって彼女を歓迎し、そして彼女があなたがたにしてもらいたいことがあれば、何でも助けてあげて下さい。彼女は多くの人々を援助をし、また私自身をも援助してくれた人だからです。

 3 キリスト・イエスにある私の同労者プリスキラとアクラとに、よろしく言ってください
 4 彼らは、自分の首を差し出して、私のいのちを救おうとしてくれたのです。 彼らに対しては、私だけではなく、異邦人のすべての教会も感謝しています。
 5 また、彼らの家の教会にも、よろしく言ってください。 私の愛するエパネトに、よろしく伝えてください。彼は、キリストにささげられたアジヤの初穂です。
 6 私たちのために非常に労苦したマリヤに、よろしく言ってください。
 7 私の同国人であって、私と一緒に投獄されたことのあるアンデロニコとユニアスとに、よろしく。彼らは使徒たちの間で評判が良く、また、私よりも先にキリストを信じた人々です。
 8 主にあって愛するアムプリアトに、よろしく。
 9 キリストにある私たちの同労者ウルバノと、愛するスタキスとに、よろしく。
10 キリストにあって受け入れられたアペレに、よろしく。 アリストブロの家の人たちに、よろしく。
11 同国人のヘロデオンに、よろしく。ナルキソの家の、主にある人たちに、よろしく。
12 主にあって労苦しているツルパナとツルポサとに、よろしく。主にあって非常に労苦した愛するペルシスに、よろしく。
13 主にあって選ばれたルポスと、彼の母とに、よろしく。彼の母は、私の母でもあります
14 アスンクリト、フレゴン、ヘルメス、パトロバ、ヘルマスおよび彼らと一緒にいる兄弟たちに、よろしく。
15 フィロロゴとユリヤとに、またネレオとその姉妹とに、オルンパに、また彼らと一緒にいるすべての聖徒たちに、よろしく言ってください。
16 あなたがたは聖なる口づけをもって、互にあいさつをかわしなさい。キリストのすべての教会から、あなたがたによろしくと言っています。

17 さて兄弟たち。あなたがたに勧告します。あなたがたが学んだ教えにそむいて分裂を引き起し、つまずきを与える人々をよく見抜いて注意し、また彼らから遠ざかりなさい。
18 なぜなら、こうした人々は、私たちの主であるキリストの奴隷ではなく、自分の腹の奴隷となり、そしてまことしやか巧みな言葉によって、純朴な人々の心を欺く者たちだからです。
19 あなたがたの従順のことは、すべての人々に知れ渡っているので、私はあなたがたのことを喜んでいます。しかし、私の願うところは、あなたがたが善にはさとく、悪にはうとくあることです。
20 平和の神は、すみやかに、サタンをあなたがたの足の下に踏み砕いてくださいます。どうか、私たちの主イエスの大いなる恵みが、あなたがたと共にありますように。アーメン

21 私の同労者テモテ、および同国人のルキオ、ヤソン、ソシパテロから、あなたがたによろしくと言っています。
22 (この手紙を筆記した私テルテオも、主にあってあなたがたにあいさつの言葉をおくります。)
23 私と全教会との家主ガイオから、また、コリント市の財務担当のエラストと、兄弟クワルトから、あなたがたよろしくと言っています。
24 私たちの主イエス・キリストの大いなる恵みが、あなたがたのすべてと共にありますようにアーメン


25 私の伝える福音、イエス・キリストについての宣教に従って、あなたがたを建て上げることのできる方に、 ・・・ 世々に渡って隠されてきた奥義の啓示によって、
26 すなわち、預言者たちの書を通して今や明らかにされたのみならず、永遠の神の命令に従って信仰の従順に導くように、すべての国民が知るようにされた、その奥義の啓示によって、 ・・・
27 その方、すなわち、唯一の、知恵であられる神に、イエス・キリストを通して、栄光がとこしえまでもありますように。アーメン。

   (コリントからローマの人々への書信。 ケンクレヤ教会の執事、フィベより)


   *  【紹介、終わりのあいさつ、頌栄】
   *1  ケンクレヤ: コリント東方の港町(使徒18:18)、  ディアコノス(ギ、男女) 執事、(Tテモ3:8、11)  cf. 12:7 ディアコニア(ギ、単・女) service、ministering、牧師  § パウロが行く代わりに、多くの人々に経済的援助をし、社会的にも有力な、女執事のフィベに、この手紙を持たせてローマへ行かせることにした
   *3  使徒18:2、  § 妻プリスカ(使徒18:2でも、ルカによる愛称はプリスキラ)の方が先に書かれている。 彼らはユダヤ人であり、皇帝クラウディオの死と共にローマに再び戻っていた。 この後、パウロがテモテに手紙を出した頃はエペソにいた。(Uテモ4:19)   アスパサスセー(ギ、命令、2・複) <アスパーゾマイ salute one、greet、bid welcome、よろしく
   *4  使徒19:28−の、エペソでの出来事といわれる
   *5  § 3世紀になるまでは、自分の家を解放した「家の教会」が普通だった、   エパネト: アジヤで最初に救われた人 cf. アカヤの初穂はステパナたち(Tコリ16:15)
   *7  § ”使徒として名声があった”(新共同訳)は間違い、 彼らはヘレニストのユダヤ人であるが、「使徒」ではない (バルナバは使徒)
   *8、9  アムプリアト、ウルバノはローマに多い名前、 スタキスはギリシャ人らしい名前
   *10  アペレはローマに多い名前、  アリストブロは、ヘロデ大王の祖孫アリストブロ(すでに死亡)の関係者
   *11  ヘロデオンはアリストブロの家の奴隷かつヘレニストのユダヤ人、 ナルキソの家は解放された奴隷であり、かなり評判の悪かった人
   *12  ツルパナとツルポサ 双子の姉妹といわれる
   *13  ルポス(マコ15:21?、リュフォス”赤い”の意、クレネ人の父の子)、  彼の母は、私の(特別な尊敬と親愛の)母でもある の意、  § マルコの福音書はローマ人向けに書かれた。 ローマの信徒たちは、純朴で従順な人々が多かった(:18、19)
   *14  ヘルマスはローマの奴隷の名、 彼らは皆、解放奴隷らしい
   *15  フィロロゴは解放奴隷、ユリヤはその妻といわれる、 ネオレ、その姉妹、オルンパは女性
   *18  コイロス(ギ) womb、belly、ここでは 欲望のこと (ピリ3:19)、  アカコス without guile or fraud、罪のない、欺かない
   *21  テモテ: 一番先に共にあいさつする愛弟子、 パウロの共同執筆者でもある(Uコリ1:1、コロ1:1、Tテサ1:1、Uテサ1:1)、 同労者とは協力伝道者のこと、  ヤソン 使徒17:5−9、 ソシパテロ 使徒20:4
   *22  テルテオ(ここだけ、ローマ名・解放奴隷の一人らしい)が口述筆記した、 § ガラ6:11「自分で、大きな字で」、Uコリ12:7「肉体のとげ」 より、パウロはすでに目が悪かった可能性がよく言われている  →  そのため、引用聖句が70人訳になった?
   *23  パウロたちがガイオの家に泊まり、同時に彼の家がコリント教会になっていた の意、 ガイオにはパウロ自身がバプテスマを授けた(Tコリ1:14)、  コリント は補足
   *27  ソフォス(ギ) wise、知恵  § 知恵: ここでは特に、人の知恵をはるかに超えた、神による救いの計画のこと






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