ヤコブの手紙*
第1章
1 神と主イエス・キリストとのしもべ*ヤコブから、離散している十二部族の人々*へ、あいさつを送ります。
2 私の兄弟たちよ。あなたがたが、いろいろな試錬*に遭ったならば、それをむしろこの上ない喜びと思いなさい。
3 あなたがたがよく知っているとおり、信仰が試されることによって、堅く立つ力*が生み出されるからです。
4 その堅く留まること*を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは何一つ欠けたところのない、十分成長した、完成した人になります。
5 あなたがたのうち、知恵に不足している者がいるならば*、その人は、誰にでも惜しみなく、叱ることなく与えてくださる神に、願い求めなさい*。そうすれば与えられます。
6 ただ、疑わないで、信仰をもって願い求めなさい*。疑う人は、風の吹くままに揺れ動く海の波のようです。
7 そういう人は、主から何かをいただけると思ってはいけません
8 その人は、二心*の者であって、そのすべての歩む道が不安定なものとなっています。
9 低い身分の兄弟は、自分の高い身分を誇りに思いなさい。
10 一方、富んでいる兄弟は、自分が低くされたことを*誇りに思いなさい。 富んでいる者は、草の花のように過ぎ去っていくからです。
11* 太陽が熱風*を伴って上ると、草を枯らしてしまいます。その花は落ち、その美しい姿は失われます。それと同じように、富んでいる人たちも、その働きの最中に火が消えるように消え去ります*。
12 試錬に踏みとどまる*人は、幸いです*。神を愛する者たちに約束された、いのちの冠*を受けるからです。
13 誰でも誘惑*に会う場合、神によって誘惑された、と言ってはいけません。神は、悪に誘惑されるような方ではなく、また自ら誰をも誘惑なされないからです。
14 人が誘惑に陥るのは、それぞれ自分の欲に引かれ、餌につられるためです。
15 欲がはらんで罪を生み、罪が熟して死を生み出します。
16 愛する兄弟たち。惑わされてはいけません。
17 あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、上から、光の父から下って来るのです。父には、移り変わりや、至点*の影の変化などというものはありません。
18 父は、みこころのままに、私たちを、いわば被造物の初穂*とするために、真理のみことばによって生み出して下さったのです。
19 それゆえ、愛する兄弟たち。* 誰でも、聞くに早く、語るに遅く、怒るに遅くありなさい。
20 人の怒りは、神の義を成し遂げるものではないからです。
21 だから、すべての汚れや、まだまだ残っている*悪を捨て去り*、心に植えつけられたみことばを、柔和な心で受け入れなさい*。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。
22* そして、みことばを実行する人になりなさい。自分を騙(だま)して*、ただ聞くだけの者であってはいけません。
23 みことばを聞くだけで行わない人は、ちょうど、自分の生れつきの顔を鏡に映して見る人のようです。
24 彼は自分をながめてそこから立ち去ると、すぐに、自分の姿がどのようであったかを忘れてしまいます。
25 ところが、完全な律法、すなわち自由の律法*を一心に見つめる*人は、聞いて忘れてしまう人ではなく、実際に行う人になります。こういう人は、その行ないによって祝福されます。
26 もし人が神を畏れる者*だと自任しながら、自分の舌に手綱(たづな)を付けないで*、自分の心を欺いているならば、その人の宗教*は中身の無いものです。
27 父なる神の御前にきよく、汚(よご)れていない宗教*とは、孤児や、困っているやもめの世話をし、この世から自身をしみのないように保つことです。
* 2世紀末になって「公同書簡」(公同: カソリケー(ギ)、カトリカ(ラ))という7つの手紙(ヤコブ、Tペテロ、Uペテロ、Tヨハネ、Uヨハネ、Vヨハネ、ユダ)が、13通のパウロの手紙でない別グループであるとしてこう呼ばれ、多くの教会で”公同的に”読まれた。
§ ヤコ2:24等で、行いによらない信仰義認(ロマ3:8、10:10等)を主張したルターはこの手紙を”わらの手紙”と酷評したが、ヤコブは「救い」の信仰の上に建てられた「行いを伴う信仰」について語ったのであり、天に宝を積む信仰の歩み。(パウロも、ロマ12:1、ガラ5:6等、同様の信仰について語っている) 新約時代は救いが先で(「狭き門」十字架から入る)旧約時代と順番が逆。ユダヤ人も異邦人も、十字架の贖いによって真に主の民とされる。 しかし、ヘブル書11章などにもある、旧約時代の器たちと同様の「信仰の歩み」は、”行ないによる義”を言っているのではなく、不信仰になることを防ぐこと(不信仰こそが「救い」を失わせる大敵)の意義がある。 1タラント(「救い」のみ)だけでは失う危険がある。ラオデキヤ教会のようになまぬるくなって主の口から吐き出されることもありうる。(黙3:16) このように、救いを防護し、主との良き交わりを強くして、主に聞き従い、主に喜ばれ、天に宝を積む歩みとなるように、クリスチャン一人一人に生涯の召しのチャレンジが神によって計画されている。 (もちろん物理的に行なうことができない場合(ルカ23:40−43など)や臨終の床で信じたなど、はそのままで十分。 多く与えられた者は多く求められるの原則。 救われただけで、主の呼びかけがあるにもかかわらず、主のために何の働きもしなかった人は”天国こじき”になる。それでも地獄より比べ物にならないほどまし・新約時代の恵み)
§ 3章では、「教師」(ヤコブもそうである)の資質について特に語っている
§ 5:1−の、金持ちが悲惨な運命に定められている預言は、この手紙がAD60年代前半に書かれたとすると、66年のローマへの反乱後の数年間に成就したと考えられる
§ 著者ヤコブは、主の復活後に信じた「主の兄弟ヤコブ(イエスの弟)」といわれる。(長老ヤコブはエルサレム教会の12使徒たちをも束ねる長老の代表(使徒15:13−、五役者としては(少なくとも)「教師」(ヤコ3:1))なので、小ヤコブ(アルパヨの子)は考えにくい。(使徒たちのほとんどは外に出ていた) またゼベダイの子の使徒ヤコブは、AD44年頃ヘロデ・アグリッパ一世によって剣で殉教なので、AD60年頃書かれたので年代が合わない) ヤコブの死はヨセフォスによるとAD62年頃、総督フェストが死んでから大祭司アンナスに捕らえられ律法を破ったかどで石打ちで殉教
*1 ドゥーロス(ギ) 奴隷、しもべ、 § 初めから外国に住んでいるヘレニストの信者全体(ヨハ7:35、使徒2:5)と、ステパノの殉教(使徒11:19)以降に散らされたキリスト者全体宛てに書いている(ユダヤ人+異邦人)
*2 = ロマ5:3、4、 ペイラスモス(ギ) experiment、trial、proving; temptation、試練; 誘惑(1:13)
*3、4 ヒュポモネー(ギ) steadfastness、constancy; patient、steadfast waiting for、不動、堅く立って待ち望むこと § (じっと我慢する消極的なものではなく、)与えられた神のことばに堅く立って、揺るがしに対して動かされず、信仰の行ないを続けること (神のことばが信仰の土台)
*5 § 知恵: (ここでは特に、)信仰の「試練」の意味と目的を十分理解するためには、深い洞察力(=神からの「知恵」)が必要、 § 叱責するのは求めない不信仰による。(マコ16:14) 神は不思議な方で、しつこく求めることを喜ばれる (コロ4:2、創18:23−33等)
*6 § 幼子のように単純に信じる者が御国の勝利を得る (マコ11:22)
*8 ディプシューコス(ギ) double minded、(神と自分の)両方にたましいの拠り所を置く (語られた神のことばに100%しっかり立っていないで、半分は自分の理性や世に立っていること)
*10 富んでいる人で救われた人は、もはやこの世の富や身分に惑わされず(マコ4:19)、真の富を見ることができるようになった の意
*11 パレスチナに南東から吹く熱風 (ルカ12:55)、 マライノーマイ(ギ) extinguish (flame、fire、light)、 イザ40:7、8 § 詳しくは5:1−にある、金持ちの没落の預言であり、66年のローマへの反乱後の数年間に成就した
*12 ヒュポメノー(ギ) remain、tarry behind; remain not recede or flee; endure、留まる(ルカ2:43)、(信仰の立場に)踏みとどまる(Tコリ13:7、マタ10:22)、耐える(ロマ12:12)、 § 踏みとどまるためには「愛」すなわち「主との親しい交わり」が必要、 マカリオス blessed、幸い (マタ5:3等)、 トン ステファノン テース(属格) ゾーエス(属格) the wreath of the life、いのちでできている冠 の意 黙示2:10 (朽ちない冠 Tコリ9:25)
*13 ペイラスモス(ギ) (外的)試練(1:2、1:12); (内的)誘惑 (同じ語)
*17 トゥロペー(ギ) 夏至・冬至の天体の至点: 太陽が最も高くなる時・低くなる時の、影の伸び縮み (ここだけ)
*18 アパルケー(ギ) firstfruits、初物、初穂 (Tコリ15:20(キリスト)、ロマ11:16、16:5(初めに救われた人)、黙14:4(14万4千人)、等)
*19 (あなたがたはそのことを知っているのです は削除)
*21 ペリセイア(ギ) あふれるほど多くのもの、余分なもの、残留物、 : キリスト者になる前の古い習慣や”残留物”がまだ多くあること、 捨て去り: = エペ4:22では「脱ぎ捨て」 (自己義認による義は「不潔な着物のよう」(イザ64:6)、「神が与える礼服」(ゼカ3:4))、 柔和は怒りの反対。 みことばの種が、良い土地に蒔かれること
*22 (直訳) 計算を間違えて(騙す)、 § どんなに素晴らしいみことばの説教でも、それを自分の事として捉えないとただ聞くだけで終わってしまう
*25 完全な律法、すなわち自由の律法 = 心に記された律法(エレ31:33)、 パラキュプトー(ギ) 一心に見つめる、かがんで覗き込む (ヨハ20:5、11)、 その時は分からなくても、あとで実践的に習得するようになる
*26、27 スレスコス(ギ) fearing or worshipping God、trembling、神を畏れ敬う、 舌に手綱を付ける 3:2−に詳述、 スレスキア 宗教、宗教的礼拝
第2章
1 私の兄弟たち。私たちは、栄光の私たちの主*の、すなわちイエス・キリストの信仰を持っているのだから、人をえこひいき*してはいけません。
2 たとえば、あなたがたの会堂に、金の指輪をはめ、りっぱな服装の人が入って来ると同時に、みすぼらしい服装の貧しい人が入ってきたとします。
3 その際、りっぱな服装の人を好意の目で見て*、「どうぞ、こちらの良い席*にお座り下さい。」と言い、貧しい人には、「あなたは、そこに立っていなさい。さもなければ、私の足乗せ台のところに座っていなさい。」と言ったとすれば、
4 あなたがたは、自分たちの間で二つに区別し*、邪悪な考え方で人をさばく者になったのではありませんか。
5 愛する兄弟たち。よく聞きなさい。神は、この世の貧しい人たちを選んで信仰にあって富む者*とされ、神を愛する者たちに約束された御国の相続者とされたのではありませんか。
6 それなのに、あなたがたは貧しい人を侮辱したのです。あなたがたをしいたげ、裁判所に引いて行くのは、富んだ者たちではありませんか。
7 あなたがたがその名で呼ばれている尊い御名*を汚すのも、実に彼らではありませんか。
8 もし、あなたがたが聖書に従って、「自分を愛するように、あなたの隣人を愛せよ。」*という最高の*律法を守るならば、それは良いことを行なっているのです。
9 しかし、もしえこひいきをするならば、あなたがたは罪を犯すことになり、律法によって違反者として責められます。
10 なぜなら、律法の大部分*を守ったとしても、その一つにつまずいたならば、律法全部*を犯すことになるからです。
11 たとえば、「姦通をするな。」と言われた方は、また、「殺すな。」とも言われました。そこで、不倫はしなくても人殺しをすれば、あなたは律法の違反者になってしまうのです。
12 だから、自由の律法*によってさばかる者らしく語り、また行ないなさい。
13 あわれみを行なわない者に対しては、あわれみの無いさばきとなります。あわれみは、さばきに対し勝ち誇って喜ぶからです。
14 私の兄弟たちよ。ある人が信仰を持っていると自分で言っていても、もし行ないを持っていなければ、何の価値があるでしょう。その信仰は彼を救うことができるでしょうか。
15 たとえば、ある兄弟または姉妹が裸でいて、その日の食物にもこと欠いている場合、
16 あなたがたのうち、誰かが、「平安のうちに行きなさい。暖まりなさい。飽きるほど食べなさい。」と言うだけで、その体に必要なものを与えなかったならば、彼らに何の益があるでしょう。
17 それと同じように、信仰*も、行ない*を伴わなければ、それだけでは死んだものです。
18 さらに、こう言う人もいるでしょう。「あなたは信仰*を持っていますが、私はいくつかの行ない*を持っています。それで、行ないの無いあなたの信仰なるものを見せてください。私は行ないによって信仰を見せてあげます。」
19 あなたは、神はただお一人であると信じています。それは大変良いことです。ただ、悪霊どもでさえ、信じて震えおののいています。*
20 ああ、何も持たない人*よ。行ないの無い信仰が死んだものであることを知りたいのですか。
21 私たちの父祖アブラハムは、その子イサクを祭壇に捧げた時*、行ないによって義と認められたではありませんか。
22 あなたがよく知っている通り、信仰は、彼の行ないと共に働き、その行ないによって全うされ、
23 こうして、「アブラハムは神を信じた。それが、彼は義とみなされた。」*という聖書の言葉が成就し、そして彼は、「神の友」*と呼ばれたのです。
24* これでわかるように、人が義とされるのは、行ないによるのであって、信仰だけによるのではありません。
25 同じように、あの遊女ラハブ*も、使者たちを客人として受け入れ、彼らを別な道から送り出した時、行ないによって義とされたではありませんか。
26 霊の無い肉体が死んだものであるように、行ないの無い信仰も死んだものだからです。
*1 栄光の私たちの主: 貧困のご生涯と十字架の死を経て、復活され天の御座に着かれるという栄光を持っておられる主と、同じ信仰をもっているはずの私たち の意、 プロソポレプシア(ギ) respect of persons、partiality、人々の尊敬、えこひいき
*3 エピブレポー(ギ) look upon、look up to、regard、目を留める、尊敬する、 会堂(シナゴーグ)の上席は、横になる席だった
*4 ディアクリノー(ギ) 分離する、区別する、さばく; 躊躇する、疑う(マタ21:21)
*5 プルーシウース(複・男) エン ピステイ(与格、単・女) rich ones in faith、信仰にあって富む者たち
*7 § 尊い神の御名によって、所属、土地、帰属、保護などを表した。 救われた異邦人にもこの名がつけられ主の民の所属を明らかにする (使徒15:17、アモ9:12)
*8 レビ19:18、マタ7:12、 バシリコス(ギ) kingly、belong to a king; principal、(直訳) 王の; 主要な (人に関する律法はこの一文にまとめられる)
*10 ホロス(ギ) whole、 パス each、all
*12 § 自由の律法: キリストの命令。 ただし贖われた喜びのゆえに、また愛による束縛のくびきのゆえに、何の重荷となることなく快適に守り行なうことができるもの(マタ11:28)、 真理は自由にする(ヨハ8:32)
*17、18 ピスティス(ギ、単・女) faith、信仰、 エルガ(複数・中) <エルゴン business、employment; product; act、deed、仕事、製品、わざ、行ない
*19 それは確かに大切なこと、しかしそれだけの信仰ならば、悪霊でさえ知っている の意
*20 ケノス(ギ) empty、vain、何も持たない、空虚な (マコ12:3、ガラ2:2等)
*21 創世22:9− (※ 順番からすると30年後であり逆である。しかし先に義とされ、それから信仰の試練が与えられた)
*23 創世15:6 ・・・ 「(空の無数の星を見せて、)あなたの子孫(単数、キリストの事)はこのようになる。」ことを信じて、 イザ41:8、U歴20:7 「神の友」: 神がしようとしたことをアブラハムに隠されなかったから(創18:17) + 主(ヤハウェ)が人の姿で来られ親しく語られた(創18:13等)
*24 § 口先だけの信仰ではなく、(神の御声に信じて従う、複数の)行ないによって義と認められること。「信じる」ということは、(動けない人など特別な事情がある人を除いて、)主のくびきを負うことの「行ない」が伴う。 旧約時代は先に主の語りかけが与えられ、この信仰の歩みを神は喜ばれた。信仰の歩みの過程で遠い将来のキリストの十字架を垣間見て、それを「信じて」義とされた。 (救われるのは、旧約、新約時代のどちらにしても、キリストの十字架の贖いにによる)
*25 ヨシュ2:4、6、15 (その過程にある十字架の予型: 「赤いひも」(ヨシュ2:18)、そしてダビデ、キリストの系統にしっかり入っている cf.ヤコブは「皮をはいだ枝を差し向いに置いた」(創30:38))
第3章
1* 私の兄弟たち。多くの人たちが教師になってはいけません。私たち教師*は他の人たちよりも、より大きなさばきを受けることをよく知っているからです。
2 私たちは皆、多くの点でつまずいて失敗する*ものです。もし、言葉の上で失敗しない人があれば、その人は体全体をも制御する*ことのできる完全な人です。
3 馬を御するために、その口にくつわをかけるなら、馬を従わせ、その全身を引き回すことができます。
4 また船を見なさい。船体が非常に大きく、また激しい風の中でも、ごく小さなかじ一つで操舵者の思い通りのところへ持って行かれます。
5 それと同じく、舌は小さな器官でありながら、大きなことを誇るのです。見なさい。ごく小さな火が、大きな森を燃やすでありませんか。
6 舌は火であり、不義の世界です。舌は、私たちの器官の一つとして構成されていますが、全身をしみで汚し、人生の車輪を燃やし、自らはゲヘナ*の火で焼かれます。
7 あらゆる種類の獣、鳥、爬虫類、海の生き物は、人類に制せられるし、すでに制せられてきました。
8 しかし、舌を制御できる人は誰もいません。それは、落ち着くことのない悪であって、死をもたらす毒に満ちています。
9 私たちは、この舌で父なる神をほめたたえ、また、その同じ舌で、神の形に似せて造られた人々をのろうのです。
10 祝福とのろいとが同じ口から出て来るのです。私の兄弟たち。このような事は、あってはならないことです。
11 泉が、甘い水と苦い水とを、同じ穴から湧き出させることがあるでしょうか。
12 私の兄弟たち。いちじくの木がオリーブの実を結び、ぶどうの木がいちじくの実を結ぶことができるでしょうか。このように、泉が塩水も甘い水も出すことはできません。
13 あなたがたの中で、知恵者*であり専門家*とは誰でしょうか。その人は、知恵にふさわしい柔和な行ないを、良い生き方によって示しなさい。
14* しかし、もしあなたがたの心の中に、苦いねたみや党派心*を持っているなら、喜び誇って*はいけません。また真理に逆らって偽ってはいけません。
15 そのような知恵は、上から下って来たものではなく、地に属するもの、肉に属するもの*、悪霊からのものです。
16* なぜなら、ねたみと党派心とのあるところには、秩序の乱れ*とあらゆる不道徳な*行ないがあるからです。
17 しかし上からの知恵は、第一に純粋*で、次に平和で*、理にかなっていて*、従いやすいもの*であり、あわれみと良い実とに満ち、えこひいきせず、見せかけではない*ものです。
18 義の実*は、平和を作る人たちによって、平和のうちに蒔かれます。
*1 § 当時からユダヤ人は教育熱心で多くの家庭で子供をラビに育てようとしていた、(マタ23:8) ヤコブは「教師」(ディダスカロス)、 § 教師だけでなくそれぞれの専門職(「使徒」、「預言者」などの五職や、各種の召しの人)がそれぞれの専門分野ででミスを犯すと厳しくさばかれる。 また、主の任命による(エペ4:11)のであり、人間的になろうとしてなれるものではない(臨時、代理はあり得る)
*2 プタイーオ(ギ) stumble、make a mistake、sin、つまずく、ミスを犯す、 カリナゴゲーオ 手綱を付ける(1:26)、馬具で御する
*6 ゲヘナ(ギ): ベン・ヒノム(ヘ、ヒノムの谷(エルサレム城壁の南側の谷のゴミ焼却場))のギリシャ語訳
*13−18 (・・・ 引き続き、「教師」の資質について言っている)
*13 ソフォス(ギ) 知恵、知恵のある者(=「教師」の別の呼び方)、 エピステーモン one having the knowledge of an expert、専門的知識を有する者、経験者
*14 エリセイア(ギ) (直訳) 選挙運動、運動員; 党派心; わがまま、えこひいき、 カタカウカオマイ glory against、exult over、boast against、(に対して)誇る、喜ぶ、勝ち誇る (2:13)、 § 「教師」が陥りやすい罪は、(真理に対してそれだけ鋭く分かるゆえに、)意見を異にする、あるいは競争相手になる人に対して、ねたみや党派心の悪しき感情を持つこと。 それゆえ真理に逆らうようなことまでも主張しかねない (※ プロテスタントは多くに分派している。 2001年の時点で世界に3万3千のプロテスタントの教派があり、年々増えているという)
*15 プシュキコス(ギ) belonging to breath、(直訳) 息に属するもの、肉のいのちのもの
*16 § 特に「教師」に対して、ねたみと党派心が警告されている、 アカタスタシア(ギ) 不安定、無秩序、混乱、騒動(Tコリ14:33、Uコリ12:20)、 ファウロス(ギ) 軽い、取るに足りない; (倫理的に)悪い、不道徳な、(道徳的に)邪悪な
*17 ハグノス(ギ、形容詞) reverence; pure、clean、崇敬する; 純粋な、きよい、 平和: 神との平和による、人との平和、 エピエイケス suitable; equitable、fair、適切な; 公平な、 ユーペイセース easily obeying、compliant、従いやすい、素直な、 アニュポクリトス 見せかけでない: (直訳) 変装していない(ロマ12:9)、偽りのない(Tテモ1:5)
*18 § (義の は属格より、義の起源をあらわし、)義によってできた実、義が結果するところ の意、(=1:12、黙2:10 いのちの(属格)冠は、いのちでできた冠 の意) 平和を作るのは神の子(マタ5:9)、神は平和の神、 ”にせ教師”、”にせ預言者”は(平和、柔和さなどの品性の)実によって見分ける(マタ7:20)
第4章
1 あなたがたの中の戦いや争いは、何が原因で起るのでしょうか。それは、あなたがたの体の中に、戦おうとする欲望*があるからではありませんか。
2 あなたがたは欲しがって得られないと、人殺しをするのです。うらやんで手に入れることができないと、争い、戦うのです。あなたがたが得られないのは、求めないからです。*
3 求めても与えられないのは、快楽のために使おうとして、不適切な動機で求めるからです。
4 姦夫たち、また姦婦たちよ。世を友とするのは、神への敵対であることに気づかないのですか。世の友となろうと熱望する人は、神の敵として自らを置くのです。
5* それとも、「私たちの内に住まわれる御霊が、ねたむほどに慕っておられる。」*と聖書に書いてあるのは、むなしい聖句だと思いますか。
6 しかし神は、さらに豊かな大いなる恵み*を与えてくださいます。 「神は高ぶる者をしりぞけ、へりくだる者に恵みを授ける。」*とあるからです。
7* それゆえ、神に従いなさい*。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。
8 神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいて下さいます。罪ある人たち。手をきよめなさい。二心の人たち。心を純粋にしなさい。
9 苦しみなさい。悲しみなさい。泣きなさい。あなたがたの笑いを悲しみに、喜びを憂い*に変えなさい。*
10* 主の御前にへりくだりなさい。そうすれば、主は、あなたがたを高くして下さいます。
11 兄弟たち。互に悪口を言い合ってはいけません。自分の兄弟の悪口を言ったり、自分の兄弟をさばいたりする者は、律法の悪口を言い、律法をさばいているのです。* もしあなたが律法をさばくなら、律法を行なう者ではなく、その審判者となるのです。
12 しかし、律法を定められる方はただ一人であり*、救うことも滅ぼすこともできるのです。では、他の人をさばくあなたは一体何者ですか。
13 よく聞きなさい。「今日か、明日、これこれの町へ行き、そこに一年間滞在し、商売をして、一もうけしよう。」と言う人たち。
14 あなたがたは、あなたがたのいのちが明日どうなっているのかも知らないのです。あなたがたは、しばらくの間現われて、それからすぐに消えていく霧にすぎないからです。
15* 代わりに、あなたがたはこう言うべきです。「主のみこころならば*、私は生きていて、この事やあの事をしよう。」
16 ところが、あなたがたはむなしい確証*によって誇り高ぶっています。このような高慢は、すべて悪です。
17* それゆえ、人がなすべき正しいことを知った*うえで、それを行なわなければ、それはその人にとって罪です。
*1 ヘドーン desires for pleasure、享楽の願望 (快楽 ルカ8:14、 肉の欲 Tペテ2:11) § 平和と逆の”戦う欲望”は、自分が神になって良し悪しを規定する「原罪」そのもの
*2 他人のものを欲しがってはならない(出20:17) → 神に願い求めること
*5 ト プニューマ(主格、単・中) ホ カトーケーセン(アオ過去、能動態、3・単) エン ヘーミン(与格、1・複) the Spirit that dwells in us、私たちの内に住まわれる御霊が(主格)、 ((プニューマの対格も同じ語で、しかも”神は”を補って、) 神が、・・・御霊をねたむほどに (×)、 聖霊によって喜ばれる対象になったので、これはあり得ない)、 § 旧約聖書からの直接の引用はないが、聖霊は神の第3位格であり、主は「ねたむ神」 (出34:14、20:5、申32:16、ゼカ8:2)
*6 「大きなあわれみ」イザ54:7、8(マソラ訳)、 「あざける者をあざけり、」 箴言3:34(マソラ訳)、Tペテ5:5
*7 ヒュポタスソー(ギ) subordinate、subject one's self、obey、(直訳)の下位に置く、(神のみこころや律法に、心から)従う、 § 悪魔(ねたみ、高慢、作り話などの霊)に立ち向かって逃げ去らせる条件は、まず神の下(もと)に自分を置くこと。 サタン的な3大誘惑は、高慢、ねたみ、作り話・うわさ話(=偽り)、 4:4の「世か神か」は、結局、「悪魔か神か」の問題となる、 武具については エペ6:10−18
*9 § 9節の「苦しみ」、「悲しみ」、「泣くこと」は、10節の「へりくだりなさい」にかかる、 カテーフェイア(ギ) 悲しみによりうつむくこと、重い心 (ここだけ)
*10 マタ23:12(ラビと呼ばれないこと)、ルカ14:11(末席に着く)、18:14(取税人の祈り)、Tペテ5:6
*11 2:8、レビ19:16−18 (隣人をあなた自身のように愛せよ)
*12 (・・・ さばきを行なわれる は削除)
*15 § (人間的な、高慢な計画ではなく、)へりくだって、まず主に聞いて、主の召しのみこころに従う場合には、すべての事が摂理的に祝福される
*16 アラゾネイア(ギ) empty talk、insolent and empty assurance、実際にはないのにあるかのように思い込んで自慢すること、自慢 (Tヨハ2:16)
*17 エイドティ(完了、単・男) <オイダ have perceived、 § ここでは旧約の律法を守ることではなく、新約時代における御子の命令であり、主の御声を聞いたなら(指示ならば)当然行なうべきである の意。 しなかった良いことについてが審判の時に問われる (ex マタ25:45)
第5章
1* 富んでいる人たち。よく聞きなさい。あなたがたは、自分の身に降りかかろうとしている苦難*を思って、泣き叫びなさい。
2 あなたがたの富は腐り、着物は虫に食われ、
3 金銀はさびています。そして、そのさびが、あなたがたの罪を責め、あなたがたの肉を火のように食い尽くします*。あなたがたは終わりの時*にいるのに、なお財宝を蓄えました。
4* 見よ。あなたがたが畑の刈入れをさせて騙し取った、労働者たちの未払い賃金が叫んでいます。そして、刈入れをした人たちの叫び声は、万軍の主*の耳に届いています。
5 あなたがたは、地上で自堕落な*生活をし、快楽にふけり、ほふられる日のために、自分の心を太らせました*。
6 そしてあなたがたは、義人*を罪に定めて殺しました。しかも彼は、あなたがたに抵抗せずに。
7 それゆえ、兄弟たち。主の来臨の時まで耐えて待ちなさい*。見よ。農夫は、大地の貴重な実りを期待して、先の雨と後の雨*とがあるまで、耐え忍んで待ちます*。
8 あなたがたも、主の来臨が近づいているのだから、耐えて待ちなさい。心を強くしなさい。
9 兄弟たちよ。互に不満の声を出し合ってはいけません。さばきを受けることのないためです。見よ。さばく方が、扉の前にずっと立っておられます。
10 兄弟たちよ。苦しみを耐えて待つことについては、主の御名によって語った預言者たちを模範にしなさい。
11 見よ。私たちは、耐え忍んで待つ人々を、幸いな人と呼びます*。あなたがたは、ヨブの忍耐のことを聞いています。また、主によるその結末において、主がどれほど慈愛に満ち、あわれみ深い方でおられるかを、すでに見ています。
12* さて、私の兄弟たち。何にもまして、誓ってはいけません。天をさしても、地をさしても、その他のどんな誓いによっても、一切誓ってはいけません。ただ、「はい。」は「はい。」、「いいえ。」は「いいえ。」としなさい。それは、あなたがたが、さばきを受けないためです。
13 あなたがたの中に、困難に遭っている人がいますか。その人は、祈りなさい。喜んでいる人がいますか。その人は、賛美しなさい。
14* あなたがたの中に、病んでいる人がいますか。その人は、教会の長老たちを招いて、主の御名によって、オリーブ油を注いで祈ってもらいなさい。
15 信仰による祈りは病む人を救い、主はその人を回復させて下さいます。また、その人が罪を犯していたなら、それも赦されます。
16 それゆえ、互いに罪を告白し合い、また、いやされるために互いのために祈りなさい。義人の祈りは働くと、大きな力があります。*
17* エリヤは、私たちと同じような*人間でしたが、雨が降らないように祈ったところ、三年六か月の間*、地上に雨が降りませんでした。
18 それから、再び祈ると、天は雨を降らせ、地はその実を実らせました。
19 私の兄弟たち。あなたがたのうちで、真理の道から迷い出た人があって、誰かが彼を連れ戻した*とします。
20 罪人を迷いの道から連れ戻す人は、彼の*たましいを死から救い出すことになり、また、彼の多くの罪を覆うことになることを、知っておきなさい。
*1 § 近い将来の、AD66年のユダヤ戦争勃発から数年後の「預言」。 多くの金持ちが没落した (AD70年6月8−10日にエルサレム神殿炎上、陥落)、 タライポリア(ギ) hardship、trouble、calamity、苦難、災い (ロマ3:16)
*3 § さびが・・・火のように食い尽くす: 金銭を拠り所とする人たちは、鉄さびが伝播して破壊するように悲惨な最期を遂げる の意、 終わりの時: この場合、エルサレム陥落の時のこと
*4 § 1:10 の金持ちの中には、貧しい人々を虐げている者たちもいた、 キュリオイ サバオス(ギ) 万軍の主 (ツァバーオース(ヘ、複・男) <ツァバー(ヘ) 軍隊 の意) (ロマ9:29、イザ1:9)
*5 スパタラオ(ギ) ぜいたくをする、肉欲にふける Tテモ5:6、(ルカ7:25)、 イザ34:6、エゼ21:15
*6 義人: 主を信じる一般の人、「神の聖者」のこと Tペテ4:18
*7 マクロシュメーオ(ギ) be longsuffering、(時間をかけて、待ち望んで)忍耐する、 (忍耐=待つこと Tコリ13:4、ヘブ6:15、ロマ2:4、Tペテ3:20)、 プロイモス(ギ) モーレー(ヘ)、former rain、first rainfall、先の雨、秋の雨 ((穀物の)種まき直後、10,11月)、 オプシモス(ギ) マレコーシュ(ヘ)、latter rain、後の雨、春の雨 (刈り入れの実が熟する頃、4,5月) 申11:14、ヨエ2:23、エレ5:24
*11 マカリゾー(ギ) pronounce blessed、幸いであると公言する (ルカ1:48)
*12 § 誓ってはいけない: ユダヤ人の慣習だったが、自分の主張を権威付けするためにいたずらに誓うことが多かった。 このような場合、直接、神の御名を用いなくても、神に属するものをさして誓うことは御名によって誓うことと同じであり、御名の乱用の罪(第3戒)になる (マタ5:34−37)
*14 マコ6:13、ルカ10:34、 § 現代でも、各種ある癒しの祈りの中で、実際オリーブ油を注いで重病が癒されたあかしがある
*16 § 神にだけでなく人に対する罪も告白して祈る場合、人との関係のいやしと同時に、特に強い力のわざが起こる (マタ5:23、24) 義人(=聖い人)とは、十字架の恵みにより神との関係が回復している者で、完全にきよいことは意味していない。しかし(毎日顔を洗うように、)日々の罪を悔い改めて主との関係が良好になれば、祈りは聞かれるようになる
*17 同じような: (直訳) 同じ事柄を苦しんでいる、 T列17:1、18:1、ルカ4:25、 § 雨を降らせないしるしは、終末の前期艱難期の3年半において、全世界で再度行われる (黙示11:6)
*19 = (自動詞で) 立ち直ったら (ルカ22:32)、 詩編32:1
*20 彼の は補足、 § 人々へのとりなし、神の贖いのわざに参与せよ、との神の召しの声で、この弟子化の書は終了する