3) 十字架がもたらす恵み;

 イエスの十字架(および生涯)があらゆる点で、わたしたちの恵みとなったことを列挙する。


 ・ 十字架の死 ・・・ 信じる人々に永遠のいのちが与えられた。
         (約束の聖霊による永遠のいのち ・・・ 
        この新約時代には、信じると同時に、神の聖霊がすべての人に宿る)
        イエス・キリストの再臨の時、永遠に続く朽ちない新しい体が与えられる。
        サタン(この世の支配者)による霊的束縛からの解放

 ・ イエスへの懲らしめ ・・・ 平安
   イエスの打ち傷 ・・・ いやし       ・・・ イザ53−5

 ・ 十字架の痛みと苦しみ ・・・ 罪の赦し・律法の成就により、信じるものはさばかれない

 ・ 十字架上で御父に捨てられた事 ・・・ 永遠に続く神の子としての身分が与えられた。
   すなわち、神の子としてのすべての恵みをただで、あるいは、求めて受ける事ができる。
   (聖霊の恵み(聖め、平安、喜び、知恵)、奇跡を行う力、敵の霊に打ち勝つ力、また、実際的なあらゆる恵み、そして、自分の子供に対する特別なあわれみ
 神の子としての身分は、天使よりも高い地位である。

 ・ 「完了した」の宣言 ・・・ @ 律法の成就、 A 救いの完了、 B 私たちへの神の計画の成就
 ・ イエスが馬小屋に生まれ、父ヨセフは早くに亡くなり、母子家庭で大工として貧しい生活
   ・・・ 「キリストの貧しさによって、(経済的に)富む者となる為。」・・・Uコリ8−9

 ・ イエスの苦難の人生 ・・・ 同様に悩む弱い人々に、神が同情できる為。

 ・ また、それでも罪を犯さずに神に従いつづけたことにより、私たちに信仰の模範を示す為。
    (信じて与えられた聖霊の力よって、初めて可能になる)


 旧約時代の律法によるささげものは神の前に不完全であったが、十字架による神の子イエスが自らをささげた事は、一回きりで完全な罪過のためのささげものであった。したがって、律法ののろいとサタンの束縛はすでに打ち砕かれたのである。
 聖なる、そして、なる神は、実にこのような方法を通して、あまりにも激しい私たちへのと御自身の真実を表したのである。

 だから、なぜ、神は人を悲惨な形に創ったのだろうか?、の問いに、次のように答えることができる。 それは、
 1. 基本的に人が主を恐れる為。主を恐れる者に、神は恵みを与えることができる。
 2. そして、イエス・キリストの十字架の苦しみによる、神の真実と愛を私たちが知る為。
 3. さらに、人の罪にもかかわらず、神が人をあわれむ為、である。

 これが、御使いよりも人が選ばれた理由である。


 ・ 「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者がひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」   ヨハ3−16



 ・ 「私たちは御使いをもさばくべき者だ、ということを、知らないのですか。」 Tコリ6−3


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