1. EPR問題提起
科学の中でも物理学は特異な位置を占めている。なぜならば、物質の根源的な性質をとらえ、全宇宙で普遍的に成り立つ法則を明らかにし、数学の手法によってできる限り単純に、できれば一つの原理からすべてを導き出そうとするものだからである。
その中でも、20世紀初頭から始まった量子力学(*)は、相対性理論と共に、今までの古典物理学における常識をすべて塗り変えた。それは、物質の根源は実体ではなく、確率的にしかとらえる事ができず、他の物質との相互作用においてのみその実体を認められるものだからである。
これが有名なハイゼンベルクの不確定性原理(不定性)である。すなわち、位置と運動量、時間とエネルギー、粒子性と波動性、スピンの向き、偏光の振動方向などの間には不確定性関係があって、本質的に人間が観測できる限界が存在し、それぞれの状態が実現する確率しか予測することができないというものである。
そして、単独の素粒子では、その存在の意味を持たず、常に測定装置などの全体とのかかわりの中ではじめて、その実体が現されるのである。(コペンハーゲン解釈)
( * エネルギー量子の発見(プランク、1900)、水素原子の定常軌道の導入(ボーア、1913)、電子波の仮説(ド・ブロイ、1923)、行列力学(ハイゼンベルク、1925)、波動力学(シュレディンガー、1926))
これに対し、アインシュタイン(E)、ポドルスキー(P)、ローゼン(R)などの実在論者は、次の思考実験によって量子力学の矛盾を提示した。(EPR問題の提起・1935)
電子対があって互いに反対方向へ飛んで行くとする。一方の電子のスピンの向きを測定したら上であったとする。すると、もう一方の電子のスピンは自動的に下に確定する。量子力学の主張によれば、これらの電子どおしの距離をいくら長くとっても、このように確定するはずである。
ところが、相対性理論の制約によると、すべての素粒子は光速以下でしか走れないから、一方のスピンが確定した時点で、どのような情報伝達機構でもう一方の
スピンが確定するのか、という問題が発生するのである。
さらに、ボームら実在論者によって、人には観測できないが光速以下で伝わる通常の物理作用によるなんらかの情報伝達機構があるといういくつかのモデルが提示された。 すなわち、本質的な不定性などというものは無く、隠れているけれども通常の物理法則によってこの相互作用を説明できるとしたのである。(ボームの隠れた変数モデル・1950年代)
ところがこれに対し、ベルの定理が理論的に否定し、すべての隠れた変数モデルが量子力学のモデルと相いれない事が証明された。(1964)
したがって、不定が確定になる際の量子力学的作用は、通常の物理的作用ではなく、量子力学の主張どおりもっと本質的な作用であるということがより明確になったのである。