3. 旧約聖書(各論・創世記 ~





  1) 創世記1:1、2   ・・・・ * ギャップ説は、アーノルド・フルクテンバウム師(メシヤニック)によるが、かなり一般的解釈


  聖書全体の一番初めの、「初めに」(「創造の初め = BREShYT、ベレシート」)の、天地創造のときの記述です。これは、今の天地(天: HShMYM ハシャマイム、地: HERTs ハアレツ)が創造された経緯を表したものです。 それよりも時間的な永遠の最初は、ヨハネの福音書の冒頭 「初め(永遠の初め = αρχη、アルケー(ギ))にことばがあった」(ヨハネ1:1)になります。( → キリストの根源的ご性質 )

  ここで特筆すべきは、創世記1:1 と 1:2以降の間にギャップがあるということです。原典の、ユダヤ教経典の マソラ本文には、1章1節の後に 休止符(ラフィア)=◇◇ が打たれ、これが2節以降とは区別される、独立した一文であることを意味しています。それを忠実に書き起こした聖書のあるものにも、間に、◇◇ が書かれてあります。


  このギャップとは、この天地創造よりも以前に、創造された被造物が存在したことを意味しています。(→ 7) 箴言8:22) これは、御使い・堕落天使を指しているといわれています。それは、創世記の 第1日目「光 ・・・ シャカイナグローリー(神の栄光)」の創造から、第7日目に 神が休まれる時までに、天使の創造の記述が無いからです。そして、このときにサタンと 天の1/3の御使いの堕落(黙示録12:4)があり、続く 2節では、造られていた以前の世界がカオス状態までさばかれている、といわれています。
  そして、2節以降の「天地創造」は、その回復のわざ = 無秩序から「秩序」へ「再創造」 ということになります。
  ( cf. 1節の、「創造した、BRE(バラー)」という言葉は、無から有の創造と 有から有への創造 の2つの意味があります。この1節の場合、”素材”が無かったので前者です。(この無から有の創造は、ローマ4:17、ヘブル11:3))


  創世記1:2の 「地は形がなく、そして(×)何もなかった(×)。」は、「THW W BHW(トーフー ワ ボーフー)」 すなわち、

   「the earth became without form, now void」 = 「地(ハアレツ、単・女)は、形を成さなくなり((直訳)荒野となり)、今や、空虚(虚無になった。」 ((意訳として、) ≒ 「地は、「カオス状態」になった。」)

という”変化”を表して、それから後が「再創造」であることを裏付けています。 (* W(ワゥ) は 次に続く文があれば and の意、しかし無いので、= now、  HYTH(ハイェター、完了・3・単・女) = became < HYH(ハーヤー、完了・3・単・男、あった、なった)

  つまり、「自分の居るべき所を捨てた堕落天使」(ユダ:6、 Ⅱペテロ2:4)のゆえに、神のさばきによってこのような混沌とした状態(カオス)になったのです。 御使い(=天使)の役割は、霊の世界宇宙全体に特化した働きです。(ex 「火を支配する御使い」(黙14:18)、「水を支配する御使い」(16:5) 他に、ケルビム、セラフィム ・・・ 礼拝天使(サタンはこのケルブ(単数)の立場から堕落し(エゼ28:14)、このとき、サタンに誘惑されて、全天使の1/3が堕落しました。(黙12:4)、 また 一般天使(天使長:ミカエル、また ガブリエルなど)。 このミカエルが サタンと常に戦っています。(カトリック教会の上などでこの戦いがよく見られる)

  座標のある実空間として、第2日目に「大空」という形で造られたのは別物。これには”三次元”という一つの「秩序」があります。 一方、この「トー フー(荒野、殺風景)」、「ボーフー(void、空洞、虚空、虚無)」を単独で用いるのではなく、「トフー ワ ボフー」の3語で「カオス(混沌、無秩序)」(70人訳)を表す可能性もあります。
  ・ 「トーフー」と「ボーフー」がで現れる箇所 ・・・ イザヤ34:11(「虚空」、「虚無」)、エレミヤ4:23(「形もなく、何もなく」) ・・・ この3箇所とも、神の「さばき」を表すのは同じです。ボーフーはこの3箇所のみ。
  ・ 「トーフー」単独で、 「彼は北の天を虚空に張り、地を何もない所に掛けられる。」(ヨブ記26:7)  THW トーフー = 形を成さないもの、虚空  ・・・ ”地動説”の部分
                 「(天と地を)これを形のないものに創造せず、」(イザヤ45:19)、(その他 申命記32:10、Ⅰサム12:21、ヨブ6:18、12:24、詩107:40、イザ24:10、29:21、40:17、40:23、41:29、44:9、45:18、49:4、59:4。)

   * 地に刻まれた主の間接的な示し:「自然啓示」によっても、「死」の形象 -X → 0 (X → ∞) は、エントロピー(乱雑さ)の増大”熱的な死”  S → ∞ (t → ∞) によって現れてきます。 霊の最終処理場の「ゲヘナ(=火と硫黄の池)」も、ある意味でこの”乱雑さの増大”の形態を有していて、罪を犯した御使い (=悪霊)を永遠に苦しめる所として、すでに神様によって備えられています。また、救われていない人々の霊も、最後の審判の後、すべてこの池に投げ込まれ ます。(黙示録20:15)


  また、「闇」=カオス、死、滅び、  「大いなる水(THWM、テホム)」=深淵、深い水、  「(MYM、マイム)」=命の水となりうる水、  「神の霊」=聖霊様(神の第3位格)、  「動いていた(覆っていた)、MRXPT、メラッヘフェト」=震える、羽ばたく、宙に舞う ・・・ ”孵化”の状態

   ・・・・・・ 「神」が 「ことば」を発せられる前に、「聖霊様」が その対象を暖めます。 そして、「エロヒーム・ELHYM」という複数名詞の神(=三位一体の神、特に イエス様=神のことば)が「言葉」を発せられると同時に、(あたかも永遠の昔からあったように、)それが突然、「存在」します。(祈りと信仰の法則)
  (* 「イェヒー オール(光よ、在れ。)」 という 創世記1:3の「光、EWR=オール」とは、 物質光ではなく、「シャカイナ・グローリー(聖光、神の栄光)」のこと  → (転) オーラ(後光、聖光)、 金(ラテン語で オーラム、Au(元素記号))


   

   וְהָאָרֶץ, הָיְתָה תֹהוּ וָבֹהוּ, וְחֹשֶׁךְ, עַל-פְּנֵי תְהוֹם; וְרוּחַאֱלֹהִים, מְרַחֶפֶת עַל-פְּנֵי הַמָּיִם
    וַיֹּאמֶר אֱלֹהִים, יְהִי אוֹר; וַיְהִי-אוֹר



  2) 創世記2:17

   「17  But of the tree of the knowledge of good and evil, thou shalt not eat of it: for in the day that thou eatest thereof thou shalt surely die. 」(KJV)

   「17  しかし善悪(△)→良し悪し(○)を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう。」(口語訳△)


  この「善と悪」とは、直訳では 「TWB、トーヴ = good、美しい・好ましいもの」(「ふさわしい助け手を造ろう」(創世記2:18)、「食べるに良く」(創3:6)、「人の子の娘が美しいのを見て」(創6:2)と同じ言葉)、また 「RAh、ラー = evil、邪悪」 という意味です。また、「(主がラバンに、ヤコブと)事の善悪を論じないように」(創31:24)も、 M TWB AD RAh(from good until evil、 良いことから悪いことに至るまで)。
  この「善」とは、「神の義」や いわゆる 哲学的な善 、偽善という意味ではなく、単純に、”神の立場に立って物事の良し悪しを規定してしまう性質”をあらわし、これが代々すべての人々に遺伝している 「原罪」です。 「MWT、死ぬ」という言葉は2回も書かれ強調されています。
  胎児を含む 物心付かない4歳未満の子供は、まだ原罪の性質が現れていないので、死ぬと、御父によって無条件に天の御国に入れられます。しかし、4歳から1日でも過ぎると、イエス様の十字架の贖いが必要となります。(→ 天国と地獄のあかし

  良し悪しを規定する性質の最終的な形として、世の終わりに現れる「反キリスト」は 単純悪の、 「にせ預言者」は 偽善者の、それぞれ 究極の姿です。反キリストの雛形は、ネロ・カエサル(自己陶酔・浪費型人間)、にせ預言者という偽善者は、パリサイ・サドカイ人、バチカン(終末の反キリストを拝ませる)。 御子イエス様が再臨される時、これらに対して究極のさばきがなされます。

 



  3) 創世記6:2、 6:4


   「2  that the sons of God saw the daughters of men that they were fair; and they took them wives, whomsoever they chose. 」(KJV)
   「4  The Nephilim were in the earth in those days, and also after that, when the sons of God came in unto the daughters of men, and they bore children to them; the same were the mighty men that were of old, the men of renown. 」(KJV)

  まず、4節の 「ネフィリム(H NPLYM = The Nephilim(複数名詞)」を、誤訳だらけの70人訳(セプチュアギンタ)では「巨人」と訳されていて、これは誤訳と考えられます。(* 各地で出土されたという巨大人骨は、ほとんどすべてが まがい物(fake)。当時、「上の水蒸気層」により気圧が3~4気圧もあったので、(恐竜と共に)ゴリアテ程度の巨漢が生息できたとしても不思議ではないが、正式に化石として公表されているものは皆無。)
  ・ ゴリアテ(Ⅰサムエル17、6キュビト半・2.9m、鎧5000シェケル・57kg、槍の刃の部分600シェケル・6.8kg)
  ・ バシャンの王オグ(申命記3:11、鉄の寝台9キュビト・4m、幅4キュビト・1.8m)
  「神の子ら(sons of God)」 と 「人の娘たち(daughters of men)」 との子孫の一部から発生した ネフィリム(混じったのが全部ネフィリムというわけではない)は、「勇士」で「名のある者たち」だったので、体格だけでなく知的にも優れた 権力のある人たちだったと考えられます。


  では、この2節の「神の子たち」とは誰でしょうか? 「堕落した御使い」という説もありますが、普通に考えるとありえないことと思われます。確かに、人の姿を取って御使いがやってくることもありますが(創世記18:1- ・・ と 2人の御使い、 19:1- ・・ 2人の御使い、 ヘブル13:2)、おそらく、そのような交配は がお許しにならなかったと思われます。
   ・ 「復活の時には、人はめとることも、とつぐこともなく、天の御使いたちのようです。」(マタイ22:30)

  (*** ただし、旧約のヘブライ語で「神の子ら(ベネイ・ハ・エロヒーム)」とは、すべて「御使い」または「堕落 天使」を指して言います。(ヨブ1:6、2:1、38:7、 「力ある者の子ら(ベネイ・エイリム)」(詩篇29:1、89:6)、 「いと高き方の子ら (ベネイ・エルヨン)」(詩篇82:6)、  一方、新約では、「アダム」(ルカ3:38)、 「聖徒」(ヨハ1:12) も「神の子」 ・・・ 旧約の 例外は「イエス様」のみ。)

  それよりも、
   ・ 「14  あなたは、きょう、わたしを地のおもてから追放されました。わたしはあなたを離れて、地上の放浪者とならねばなりません。わたしを見付ける人はだれでもわたしを殺すでしょう」。
   15  主はカインに言われた、「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」。そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた。」(創世記4:14、15)

  とあるように、すでに、創世記1:26、27 :第6日に、陸上動物と共に「人間の男と女」を同時に創造され、この子孫たちが、エデンの園のアダムとエバとは別に、最初から大勢いたことになります。( ・・・ セツとカインの妻  cf. エバは アダムの肋骨から造られた。アダムは 神様が直接 創造された「神の子」。)
  そして、アダムとエバからの「原罪」の性質は、子孫のカインと セツ (アベルはカインに殺された) を通して、世界に広がっていったと考えられます。
  ** ネアンデルタール人の骨からのミトコンドリアDNA調査結果によると、ほぼ 現世人と別系統(= 神様が、アダムとエバとは別に創造された人々で、洪水で絶滅した)であることが知られている。2014年1月の報告では、白い肌、赤毛であり 言語・協調運動のDNAが無く、不妊因子あり。体格は良く(165cm、80kg以上、胴長短足)、知能も良く(脳容積大1600cc>1450cc)、追放されたカインが恐れていたことが伺える。 (cf. クロマニヨン人は、Y-DNAの I 型 (+R型)で、完全に現ヨーロッパ人。 因みに、北京原人、ジャワ原人などは完全なサルであり、交配不可能で、ホモサピエンスとの中間種(ミッシングリンク)は存在しない。 初期にラ・シャペ ローサンで発見されたネアンデルタール人は、くる病のために背が曲がっていたので、一般に”原始人”のイメージが付いた。)


  特に、「神の子ら」である この子孫からの 罪の性質は、ネフィリムたちにも色濃く入って行き、影響力の大きい彼らが跋扈する世界となり、ついには、主が 洪水による世への大きなさばきを宣言せざるを得なくなりました。 当時は、トバルカインより金属加工業、ヤバルの家畜業、ユバルから音楽文化(創世記 4:20-22)が発達し、現在考えられている以上に「文明」が発達した時代でしたが、結局、「罪」のためにすべてが台無しになり、大洪水で一気に滅ぼされました。一周期であるはずの 2000年も経たずに(アダムの創造から1656年目)洪水のさばき。 (計算: → 聖書考古学・ノアの箱舟 の下参照 )
  (* 創世記6:3 の、「人の齢は120年」とは、この時から「ノアの洪水」までの残された期間が120年という意味です。=「神が忍耐し悔い改めを待っておられた」期間。(Ⅰペテ3:20))

  この「美しいfairTBT(トヴォト・複・女)」とは、 「良し悪しの知識の木」(創世記2:17)、「人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。」(創世記2:18)、「まことに食べるのに良く」(創世記3:6)と同じで、<「TWB (トーヴ)= 良い、好ましい、楽しい」というような意味です。

  洪水後、ハムがノアに対して罪を犯し、セムとヤペテがそれを覆ったのは、色白・金髪(・・・英語の fair の意味)の遺伝子がヤペテ系に多く、彼らにあった罪の性質の濃度が ハム(黒人・有色系)では濃く、ヤペテ(白人系: 罪が入っていない人の子らとの子孫)が薄かった、という可能性があります。
  そして、イエス様が十字架の死後 よみに下られた時、罪の性質を受け継いでいないで死んだ人々の霊のために 伝道された可能性もあります。(Ⅰペテロ4:19、20)

  また、ネフィリムの生き残りが洪水後もいたとは考えられません。(・・・脱出して”宇宙人”になったという説もある??) 「ネフィリム人のアナク人」(民数記13:32、33)は、背の高い敵のアナク人を伝承のネフィリムにたとえて言っているに過ぎません。

  


    Cf. →  ネフィリム=堕落天使説



  4) 創世記11:7、 18:21


  日本語訳や英語訳では、単数-複数の区別がつきません。 特に、「行って(単数)」「降りて(複数)」の違いは重要で、これは 神の三位一体を表現しています。
  創世記11:7では、が行かれ(単数)、また 降りて行かれ(複数)、言葉を混乱させました(複数)。 また、創世記18:21では(神の三位一体ではありませんが、)と 2人の御使いがアブラハムのところへ降りてこられ、その後は2人の御使いが実際に さばきのためにソドムへ行きました。

  ヘブライ語の表現では、「神」=「エロヒーム(複数名詞)」があり、(単数:「エリ」、「エル」、ex)エルサレム=神の平和)三位一体を暗示する複数性を表しています。
  (類似: 「ケルビム」(「ケルブ」の複数、エデンの園からの追放・いのちの木の守り、 エデンの宝石の間にルシファーがケルブの一つとして造られ、 他のケルビムと共にそこにいた(エゼ28:14、エゼ1、10)、 契約の箱の守り(2つの御使い)。 「セラフィム」(イザヤ6:2-4)、 他に「ネ フィリム」など。 「HShDYYM ハシュディーム」=「乳房」 > 「EL ShDY エル・シャダイ」=「乳房の神=繁栄・増殖の神」(創世記17:1))

  因みに、混乱された言語は、聖霊様のバプテスマに伴う「異言」によって、再び一つの言語に戻りました。

  


  三位一体の一者だけが 実際に地上に降りてこられ、なおかつ、御心としては 三者の「主」が共に事を成されます。大きな流れとしては、
   (1) 御子イエス様が、十字架と復活の後に天に昇られ、ペンテコステの時から「聖霊様」が下られました。(ヨハネ16:7、14、15)
   (2) 御子イエス様が「再臨」されると、「御霊の賜物」の働きは止みます。(Ⅰコリント13:10) そして、イエス様は、地上の千年王国で「王の王、主の主」として1000年間支配されます。
   (3) 「新天新地」、「新しいエルサレム」以降は、御子イエス様は 御父にすべてを渡します。(Ⅰコリント15:24)




  5) 創世記13:15-17、 15:5、 22:17、18  NEW 2017 9 3

   「כִּי אֶת-כָּל-הָאָרֶץ אֲשֶׁר-אַתָּה רֹאֶה, לְךָ אֶתְּנֶנָּה, וּלְזַרְעֲךָ,עַד-עוֹלָם.
   「וְשַׂמְתִּי אֶת-זַרְעֲךָ, כַּעֲפַר הָאָרֶץ:  אֲשֶׁר אִם-יוּכַל אִישׁ, לִמְנוֹת אֶת-עֲפַר הָאָרֶץ--גַּם-זַרְעֲךָ, יִמָּנֶה.
   「קוּם הִתְהַלֵּךְ בָּאָרֶץ, לְאָרְכָּהּ וּלְרָחְבָּהּ:  כִּי לְךָ,אֶתְּנֶנָּה.

   ・・・・・  זַרְעֲךָ(ザレアハー) = זֶרַע、ゼラア)(単数・男、 2単男尾(あなたの)) = キリストの事

   「わたしは、あなたが見渡しているこの地全部を、永久にあなたと あなたの子孫(=(直訳)種、単数)とに与えよう。」(創世記13:15)
   「わたしは、あなたの子孫(種、単数)を 地のちりのようにならせる。 もし人が地のちりを数えることができれば、あなたの子孫(種、単数)をも数えることができよう。」(13:16)
   「立って、その地を 長さと 幅方向に(=縦と横に)(=十字架の類推)歩きなさい。 わたしがあなたに、その地を与えるのだから。」(13:17)

   「そして、彼を外に連れ出して仰せられた。 「さあ、天を見上げなさい。 星を数えることができるなら、それを数えなさい。」 さらに仰せられた。 「あなたの子孫(種、単数)は このようになる。」
    彼は主を信じた主はそれを 彼の義と認められた。」(創世記15:5、6)  =  (ローマ4:3、 「信仰義認」)

   「(イサクをささげる試練(=十字架の類推)の後に、) わたしは確かにあなたを大いに祝福し、あなたの子孫(種、単数)を、空の星、海辺の砂のように数多く増し加えよう。 そしてあなたの子孫(種、単数)は、その敵の門を勝ち取るであろう。
    あなたの子孫(種、単数)によって、地のすべての国々は 祝福を受けるようになる。 あなたがわたしの声に 聞いたからである。」(創世記22:17、18、  使徒行伝3:19-26 で ユダヤ人伝道に引用)


   ・・・・・ これらはすべて、アブラハムに対する、遠い将来の「キリスト」の類推・ひな形です。 アブラハムの直接の子孫(イスラエル)ではなく、アブラハムの直系のある一人の子孫 すなわち 「キリスト」の子孫(信仰の子孫)が著しく増えることを言っています。 この将来のキリストを(間接的に)「信じた」ことにより、アブラハムは神によって「義」と認められました。 「救い」はあくまでもキリストを信じることによります。




  6) 申命記6:5、 レビ記19:18


  これも、4) Ⅰペテロ1:16、 4:7 と同様に、「律法」の箇所も、本来の「聖書ヘブライ語」では、過去、現在、未来形も 命令形も無く、「完了形」、「未完了形」のどちらかです。ここでは「完了形」であり、 「必ず ~ のようになる」という、未来完了形 (神が語った場合 =預言) と訳されます。

   ・・・・・ * 「完了形」の用法:  単純過去(創世記18:15「笑い」、創世記3:11「食べた」「告げた」、士師記10:10「罪を犯した」)、 預言(イザヤ9:5「与えた」、66:8「had heard 聞いた」、「had seen 見た」)、 宣言・契約(創世記22:16「誓う」、Ⅱサムエル19:30「命じた」、申命記26:3「報告した」)、 記者の解説(創世記10:15「生んだ」)

  この2つのみことば、申命記6:5、 レビ記19:18は、イエス様が、「律法」全体を要約すると、究極的には この2つになる、と言われた 最も重要な箇所です。(マルコ12:29-31)
  これを誤解して、”絶対命令”と解釈しているのが、ネヘミヤ以降のユダヤ教であり、さらに引き継がれて、”律法的な翻訳”の 日本語訳(×)などになっています。(・・・ 未来完了形は、日本語では表現しにくい。 英語では shalt 。)
  これは、「聖霊様」が注がれる時が来て、必ず、これらの「主」の言葉を守ることができるようになる、といったような「予告」の意味があります。


   「5  And thou shalt love the LORD thy God  with all thine heart, and with all thy soul, and with all thy might. 」(KJV、申命記6:5)

   「18  Thou shalt not avenge, nor bear any grudge against the children of thy people, but thou shalt love thy neighbour as thyself: I am the LORD. 」(KJV、レビ記19:18)


  




  7) 士師記13:18


   「18  And the angel of the LORD said unto him, Why askest thou thus after my name, seeing it is secret? 」(KJV)
   「18  主の使は彼に言った、「わたしの名は不思議です。どうしてあなたはそれをたずねるのですか。」(口語訳)

  サムソンの父マノアが 主の御使いにその名を尋ねたときの答えですが、原語では PLEY(フェリエイ) = NSY(ニシ) = miraculous、amazing なので、「奇跡」、「驚くべき」、(「不思議」)といった訳の方が良いです。

  ここで、他の 士師たち(ギデオンやデボラなど)に比べて、サムソンだけがなぜ悲惨な生涯を送ったか を考えてみましょう。
   「そこで、あなたはどこから落ちたかを思い起し、悔い改めて初めのわざを行いなさい。」(黙示録2:5)

  士師記14:5で、わざわざ「ぶどう畑」のところに来た時点で、すでに主を試すような慢心があったことを表しています。 さらに、士師 記14:9で サムソンは自分が引き裂いた(時間の経った)ライオンの死体に手を触れ、蜜を集めて食べました。これは、ナジル人の誓願の規定 ・・・ 民数記6:1-6 、「死体に近づいてはならない」に反するものでした。 その後、確かに、主が語られたとおりに 彼を通してペリシテ人に対する主の働きが進められていきましたが、サムソン自身は、謎かけ(賭け事)の誘惑、結婚相手の喪失、遊女デリラによる欺瞞、捕ら えられ、目をくり抜かれて 獄につながれ 敵の見世物にされ、最期には敵と共に死にました。この悲惨さは、比較的小さなこととはいえ、この時点で、書かれている主のおきてに逆らったからでした。 もしサムソンが最初の罪を犯さなかったならば、主は 別のもっと快適な道筋を用意され、事を成されただろうと考えられます。
  私たちも、主に語られているのに、逆らっていることがある為、主からの恵みと守りを十分に受け取れてないでいる、ということがあるのではないでしょうか?

  ただし、サムソンは「救い」を失ったのではありません。 ⇔ cf. ソロモンは、もはや赦されない領域に行ってしまい、天国を見てきた人々の証言では、いずれも、ソロモン、サウルは天国にいなかった という証があります。
  キリシタンへの悲惨な迫害も、カトリックのプロテスタントへの迫害(日本国内においてもウイリアムアダムスに対し、宣教師たちが執拗に処刑を家康に要求した)、マリア崇拝などの罪、など、故の無いことではありませんでした。

  私たちも、一度 救われた、あるいは、聖霊のバプテスマを受けたことがある、だけでなく、毎日悔い改め、日々 新しくされ、最後まで聖霊様がとどまって下さり、信仰の歩みを全うするようにしなければなりません。 終わりが良ければ、すべて良しです。




  8) 詩篇23:1、 23:2-6


   「יהוה רֹעִי, לֹא אֶחְסָר」 ヤハウェ ロイー(<רֹעֶה ローエ、単男・1単尾、 my shepherd)、 ロー(not) エクサール(<חָסֵר ハーセル、未完・1単、 lack、be lacking)

      ・・・・ この「エクサール」 = 「欠ける」を ”貧しい”とするのは意訳で、עָנִי (アニイ、貧しい、へりくだった、 「へりくだってろばに乗られる」(ゼカリヤ9:9)、「霊の貧しい」のヘブライ訳(マタイ5:3))、 עָנָו (アナウ、「貧しい者に良い知らせを」、(イザヤ61:1))、 אֶביוֹן エヴィオーン、pauper、貧民、などとは異なります。

   ∴ 「は私の 羊飼い。 私は (乏しい(△)→)欠乏する(〇)ことはない。」(詩篇23:1)


     「主は私を緑の牧場に伏せさせ、 水のある安息地に導かれます。」(23:2)
     「主は私のたましい(ネフェシュ、soul)を生き返らせ、 御名のために、私を義(ツェデク、righteousness)の道に導かれます。」(23:3) ・・・ 主の御名の名誉のために 主は動かれます
     「たとい 死の影の 谷を歩くことがあっても、 私は 災難を恐れません。
      あなたが私と ともにおられますから。(イッマーディー 1単尾、with me)
      あなたの(敵に対する)棍棒と (羊飼い用の)杖、 それらが私の慰めです。」(23:4)

     ・・・・・* この詩篇23編は、チャレンジャー号の事故(1986)で乗組員のカプセルが海面に激突して死亡するまで生きていた時間の祈りのみことばとして、ボイスレコーダーに録音されていたそうです。 (タイタニック号の時も記録あり。)

     ・・・・ בְּגֵיא ベ ゲイー <ガイ、in valley、谷で、 צַלְמָוֶת ツァレ・マウエス(=shadow+death の合成語)、死の影、(転じて)極度の危険、死の場所 の意、 לֹא ロー、not、 אִירָא 未完・1単、イーラー、fear、afraid、 רָע ラー、 単男、男性名詞のとき「苦難」、「災禍」の意味。 形容詞で 「良し悪し(טוֹב וָרָע トーヴ ワ ラー)の知識の木」(創世記2:17 等)、 女性名詞で 「罪」、(一般的な)「悪いこと」。
      שִׁבְטְךָ וּמִשְׁעַנְתֶּךָ (2単男尾)<シェベット rod、tribe、棍棒、 ミシェエネス (単女・2単男尾) staff、(羊飼いの持つ)杖、(歩行などの)杖、 הֵמָּה ヘマー、they are、 יְנַחֲמֻנִי (pilel(強調)態・未完・3複男・1単尾)<ナーハム それらは 私の 慰めです

     「私の敵の前で、あなたは私のために食事のテーブル(宴席)を整え、私の頭に香油を注いでくださいます。 私の杯は、あふれています。」(23:5)
     「まことに、私のいのちの日々の長さの限り、良いもの(トーヴ、単男)と 慈愛(ケセド、mercy)とが、私を追ってくるでしょう。 私はいつまでもの家に住みます。」(23:6)





  9) 箴言8:22


   「22  主が昔そのわざをなし始められるとき、そのわざの初めとして、わたしを造られた(×)。」(口語訳)
   「22  The Load brought me forth as the first of his works(×), before his deeds of old.」(NIV)

   「22  The LORD possessed (○)me in the beginning of his way, before his works of old. 」(KJV)

  KJV: Possess ・・・ 力の座に座る(ラテン) ( → 捉える、とりつく → 所有する、に変化)
  poti- 力強い者、君主、 sed- 座る(=sit)、据える   ・・・ ”造った”(文語、口語)とは絶対なりません。

  「主は、古いみわざの前の、: before his works of old. ・・・ 天地創造以前の創造
  主の道筋の初めから、: in the beginning of his way ・・・ さらにそれ以前の初めから、
  私の力の座に座られていた。: The LORD possessed me 」 ・・・ The LORD : 旧約の主(ヤハウエ)は御父とも御子ともなる

  ・・・ この「私」とは、(ソロモンが預言したとはいえ、事実上)御子イエス様のことです。 イエス様は 被造物ではありません。永遠の初めからおられた創造主、「」です。

    

  さらに、この直後のみことばとして、御子イエス様が、御父と共に 天地万物を造られたことが記述されています。このことは、創世記1:1(上のみことば)と 1:2以降(↓) との間にギャップがあることを示しています。(→ 聖書改ざん箇所修復の試み(2) の 8) 創世記1:1、2 )

   「神が天を堅く立て、深淵の面に円を描かれた(π: 電子軌道、回転の法則・スピン、天体の軌道運動)とき、わたしはそこにいた。 ・・・・ わたしは神のかたわらで、これを組み立てる者: 波動、量子力学、あるいは、統計力学的組立て)であった。わたしは毎日喜び、いつも御前で楽しみ、神の地、この世界で楽しみ、人の子らを喜んだ。」(箴言8:27-31)
   (KJV) 「30  Then I was by him, as one brought up with him: and I was daily his delight, rejoicing always before him; 」

  因みに、”地動説”も あらかじめ 聖書に記されていたことは有名です。

   「7  彼は北の天を虚空(THW)に張り、(ERTs)を何もない所(BLY‐MH)に掛けられる。」(ヨブ記26:7) ・・・ THW トーフー = 形を成さないもの、虚空(=創1:2)、  ERTs エレツ = 地、地球、国、  BLY‐MH ベリー・マー = 何も無いこと
   「7  He stretcheth out the north over the empty place, and hangeth the earth upon nothing.」




  10) イザヤ14:12


  「輝く者(=ヘイレル)。夜明けの子よ。」(○)  ・・・・ HYLL < HLL(ハレル) で、ハレルヤ(主をほめよ):  のように、「賛美する者」の意味があります。 サタンが堕落する前は、ケルブ(位の高い礼拝天使)の長でした。(エゼキエル28:14)

  伝統的な訳の  「Lucifer = ルシファー」(△)(KJV)  (← Lux 光 + fero 運ぶ(ラテン語) という意訳が固有名詞化したもの) は、正しくありません。

  さらに、他の アレキサンドリア型の訳では、このイザヤ書にも”明けの明星(×)”と書いてあり、混同する危険性があります。(この「輝く者」はサタンを表す)

   ⇔ cf. 黙示録2:28(テアテラ)の 「明けの明星を(朝の星を、πρωινο αστρι(=「星」、単数・与格) < αστηρ「星」 = the morning star)」とは、別物。 この場合、「明けの明星」=「イエス様」を表す。


   ・ 「13  こういう人々はにせ使徒、人をだます働き人であって、キリストの使徒に擬装しているにすぎないからである。
     14  しかし、驚くには及ばない。サタンも光の天使に変装するのだから。」 (Ⅱコリント11:13、14)


  




  11) エゼキエル38:2、 イザヤ66:19


  「人の子よ。メシェクとトバルの首長であるマゴグの地のゴグに顔を向け、彼に預言して、(言え。)」(エゼキエル38:2、新改訳○)

  「2 Son of man, set thy face against Gog, the land of Magog, the chief prince of Meshech and Tubal, and prophesy against him, 」(Ezekiel38:2、 KJV○)

  cf. 「わたしは彼らの中にしるしを置き、彼らのうちののがれた者たちを諸国に遣わす。すなわち、タルシシュ、プル、ルデ、メシェク(×)、ロシュ(×)、トバル、ヤワン、遠くの島々に。 これらはわたしのうわさを聞いたこともなく、わたしの栄光を見たこともない。彼らはわたしの栄光を 諸国の民に告げ知らせよう。」(イザヤ66:19、新改訳)

  「19 And I will set a sign among them, and I will send those that escape of them unto the nations, to Tarshish, Pul, and Lud, that draw the bow, to Tubal, and Javan, to the isles afar off, that have not heard my fame, neither have seen my glory; and they shall declare my glory among the Gentiles. 」(Isaiah66:19、 KJV○)


  エゼキエル38:2の 「ロシュ」 は、”大きい”という意味は無く、ユダヤ暦の ロシュ・ハシャナ(新年、年頭)と同じく 「」、「首長」です。(・ 70人訳ではそのまま”ロシュ”で固有名詞扱い。(×))
  これに対して、イザヤ66:19の”メシェク”、”ロシュ”(70人訳による誤訳 ×)は、それぞれ「メシェク: 描く、引っ張る、引く」、「ケシェス: 弓」であり、「弓を引く者 プルとルデ」となります。

  * 「ロシア」という国名は、AD9世紀末の キエフ・ルーシの成立前に”ルーシ”と名乗ったのが初めで、これとは別。 ただし、「メシェクとトバル」は ロシアを指す。
  因みに、「スクテヤ人」(コロサイ3:11)=スキタイ人は、BC8~BC3世紀に黒海の北部(今のウクライナあたり)にいたイラン系遊牧民であり、その後も”北方の蛮族”として、ギリシャ人、ユダヤ人と区別されて存在していた。 ・・・ 現在のロシア人 = スラブ系 + タタール系(中央アジア、モンゴル) + ヴァイキング(北欧)、(現代ロシア語でスキタイスキーは中国人の意)

  ** ヨセフォスによれば、メシェクおよびトバル(イザヤ書のトバルとは別)が、後にそれぞれモシュケビー、トベリーツと記され、またマゴグの子孫がシシアン族と呼ばれ、黒海とカスピ海の北方に定着した種族であるとしている。
  また、AD年代の長い間、モスクワ(マスクヴァ、Москва )と近くの古都 トベリ(トヴェリ、Тверь)はライバル関係にあった。

 

   

  エゼキエル38~39章は、終末の初期にイスラエルに起こる ゴグ・マゴグの大事件で す。(未だ成就していない) そのとき、ロシア(モスクワはイスラエルのほぼ真「北」、メシェク(モスクワ)とトバル(トベリ=モスクワの近くの都市)) が 他の国々(ペルシャ(イラン)、クシュ(エチオピア)、プテ(北アフリカ沿岸)、ゴメル(ベラルーシにゴメルの名の都市がある、or トルコ南西部?、一 説にはドイツか東欧の一部?)、北の末端のベテ(家)・トガルマ(アルメニア?:馬を使う <ゴメル))を引き連れて(38:5、6)、(中東和平を裏切 る形で)イスラエルに上ってきますが、主の介入によって、攻撃の前に同士討ちで滅ぼされます。(38:21) これによって、イスラエルは、聖書の約束の とおりに、が再び特別に擁護してくださる国になったことが世界中にあかしされ、大リニューアルされます。(第3神殿、領土拡大(創世記15:18)、残りの部族の帰還の加速、 また にせ預言者の台頭 → イスラエルと終末の流れ )
  「北の果てのベテ・トガルマ」とは、北の果てをホームとする”彼女(イスラエル)を破壊しようとする民(ベテ=家、トガルマ=(古)thou wilt break her)” 、とも読める。

  (一方、イザヤ66:19は、使徒行伝時代の小アジア、ヨーロッパ宣教の予告で、エルサレム(後に陥落)の迫害から逃れた使徒パウロらによってなされ、タルシシュ(トルコ東岸部・小アジア、スペインではない)、トバルとヤワン、島々の国々(ギリシャ、ローマ、ヨーロッパ方面)へと、すでに一度は成就しました。)




  12) エゼキエル27:7


   「あなたの帆はエジプトから来るあや布(△)であって、あなたの旗に用いられ、あなたのおおいはエリシャの海岸から来る青と紫の布である。」(口語訳)

   「7: Fine linen with broidered(刺繍された: ヘブライ語の原文 RQMH(リケマー) 刺繍) work from Egypt was that which thou spreadest forth to be thy sail; blue and purple from the isles of Elishah was that which covered thee. 」(KJV)

  下線部の訳が抜けています。これは 「エジプトで刺繍が施された布」です。 cf. アロンの亜麻布の市松模様の長服・帯に刺繍(出28:39)、他に(エゼ16:10)

  (語句)  セニル (フェニキヤ東方の山脈)・・・ エモリ人はセニルを ヘルモン山と呼び、 シドン人はセニルを シルヨンと呼んだ(申命記3:9)
         キティム = キプロス島、  (上質の)綾織の布 = 王の衣服の布が贅沢にも帆に用いられた、 エジプトは 亜麻布の原産地、
         エリシャ (ヤワンの子 = ギリシャ、イタリア、シチリア、カルタゴ 創世記10:4)
        シドン ツロの北方の海岸沿いの古い港町、  アルワデ さらに北の島にある港町、  ゲバル シドンとアルワデの中間にある町
        (8: (口語訳)ゼメルの人々よ△ = ツロよ、 (KJV) O Tyrus, )
        「熟練者」 = (直訳)『賢き者』  ・・・ 外国に全面的に頼るのではなく、その主要メンバーはツロ国内の経験あるものたちで占められていた

  まず、預言されている時代がいつであるかを特定しなければなりません。エゼキエル書25~39章は、「異邦の国々 + イスラエル」に対する一連の預言になっています。そして、よく知られているように、不死鳥の民として、1947年にイスラエル国が再びパレスチナに樹立したことにより、エゼキエル36章が成就しました。(さらに次の、37章は、残りのエフライム(=10部族)の帰還の預言であり、成就しつつあります。)




  13) エゼキエル28:14、16


   「אַתְּ-כְּרוּב--מִמְשַׁח, הַסּוֹכֵךְ; וּנְתַתִּיךָ, בְּהַר קֹדֶשׁ אֱלֹהִים הָיִיתָ--בְּתוֹךְ אַבְנֵי-אֵשׁ, הִתְהַלָּכְת」(28:14)
   「תָּמִים אַתָּה בִּדְרָכֶיךָ, מִיּוֹם הִבָּרְאָךְ, עַד-נִמְצָא עַוְלָתָה, בָּךְ」(28:15)
   「בְּרֹב רְכֻלָּתְךָ, מָלוּ תוֹכְךָ חָמָס--וַתֶּחֱטָא; וָאֲחַלֶּלְךָ מֵהַר אֱלֹהִים וָאַבֶּדְךָ כְּרוּב הַסֹּכֵךְ, מִתּוֹךְ אַבְנֵי-אֵשׁ」(28:16)

  :14
   אַתְּ アッテ、単女?、you、 כְּרוּב ケルーヴ、単男、ケルブ(ケルビムの単数)、 מִמְשַׁח ミ メシャッハ、(意味不明)anoited、油注がれた?( ← メシヤ、メシヤッハ)、 הַסּוֹכֵךְ ハ ソーヘク 覆う者、守護者(サーハク、cover)、coverer、 וּנְתַתִּיךָ ウ ネサティーハー、1単・2単男尾、私は置いた(ナーサン、set、put)、 בְּהַר ベ ハル、on mountain、山に、 קֹדֶשׁ コーデシュ、holy、 אֱלֹהִים エロヒーム、God 
   「わたしは 油注がれた守護者(覆う者)ケルブであるあなたを、 神の聖なる山に置いた。」   (「守護者ケルブとともに、」 新改訳 ×   ・・・・ אֶת エス、with と誤訳)

      ∴ (ツロの王) = サタン = 元 ケルブ

   הָיִיתָ ハイイサ、完・2単男、you were(became)、 בְּתוֹךְ べ ソーヘ、in the middle(between)、 אַבְנֵי アヴェネイ、複女・付属形、of stones(:13の「宝石」(複数)の事、 エヴェン、stone)、 אֵשׁ エシュ、単女、fire、 הִתְהַלָּכְתָּ ヒ セ ハラーヘ ター、 ハーラヘ(go、walk)の Hitpa’el(再帰、相互)態・完・2単男、行き来する

   「(実に)あなたは、 (それらの)宝石(複)の火(単)ただ中を行き来する者として、そこにあった。」   (「火の石」 新改訳 ×)

  :15
   תָּמִים ターミーム、単男、complete、完全、傷のない、 אַתָּה アター、2単、you、 בִּדְרָכֶיךָ ビ デラーケイハー(<デレク、way、road、direction、manner)、複男・2単男尾、 מִיּוֹם ミ ヨーム、from the day、time、~の時から、 הִבָּרְאָךְ ヒバーレアーク(<בָּרָאバラー、create、form、創造する)、Nif‘al(受動)態・2単男尾、 עַד アド、until、as far as、while、~まで、 נִמְצָא ニ メツァー(<マツァー、find)、Nif‘al(受動)態・完・3単、 עַוְלָתָה アウェラーサー、単女、iniquity、injuctece、不義、不公正、 בָּךְ バーク、2単男尾、in you

   「あなたのは、 あなたが創造された日から あなたに不正が見いだされるまでは、 傷がなく完全だった。」      ・・・・ サタンも被造物

  :16
   בְּרֹב ベ ロヴ(ロヴ、multitude、多数)、 רְכֻלָּתְךָָ レフラーセハー(<レフラー、trade、merchandise、交易、売買)、単女・2単男尾、 מָלוּ マール(<マーレ)、完・3複、fill、 תוֹכְךָ ソーヘハー、単男・2単男尾、in your midst、 חָמָס ハマス、単男、violence、cruelty、wrong、injustice、暴力、残忍、悪、不正、 וַתֶּחֱטָא ワ テヘター(<ハター)、2単男、sin、罪

   「あなたの交易が繁盛すると、 あなたのただ中に 暴虐が満ち、 あなたは罪を犯した。」

   וָאֲחַלֶּלְךָ ワ エハレレハー、(<ハラル)、1単・2単男尾、profane、(わたしはあなたの)神聖を汚す、冒涜する、 מֵהַר メ ハル、from mountain、 אֱלֹהִים God、 וָאַבֶּדְךָ ワ アベデハー、(<アーバド)、1単・2単男尾、perish、vanish、destroy、(わたしはあなたを)消滅する、滅ぼす、 כְּרוּב ケルブ、 הַסֹּכֵךְ ハ ソーヘク、coverer、 מִתּוֹךְ ミ トーク、from the midst、 אַבְנֵי-אֵשׁ アヴェネイ エシュ、宝石の火

   「そこで、わたしは 神の山から あなたの神聖を汚し、 宝石の火の間から 守護者ケルブであるあなたを消し去った。」   (「守護者ケルブが、・・・・消え失せさせた。」 新改訳 ×)


  ・・・・・ この箇所は、ツロの王と 堕落天使サタンの、二重預言です。 (サタンの記述のもう一か所は、イザヤ14章(↑)) サタンの前身は、 天の賛美の長(エゼキエル28:13、「笛とタンバリン」)、守護天使ケルブの一人でした。 サタンは暴虐によって、輝きが失せ、天の 神の山とエデンの園から追放されました。 また、イザヤ14章によれば、バビロンの王との2重預言であり、賛美天使の長でありながら、自身の「高慢」によって 天から堕落したと書いてあります。(* 教会の賛美者が陥りやすい危険。 会計ではイスカリオテのような裏切りに注意。)

  * ケルビムכְּרֻבִים、cherubim、智天使・守護天使・賛美天使、 4つの顔、4つの翼、翼の下に人間の手): 創3:24、 出25:18-22、エゼ10:21、 など。 セラフィムשְׂרָפִים、seraphim、燭天使、礼拝天使、 6つの翼): 民21:6、イザ6:2、等 + 黙4:6-8(「しし、雄牛、人、わしのような生き物」、「内外に目が満ちる」)。  ミカエル(天使長、「第一の君の一人」(ダニ10:13)、「イスラエルを守る君」(ダニ12:1))、 ガブリエル 等は、通常天使。 「火を支配する御使い」(黙14:18)、「水を支配する御使い」(16:5)、などの特殊な働きをする天使たちもいる。





  14) ダニエル12:4


  ヘブライ語の別訳で、 「ダニエルよ。 これらの言葉は、多くのものが動き回り 知識が増加する 終わりの時まで、書物として封じられる。」

  すべての聖書に書かれている訳文では、何を言っているのか分かりません。ユダヤ教のマソラ本文でも、旧約聖書でも、ダニエル書が 特に隠されたわけではなかったからです。 これは、古代ヘブライ語の解釈の一つです。(多くのものが動き回り=男性・複数、 ひとつの情報が増し加わる(女性・単数) で、別々の文。これらが、終わりの時まで にかかる。)

  現代は情報通信、インターネットの時代です。 (変な情報もありますが、) 神様からの良い知らせ =「福音」 が、全世界に飛び交う時代になっています。 同時に、ダニエル書をはじめ、(黙示録を含めた)終末預言が正しく解釈される時になっています。

  




  15) ホセア13:14


   「14  わたしは彼らを陰府の力から、あがなうことがあろうか(×)。彼らを死から、あがなうことがあろうか(×)。 死よ、おまえの(△)はどこにあるのか。陰府よ、おまえの滅び(△)はどこにあるのか。あわれみは(×)、わたしの目から隠されている。」(口語訳) ・・・正反対の訳
   「わたしは よみの力から、彼らを解き放ち、彼らを死から贖おう(○)。 死よ。おまえのとげ(×)はどこにあるのか。よみよ。おまえの(×)はどこにあるのか。 あわれみは(×)わたしの目から隠されている。」(新改訳)

   「14  I will ransom them from the power of the grave(△); I will redeem them from death: O death, I will be thy plagues; O grave(△), I will be thy destruction: repentance(後悔(○)、悔い改め) shall be hid from mine eyes.」 (KJV)

 


  ホセア(BC750頃、=ヤハウェの救い・イエス様に近い名前)は、ヨナ(=鳩、BC8)とともに、北イスラエルの預言者です。北イスラエルは、分裂(BC922)後の最初から偶像崇拝と不信仰を重ね、BC722 アッシリアによってサマリアが陥落し、クルディスタンのメディアの諸都市や アフガニスタン北部(Ⅱ列17、18、Ⅰ歴5)への捕囚の民とされ、アッシリア滅亡(ニネベ陥落 BC612)後は、一部はアフガニスタン近辺に残り、他は 「シニムの地」(イザ49:12、43:5)(=中国)などへ向けて、この太陽神崇拝・偶像好きの民は 東方憧憬の国々へ移動していったと考えられ、その中に 日本も含まれていると考えられています。(アミシャブの調査結果
  これは、神武天皇の伝承に対して タイミングが合っている(BC660頃?)ので、日本人には、ヨセフやマナセなどの 北イスラエルのDNAが混じっている可能性があります。(文化的には、後の時代(AD4-5世紀以降)の秦氏によって ユダヤ的な文化(南ユダ)が日本の深いところに入ってきました。) そして、日本の歴史上、ヨセフ、エフライムの祝福(創世記49:22-26、申命記33:13-17)をほうふつとさせるような 海外進出などの出来事が何度もありました。
  しかしながら、日本人は、トーラーや律法遵守などの明確なユダヤ文化は無く、ユダヤ教ではないので、あくまでも「異邦人」です。

  ・・・・・・ このように、日本人が救われにくかった理由は、(東のはずれという地理的要因に加え、)ユダヤ性に起因する「不信仰」にあることは明白です。(律法的(行いによる義)、和魂洋才、天皇崇拝、多くの偶像)  しかし 終末の今の時代には、一旦 聖霊様主導しるしと不思議を伴う伝道が始まると、イスラエル(=「栽培種のオリーブ」(ロマ11:24))に次ぐ速さで、急速に救われてくるはずです。(「ユダヤ人はしるしを求める」(Ⅰコリント1:22)傾向)

  ホセア書は、新約聖書で引用されるところの多い預言書です。北イスラエルの民が、実質的に異邦人に混じってしまったこと(ホセア7:8)に関連して、特に、新約聖書で、「異邦人伝道」に転用されています。(ただし、終わりの時には、(置換神学ではなく、)本当の”宗教的・人種的な”残りの10部族も、(アフガニスタン、カシミール、ミャンマー、東の国々などから)イスラエル国に集められます。 イスラエル10部族のリバイバルは、異邦人の大リバイバルと共に、終わりの「後の雨」(ホセア6:3)の時代にかかっています。

   (ホセア書の引用 ・すべて新改訳
  1:10 ・・・ ローマ9:26、 「『あなたがたは、わたしの民でない。』」と、わたしが言ったその場所で、彼らは、生ける神の子供と呼ばれる。」 ・・・ そのまま異邦人の救いに転用
  2:23 ・・・ ローマ9:25、Ⅰペテロ2:10、 「わたしは、わが民でない者をわが民と呼び、愛さなかった者を愛する者と呼ぶ。」 ・・・ 異邦人の救い
  6:6 ・・・ マタイ9:13、 12:7、 「わたしは あわれみは好むが、いけにえは好まない。」 ・・・ 罪人を招くために主は来られた
  10:8 ・・・ ルカ23:30、 黙示6:16、 「そのとき、人々は山に向かって、『われわれの上に倒れかかってくれ。』と言い、丘に向かって、『われわれをおおってくれ。』と言い始めます。」 ・・・ 直接は、アッシリアによるサマリヤ陥落の時の悲惨
  11:1 ・・・ マタイ2:15、 「「わたしは エジプトから、わたしの子を呼び出した。」と言われた事が成就するためであった。」 ・・・ エジプトに逃れた御子イエス様
  13:14 ・・・ Ⅰコリント15:55、56、 「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。 死よ。おまえのとげは どこにあるのか。 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。」 ・・・ 「死は勝利に飲まれた」(イザ25:8)
  → 上記より、ホセア書の直訳では、 「疫病はどこにあるのか、死よ。 殺戮(**)はどこにあるのか、よみよ。」となる。

  * 「よみ」は、ここでは「シェオル」=広義の「ハデス」 = 「ハデス」 + 「タータラス」 + 「アビス」。  「タータラス」(創世記6の堕落天使、Ⅱペテ2:4、ユダ:6)、 「アビス」(=「底知れぬ所」、「アバドン(破壊者)」、ルカ8:31、黙示9:11、11:7)  cf. 「ゲヘナ」(ヨシュア15:8、マタイ5:29、30) = 「火と硫黄との池」(黙示20:10) は霊的な最終処理場、「シェオル」はこれとは異なる。

  **  → 「よみ」では、信じなかった人々が生前の行いに応じて、堕落天使らによって拷問(殺戮)を受けています。(3. ガジマ師 死人の生き返りのあかし) ただし、千年王国後の 最後の審判の後は、死とハデスも 火と硫黄の池に投げ込まれます。(黙20:14)




  16) アモス1:11 NEW


  「エドムの犯した三つのそむきの罪、四つのそむきの罪のために、わたしは(*(補足)その刑罰を)取り消さない。 彼が剣で自分の兄弟を追い、(肉親の情を損ない△)あわれみの情を損ない(○)、(怒り続けて△)彼の怒りは常に引き裂き(○)、いつまでも激しい怒りを保っていたからだ。」

   ・・・ エドム人は ヤコブの兄弟エサウ(ハム系の妻たち)の子孫で、比較的イスラエルと近い。

   פֶּשַׁע ペシャ、背き、そむきの罪、 אֱדוֹם エドム、  רַחַםハム、あわれみ(子宮) の 複男・3単男尾、 שָׁחַת シャハス、滅ぼす の piel態・3単男、spoil、損なう  טָרַף タラフ、引き裂く の3単男、 עַד アド、継続的に、 אַף アフ、怒り の 単男・3単男尾、  עֶבְרָה エブラー、(怒りなどの)噴出、激怒 の 単女・3単男尾


   * アモス書1:1(示し):   2017 1/25

     「テコアの牧者のひとりであったアモスのことば。 これはユダの王ウジヤの時代、イスラエルの王、ヨアシュの子ヤロブアム(ヤロブアム2世)の時代、地震の二年前に、イスラエルについて彼が見たものである。」
   ・・・ 南ユダ出身の(羊といちじくの)農業事業者(7:14)であったアモスが、その生涯の途中で預言者に召され、北イスラエルや近隣諸国について見た幻の書。 北イスラエルへの預言は、アモスはBC760年頃であり、ホセア(755-725活動)、サマリヤ陥落(722)、ヨナ(660頃?)、アッシリア滅亡(612) と続く。 地震は、ヨセフォス『ユダヤ古代史』 Ⅸ(9) 10-4 より、ユダのウジヤ王が高慢になって、祭司でもないのに神殿に入って香を焚こうとしたときに、生涯らい病になったとともに、大きな地震が起こったとされる。(Ⅱ歴代誌26:16-)
      ・・・・ 東京大地震に時期を予感させる。(東京オリンピックは2020年夏ごろ予定)








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