1. 複素共役による定式化(1) ・・・ 複素共役量の導入
自然の第一の特徴は、物質は”複素数の波動”であり、必然的に、”指数関数”の形式で表わされることであった。
ここで さらに、波動関数(確率振幅) および 現象に現われる実数のいろいろな測定値
を導くために、複素数の領域における基本概念を明確にしておかなければならない。すなわち、状態ベクトルや作用素といった 状態と物理量を表現するための数学的な量を定める必要がある。(できるだけ広く適用するための
これらの一般的な定式化を行なうと、相対論的量子力学でも、場の量子論でも同様に理論構成をすることができる。)
これらの定式化において現われる、自然の第二の特徴となるものは、その数学的な設定が、常に”複素共役との対”の形式になっていることである。たとえば 素粒子が持つ 逆や双対、対称性などの性質の理論は、この複素共役の設定が原因であり、また、現実に非常によく合っている。
これらの特性は 実数値に変換する時に現われ、関数の正則性ではなく、むしろ
創造主である神の論理性(2方向性、+ に対する − の要素)をあかしする。
(1) 状態の定式化:
波とは”干渉可能”ということであり、状態と状態とを重ね合わせたものも 対象のとりうる状態の一つであるという性質を持っている。(重ね合わせの原理)
((注) 重ね合わせが成り立つのは 系が 位相の揃った(コヒーレントな)”純粋状態”の場合に限る。 位相がずれた”混合状態”では 干渉は起こらない。 (→ 後述))
対象のとりうる状態を、ディラックの記号 l 〉 (状態ベクトル、ケットベクトル、ケットと読む)で表わすと、たとえば、電子線の強度 α (スカラー)を変えてもその状態 a (ベクトル)は変わらないことを表現するのに、
とおき、
重ね合わせの状態は、 のように表わす。
このように、状態はベクトルであって、次の性質を満たす。 このような空間は、ベクトル空間(線形空間)と呼ばれる。
たとえば、コヒーレントな電子線やレーザー光などの 純粋状態の重ね合わせは、
のように表わされ、 状態 l a 〉 は大きさによらず、変わらない。
ここで、このケットベクトルに対し、 ”共役なベクトル” 〈 a l (ブラベクトル; ケットベクトルと合わせて ブラケット(括弧)の意味)を導入すると、 ケットベクトルとブラベクトルとの積(内積) は スカラーの複素数になる。
ブラベクトルもケットベクトルと同様に すべての値をとり得るので、一つの対象系の状態は ブラベクトルの組 {〈 a l、〈 b l、・・・} でも、ケットベクトルの組 {l a 〉、l b 〉、・・・} でもどちらでも表わせる。 両者の関係は、
内積については、 より となる。 はベクトルの長さの2乗に相当する量なので、任意の状態に対し であり、 を l a 〉 の ノルムと呼ぶ。ノルムを決めることを 規格化 という。 規格化をしても 状態ベクトルの位相 θ は決まらず、 は l a 〉 と同じ状態を表わすから、状態ベクトルのとり方の任意性は まだ無限に残されている。
また、物理量とは、粒子の 位置、運動量、角運動量、エネルギー、電荷などの 測定によって値を知ることのできる 系や粒子の属性である。状態がどのように指定されるかは、その系の物理量がどのような測定値をもつかによる。このように、状態と物理量とは互いに規定し合う関係にある。
(2) 力学変数の定式化:
閉じた力学系(粒子の個数 n 、力学変数の数(自由度) N = 3n =
一定))を設定する場合、最も一般的に知られている理論は、ラグランジュ形式とハミルトン形式である。これは歴史的には古典力学の整備として現れた解析力学であるが、内容的には力学よりはるかに一般的な理論で、マクスウェルの電磁気学や相対性理論も
この形式で表わすことができる。
@ 3次元の自由度として 粒子の位置 と 速度 とすると、ラグランジアンと呼ばれる関数 L を次のように定める。
(N = 3n)
時間 t0 と t1 (t1 > t0)の間の系の変化について、であり それ以外の区間内でラグランジアンの変分が停留値をとる 変分原理 を用いる。
において、
任意の変分 qi( t ) → qi( t ) + δqi( t ) を行なうと、 とおけるから、上式を部分積分して、
右辺第1項は 0 より、
・・・ オイラー‐ラグランジュ方程式
わざわざ 運動方程式を、一般化された位置座標と時間微分との関数であるラグランジュ形式に再導出する理由は、この形式で証明されている事や系がもつ対称性などの性質を引き出すためである。
また、運動量を変数とする ハミルトン形式について、
を 正準運動量 と定義する。(qi 正準座標)
速度 を 正準座標 と 正準運動量 pi との関数として、ハミルトニアン
を定義する。 ハミルトニアンは、全エネルギーに相当する物理量 を正準座標と正準運動量で表わしたものである。 考える系が、どのような力学的自由度を持ち、どのような相互作用があるかは、すべて
ラグランジアンやハミルトニアンの中に示される。
(3) 交換関係:
波動関数に対して 運動量が、
のように 微分作用素におき換えられると、
シュレディンガー方程式(1−2)は、
となる。 ψ(q) に作用する順序が違うと その差は プランク定数 h に比例する。
シュレディンガー方程式が発見法的に導かれたのに比べ、この式は、もっと一般化された意味を持つと考えられるので、次のような
量子化の規則 すなわち、作用素の”交換関係” を仮定する。
(は ハットと読み、作用素、あるいは 演算子 の意味)
物理量はすべて正準座標と正準運動量との関数である。したがって、すべての物理量は 作用素となり、任意の2つの物理量の間の関係(→ 不確定性関係 など )は、この交換関係から導くことができる。
右辺に 虚数単位 i = √−1 が入っていることは、(1)で ”状態”が複素数で表わされたように、”物理量”についても複素数が本質であることを示している。
(4) 共役作用素:
以上を一度まとめると、
(1) ある1つの閉じた対象系のとりうる状態は、すべて 状態ベクトルで表わされ、状態ベクトルの全体は1つのベクトル空間を成す。
状態は一般に時間と共に変化するので 状態ベクトルは その方向が時間と共に変わる。
(2) この閉じた系の時間的変化は、系自身の中で起こる物理的作用により、その作用の仕方は
ラグランジアンまたはハミルトニアンによって決まっている。
(3) ラグランジアン、ハミルトニアンは 物理量(q、p、など)すなわち 作用素 の関数だから、これらの作用素は状態ベクトルの空間で ベクトルに作用する。
1つの状態ベクトルに作用した結果もまた 状態ベクトルである。また 状態は 重ね合わせの原理を満たす。したがって、作用素 (Oハット)は、”線形作用素”として 次の性質を満たすものでなければならない。
任意の状態ベクトルに対して、
作用素の積 は、 によって定義される。 ()
ブラベクトル に対しては、 によって定義し、 となる。
共役作用素 を、 によって定義する。
すると、 が成り立つ。 (これを定義としてもよい)
また、 が導かれる。
最後の式より、特に ブラベクトル、ケットベクトル、線形作用素の積の共役量をつくるには、それぞれの共役量をつくり
逆の順でかけるとできる。
状態ベクトルに作用素を作用させると 一般には違うベクトルになるが、特別な場合
結果がもとのベクトルに複素数をかけたものになる場合があり、このとき この作用素によって、物理的状態は変化していない。このようなベクトルと係数が普通は複数、時には無限に存在する。 この複素数の係数を 作用素 の 固有値 oi 、 l i 〉 を固有ベクトルと呼ぶ。
全く同じことが ブラベクトルに対しても成り立つ。
複素共役をとると、 となる。
ある作用素 Q の共役作用素が もとのものに等しいとき、Q は 自己共役作用素(エルミート作用素)という。
これが固有値 c をもつとすると、 。 ここで をつくると、
左辺の共役は
右辺の共役は となるから 、
すなわち 自己共役作用素の固有値 c は実数である。
任意の自己共役作用素の 異なる固有値に属する固有ベクトルは 互いに直交する(ベクトルの内積が 0 )。
・・・ 直交定理 (証明):
とおく。 上の式の共役をとると、
l b 〉 との内積をつくると、 、 同様に 下の式より
したがって 仮定より であるから、 ∴ 内積