3. 不確定性原理
不確定性関係は、ハイゼンベルクが1927年に γ 線顕微鏡の思考実験より提唱したものであるが、現在は、ほとんど自然界における基本的な”原理”の一つになっている。(アインシュタインが生涯これを否定したのは有名。) 不確定性原理は、観測全般にかかわる原理で、その後構築された量子力学によって、すべての正準共役な物理量の間で成り立つことが導かれた。格子原子の零点振動、スピンのゆらぎなどは
この不確定性関係が具体的に現れる例である。
(1) 座標表示と運動量表示:
粒子の座標、あるいは、運動量を対角線的にする表示が非常によく用いられる。
ここで、1個の粒子の1次元の運動を想定し(3次元でも同じこと)、q、p を、次の交換関係を満たす作用素として定義し直す。
ただし、
(L: ラグランジアン)
・・・・・(3−1)
@) 座標 q の固有状態を基底ベクトルとする場合;
の固有状態(座標が確定している場合)の固有値 q’を
・・・・(3−2)
のように導入する。
固有値 q’ が −∞から+∞までとれる 連続固有値ならば、射影作用素の総和
は に書き直され、したがって、
任意の固有状態 q’’に対し、 となる。
直交定理より、 のとき 。
ここで、ディラックの δ関数(*) 、すなわち、
・・・・(3−3)
(ただし f(x) は滑らかな関数) を導入すると、
・・・・(3−4)
(3−2)、(3−4)を満たす固有ベクトル系 l q’〉 について、 の行列表示 を求めると、
次に、 の行列表示を求めると、 と との交換関係の式(4−1)を 〈 q’l、l q’’〉 で挟んで、
右辺 =
左辺 =
∴
この両辺に 滑らかな関数 f(q’) をかけて q’ で積分すると、
これを満たすのは、
・・・・(3−5)
でなければならない。
したがって、任意の状態ベクトル l 〉 の座標表示は、シュレディンガーの波動関数 ψ そのもの、
すなわち、 であるから、
(3−5)より、
・・・(3−6)
このように、交換関係より、状態ベクトルの式からシュレディンガー方程式が導かれた。 は、座標の測定値が q’ と q’+ dq’ との間にある確率密度を与える確率振幅である。
A) 運動量 p の固有状態を基底ベクトルとする場合;
@)と同様に、p の固有状態は、
行列表示は、
交換関係より、
運動量の固有値 p’ をもつ状態 l p’〉 (運動量が一定)の座標表示における波動関数 を求めると、
より ( 変数分離型 → exp関数 )
∴ ・・・・(3−7)
l p’〉 は運動量が一定の状態(自由粒子)だから、自由粒子の空間における存在確率の振幅が ド・ブロイ波と一致する。
未定の関数 C(p’) は、l p’〉 を規格化すると決まる:
この積分を求めるために ある滑らかな関数 f(x) とその フーリエ変換を、
とおくと、 その逆変換は、
上式に代入して、
δ 関数の式(3−3)と比較すると、 (δ関数の積分表示の一つ)。これを使うと、
の左辺に代入すると、
左辺 =
これを 右辺と比較すると、 ∴ ・・・・・・(3−8)
(2) 不確定性関係:
@ 運動量の固有状態 l p’〉 を座標の固有状態で展開すると(運動量が正確に決まっている場合:)、
この状態で、右辺のl q’〉 の係数は、粒子の位置が q’から q’+ dq にある確率 Pp’(q’)dq’ を与える確率振幅だから、 であって q’ によらない。 自由粒子(運動量が一定)の存在確率は、全空間にわたって同じであり、位置が一定の状態を 同じ重みで重ね合わせたものになる。
A 座標一定の状態 l q’〉 を運動量の固有状態で展開すると(位置が正確に決まっている場合:)、
係数は 運動量が p’から p’+ dp’ にある確率 Pq’(p’)dp’ を与える確率振幅だから、 となり p’ によらない。 位置座標が一定の状態で運動量を測定したとすると、あらゆる値が同じ確率で得られる。
B さて、 現実の場合、たとえば 実験室的なエネルギーレベルの粒子線は、運動量は中心値のまわりに
1%程度の広がりがあり、その空間的な広がりは 数cm程度である。このように、一般に、運動量と位置は 分布をもってその広がりが存在し、粒子は 波束 の状態である。
1次元の1個の粒子を考え、位置の広がりが幅 凾 で与えられている波束であり、平均の位置の座標を原点にとり、進行方向に
ガウス型の分布(幅 凾 は標準偏差 = σ )
をもっているとする。
波束の状態ベクトルを l W 〉 とすると、座標の固有値が q’ であるような状態 l q’〉 で展開したときの確率振幅は、
・・・・・(3−9)
とおける。 CWq は複素数の定数で、その絶対値は、
ガウス積分の公式 より、
∴ ・・・(3−10)
この状態において 運動量 を測定した場合、得られる測定値は固有値 p’ のどれかであり、それぞれの得られる確率の確率振幅は、
であり、 (3−7)、(3−8)によって、
となる。
指数関数の指数は q’の項で分け、
[ ] 内を積分変数にとり置換積分すると
・・・・・・(3−11)
これは(3−9)と同じ形なので、
・・・・・・(3−12)
と書ける。
(3−11)と(3−12)の冪を比較すると、
∴ ・・・・・(3−13)
すなわち、 有名な ハイゼンベルクの不確定性関係の式が導かれる。
あるいは、(3−11)、(3−12)の係数を比較することによっても得られる。 CWp は(3−10)と同様に、
このように、ある物理量が互いに非可換であるならば、それらの間には 不確定性関係があり、その具体的な形は 正準共役な座標と運動量の間の 交換関係から決まる。
* ディラックの δ関数:
で定義される。
ただし、f( x ) は滑らかな関数。 δ関数は超関数の一つで、それ自身では意味を持たず f( x ) との積の積分の形で用いられる。 δ関数の性質を挙げると、
(3) ユニタリー変換:
2.(4)において、可換な 物理量の完全系の固有状態を用いて、状態と作用素を表現した。
さらに、もっと一般的に、2つの非可換な物理量 、 について、それぞれの固有値と固有状態を、
Q1、Q2、・・・、QN; l Q1 〉、l Q2 〉、・・・、l QN 〉; P1、P2、・・・、PN; l P1 〉、l P2 〉、・・・、l PN 〉 とおく。 任意の状態 l 〉 に対し、Q 表示 〈 Qi l 〉 と P 表示 〈 Pj l 〉 との間には、
をそれぞれ Q 表示、P 表示での確率振幅、 を表示を変換する 変換行列 U の要素として、
・・・・(3−14)
転置行列を で定義すると、 U のエルミート共役な行列 は、
同様に、 より、
行列 U は、 すなわち、 を満たす。(U: ユニタリー行列)
Q 表示、P 表示の変換を ユニタリー変換と呼ぶ。
作用素 の行列要素の変換は、
・・・・(3−15)
として、 (3−14)、(3−15) を行列で表現すると、
と書ける。
互いに正準共役な座標と運動量の交換関係 の左辺を 作用素 とおけば、
となって、交換関係はユニタリー変換によって変わらない。
(4) 状態の時間発展:
量子力学の確率的現象の背後には、重ね合わせの原理を満たす 状態ベクトルが存在し、これが
時間的に一意的に変化すると考えられる。時刻 t における状態ベクトルを l A、t 〉、t より未来の時刻 t’ における状態ベクトルを l A、t’〉 とすると、l A、t’〉 は l A、t 〉 によって決っているはずである。
重ね合わせの原理により、
が A、B、R の 3つのモードで成り立ち、
重ね合わせの原理が継続するために この関係は 任意の時刻 t’ においても
のように成り立たなければならない。
この関係を 線形作用素を使って表すと、
同様に、 ・・・・・(3−16)
となり、 は対象系と t、t’ にはよるが 系の運動モード P にはよらない。
時刻 t’ におけるモード P の存在確率 は、
であるから、
任意の t、 t’ に対し、
であり、 はユニタリー作用素である。
したがって、すべての状態の時間発展は、(3−16)に従ってユニタリーに行われる。
有限の時間間隔における時間発展は、無限小の時間間隔における変化の積み重ねであるとする。(これは近接作用の原理とも関係している。) t’
が t に無限に近い極限を考えると、
ここで、 より のように展開すると、ユニタリー条件から、
∴ (反エルミート作用素)
これを用いて とおくと はエルミート作用素であり、
・・・・・(3−17)
より、無限小の時間発展を表す作用素になっている。
(3−7)のように、 、
とおくと、
となって、H をハミルトニアンとすると この式は、 シュレディンガ−方程式
そのものである。したがって、(3−17)の無限小時間発展作用素 としてハミルトニアンを採用する。