(2) 聖霊の賜物


 聖霊の賜物は、この世において主を明確にあかしし、また、私たちが立て上げられるのに必要な、主からの贈り物である。これらの働きは、世の終わりのキリストの来臨の時にすたれてしまうものではあるが、今この世でこれらの賜物(タラント)に忠実であったかどうかが後に問われるのである。

 救いだけのものとして聖霊が与えられているならば、1タラントであり、これだけだと、時代が厳しくなると救いを失う危険がある。聖霊のバプテスマ以上のタラントは必須である。(5人の愚かな娘のたとえ(マタ25−1〜)、タラントのたとえ(マタ25−14〜))

 聖霊の注ぎかけは人の考えでは計れないもので、霊の救いの分野のみならず、たましいの聖めの分野、言語の分野(異言、預言)、カリスマの分野(いやし、奇跡、信仰、知恵、知識、見分け)など、また、実践的能力(奉仕者の霊、知恵の霊など)、5職にかかわる霊、さまざまな信仰の分野(礼拝者の霊、預言者の霊、など)のさまざまな聖霊の注ぎかけがある。聖霊は神と一体で一つであるが、その注ぎかけと現れは無限である。(ヨハ3−34)

 その中でも、特に奇跡としるしにかかわる部分(カリスマの分野)は、神の超自然的な力と主の復活を明確にあかしするために有用であり、他の聖霊の働きとは区別され記されている。

 「「しかし、みなの益となるために、おのおのに御霊の現われが与えられているのです。ある人には御霊によって知恵のことばが与えられ、ほかの人には・・知識のことばが与えられ、・・信仰(の賜物)が与えられ、・・いやし・・奇跡・・預言・・霊を見分ける力・・異言・・異言を解き明かす力が与えられています(**)。しかし、同一の御霊がこれらすべてのことをなさるのであって、みこころのままに、おのおのにそれぞれの賜物を分け与えてくださるのです。」 ・・・ Tコリ12−7〜11

 〜 聖霊の賜物を分類すると9つあって、一つの聖霊がそれらを現し、教会を建て上げる為に用いられ、これらを用いる時御霊の実(ガラ5−22、23)を結ぶ。(知恵・知識(マコ12−13〜、ヨハ4−5〜)、信仰(マコ11−11))

 特に、預言は、これからの時代にあって、聞き従い、および、リバイバルと終末の働きにかかわる重要な賜物である。
                         →  預言の項参照


 【筆者のあかし2】
 1993年S教会では、”ロシアのハバロフスクで同じカリスマの流れの教会へ導く”、との予告の預言がなされていた。この教会は当初、預言者イリエ・コロアマのカバリングを受けていた。
 私は北海道のその支教会のO牧師が率いる訓練チーム加わり、4人でハバロフスクへ行った。日程は、彼らは当初、5月半ば頃にする予定であったが、私は仕事が続けて休みになる5月初旬に参加できる事を伝え、その日程に合わせてもらった。私は、彼らと違う旅行社に予約したのでハバロフスク市の地図をもらっていた。その地図を見ると、なぜか広場の脇にあるレーニン像が気になって仕方がなかった
 5月3日、新潟空港で彼らと合流しハバロフスクへ向けて飛び立ったが、なんと彼らは地図も持たず、ロシア語も知らないで、何の知り合いも無く、ただ、預言のことばによって行くのであった。(ロシア語聖書だけは持って行ったが。) そして、現地のホテルで祈りこみがなされた。4人が一室に集まり、早朝から2時間の祈りがなされ何の示しも無かったが、さらに、もう2時間祈った。すると、祈りの中でO牧師が、”このなかでカードを持っている人がいる。”と言ったので、すぐ私は自分の事だと分かり、思い切って、”レーニン像”と言って預言した。
 その日の午後、他にこれと言って具体的な示しが無かったので、私の持っていた地図を頼りにレーニン像のところへ行った。そこで、O牧師の指揮のもとに霊の戦いをした。東西南北に向かってイエス・キリストの勝利の宣言をし、最後の東に向かっての宣言が終わろうとしたその時、われわれはあの懐かしい英語で、”アーユークリスチャン?”という声が後ろから聞こえた。(ホテル以外では全く英語が通じなかったからである。)
 振り返ると、子供を乳母車に乗せた白人の家族の人たちが笑顔で立っていた。彼らは、何と、ノールウェーとスウェーデンの宣教師たちとその家族の人たちであり、3日後には祖国へ帰るということであった。霊の戦いをしているから、同じカリスマ系のクリスチャンだということが分かったそうである。そして、彼らが奉仕していた’ワード・オブ・ライフ’という名前の教会を紹介されたのである。
 書いてもらった地図をタクシーの運転手に見せて行くと、そこは、威勢良く異言で祈る、預言であらかじめ語られた通りの、まさしく、われわれと流れの同じカリスマ系の教会であった。その教会は劇場を借り切って礼拝が行なわれており、熱心なクリスチャンたちが100人以上集まっていた。そして、そこには英語で同時通訳できるロシア人のクリスチャンがいたので、ステージに3人並んで、日本語−英語−ロシア語の形であかしをしたのである。
 また、牧師(ボリス・エブストラティエフ師)の運転で、日本製の乗用車に乗せてもらい(5人乗りのところ、通訳と合わせて6人乗ったが)、中国国境まで行くという恵みにあずかった。
 たったの3日間の訓練宣教とは言え、預言の力と神の摂理の絶妙なタイミングを体験させられたすばらしい宣教旅行であった。
 主に栄光をお返し致します。


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