2. 実在論者アインシュタインの思索 ・・・ 量子力学の話


 20世紀初頭、物質の世界についての2つの大きな発見があった。ひとつは相対性理論であり、もうひとつは量子力学である。それまでのニュートン力学的な世界観では、質点とか剛体とか流動体などの、いわゆる人間の直感的思索に合う対象として物質を扱うことができたのである。ところがこれらは、その直感的に捉えやすい世界観をすべて、何かもやもやした、とらえどころのないものに塗り替えるものだった。

 相対性理論はアインシュタインが考案した。それは、光速がどの系から見ても一定であるという、一つの驚くべき実験事実(マイケルソン・モーレーの実験)から出発しているが、あくまでも従来の力学だけを用いて導き出されたものである。(*) そして現在まで実験・観測による多くの証明がなされ、物理学の中に確固たる地位を占めている。質量がエネルギーと等価であるという、有名な”質量公式”や、時間の遅れや空間の曲がりなどのような画期的な結果はこのようにして導き出された。宇宙全体のおおよその大きさも、相対性理論による空間の曲がりから予測されている。(* このような意味では、まだ古典物理と言える)

 知的に論理的に突き詰めていけば、どのようなもの・・・たとえ目に見えない小さな物であっても、その実態をどこまでも正確に知り得るはずだ、というのが、ギリシャ以来19世紀までの基本的な科学的理念(哲学)だった。


 ところが、量子力学は、その基本原理からして、人間の直感に反する原理(粒子性・波動性とか、不確定性原理とか、確率論とか、重ね合わせの原理など)から構成されている。
 アインシュタインをはじめとする”実在論者”たちは、そのような、寝覚めの悪い、知的に納得のいかない原理を認める事ができなかった。そして、量子力学的な記述が不完全だから、それに何らかの修正が必要であると考えていた。
 (アインシュタインの有名な”思考実験”、ボームの”隠れた変数モデル”など)


 私たちは今、実験結果というものがこの哲学上の疑問に光を当てる注目すべき時代にいる。
 エレクトロニクスが高度に発達したごく最近になって初めて可能になったいくつかの実験結果によって、物質はどこまでも”真の不定性”を現し、どのような方法によっても、正確にその状態を知って予測することはできないということが明らかにされた。そして、この半世紀以上にも及ぶ一連の長い論争にほぼ終止符が打たれた。

 つまり、わからないということがわかったのである!(人間が科学的手法で知る限界)。アインシュタインの実在論の思索は、実験事実の前に崩れ去った
 事実は小説より奇なり! ・・・ 自然は実体が無く影のようなもので、いかなる方法によっても、決してその時や未来における正確な状態を予測できない。ただ、その確率だけを予測できるというもの。非常に低い確率で、物体が壁を通り抜けてもおかしくないのである。(実際、トンネル効果はこの原理を利用したもの。)

 

        →  (参考) 量子力学の実験と理論
                相対性理論


 ※  アインシュタインの知能指数; IQ=173 (平均100、140以上は天才)と言われている

 人間の直感が当てにならないというのがよくわかりますね。人間はどんなに頭が良くても、いっしょうけんめい考えても、一個の素粒子のふるまいすら正確につかめないのですね〜。 もし、天地を創造した神が存在するならば、神様はどんなに頭が良いんだろう?。

 (”神”?、”天地創造”?。物理の世界にそんなものを引き合いに出すなんて、それこそ頭おかしいんじゃないの?)

 でも、奇跡が存在したらどうする?。 もしここに、”イエスの名によって何か出て来い”と言って、本当に何かが出て来たら、物質やエネルギーの保存則に反するんじゃないの?。古典物理学と量子力学の基本原理が、どちらも根底から破れちゃうよ。


  《 おまけ 》 ・・・ 小話を一席

 長屋でヒマな男が2人寝そべっておりましてな、
 ” ・・・ おい、あそこの隅っこにいるのは虫じゃないか?”
 ” ・・・ ん? ありゃあー、黒豆だ。”
 ”えーっ?あれが黒豆? どう見ても虫だよ。”
 ”いや、黒豆だっ!”
 ” ・・・ まぁ、そう言われてみれば黒豆にも見えるけどなぁ ・・・ あっ!、動いた、動いた。ほーら、やっぱり虫だった!”
 ” ・・・ うっ、動いても黒豆だ。”
 ” ・・・ ”


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