6. 量子力学の2重構造(2):


 最近になって量子力学の実験の分野では、今まで出来なかった実験が次々と行なわれ、”遅延選択実験”などいくつかの驚くべき事実が明らかにされてきました。 理論も、従来の発見法的なものから、現象とはすぐに結びつかない一見抽象的な”状態ベクトル”(ディラック)、”統計作用素(密度行列)”(町田、並木)等の数学的準備と理論の一般化がなされ、可能な枠組みをできるだけ広く取るように整備されてきました。そして、EPR問題などの量子論特有の問題に対して、様々な異なる解釈論が議論された約1世紀に渡る歴史の中で、量子力学はますますその正しさが確かなものとなってきました。



 1. EPRパラドックスへの解答;

 EPR問題はアインシュタインらによって提起されました。(→ EPR問題提起参照)
 量子力学において”統計作用素”の記述法が提案され(町田・並木理論)、状態が干渉し合い一つの状態ベクトルで現わすことができる”純粋状態”と、状態が干渉しないいくつかの状態が共存する”混合状態”の区別が明らかにされました。波動関数や状態ベクトルによる表記法は、純粋状態のみを記述するのに有効で、混合状態を表現するためには、あらゆる可能性を表現する”統計作用素”を用いなければなりません。この町田・並木理論が唯一パラドックスが発生しない理論です。(→ 統計作用素の基本的な性質EPR現象の記述参照)

 電子のスピンの向きが測定によって影響を受けるかどうかの問題について、
 スピン状態を、lx+〉=(1/√2)(la〉+lb〉)、lx〉=(1/√2)(la〉-lb〉)で表わすと、任意の実数θについて、
 lxθ〉=1/√2(exp(-iθ/2)lα〉+exp(iθ/2)lβ〉)
 たとえば、同一線源からの電子線は”位相”が一定、(すなわち、状態lx〉においては、lx-〉においては -1、lxθ〉においてはexp(iθ))で、重ね合わせの原理から1つの状態ベクトルを作ることができ、純粋状態になります。 しかし、2つ以上の線源からの電子ビームを重ねた場合、ミクロの位相がまったく乱雑なので、1つの状態ベクトルで表せない混合状態になっています。(前節の電子線の干渉も、異なる2つの線源の電子線ならば干渉しない)

 互いに反対方向へ飛んで行く電子対は、スピン0の束縛状態(例えば、電子と陽電子から成るポジトロニウム)から出た瞬間、電子2は部分系になり、純粋状態の部分系は一般に混合状態だから、量子論的に干渉することがない初めからの”混合状態となります。だから、電子1が測定された事による、電子2への量子力学的影響は全くありません
 このように統計作用素によって全ての可能性を同時に含める記述によって、長い間論争されたきたEPRパラドックスは消えました。
 電子1のスピンを測定した時の電子2の状態は、

         



 2. 遅延選択実験;

 遅延選択実験は、1993−95年に行なわれましたが実に驚くべき結果が出されました。それは、光子が現象論的に、超光速の遠隔作用として、あたかも検出器の切り替えを”予知”しているように振舞うからです。レーザー光がビーム・スプリッターを出た後で、光が光路を通って検出器に届く前に検出器の切り替えを行なうと、それぞれの検出器の切り替えを予測していたように、粒子、あるいは、波動として相関があるように検出されるのです。これは、見た目上、時間・空間を超えた現象が起こり、因果律が破れています。このような現象は、光が光路1、2のどちらを通過したかが”不定”となる不確定性関係によるもので(不確定性関係は波動関数から計算されます)、その後で行なわれた中性子線の分割・再合成の実験でも、同様にその経路が不定という結果でした。
 (→ 遅延選択実験参照)

 この装置は、同一の光源からの光子をビーム・スプリッターで2つの偏光(反射と透過)に分けるため、位相が一定になっています。したがって、光路系(ビーム・スプリッター、光路1、2、高速スイッチング素子(ポッケル・セル)、ミラー、再合成用プリズム)が全て1つの状態ベクトルで表せる”純粋状態”の系になっていて、量子力学的状態の干渉が適用され、このような特異な現象が起こるのです。

            

 遅延選択実験の結果から、粒子1の測定の瞬間に、粒子2の状態が変わる(この場合、光の粒子性-波動性の不確定性関係)ので、これは系内の測定装置などとの”量子論的分離不可能性”と呼ばれ、マクロの状態から離れてのミクロの物質の独立な存在が否定されてきています。


 さて、これらの事は、”預言”と”三位一体”との深い関係を啓示しています。自然の2重構造の根底にある波動関数は、本質的に ”π、e、i ”という数学上の基本定数で構成されていて、神の三位一体がよく反映されています。 そして、預言とは、神の啓示の賜物の一つで、唯一、未来を持ってくる賜物であり、御霊が与える賜物の中でも特別なものです。
  「イエスのあかし(イエス様の時間・空間を超えた神性のあかし)は預言の霊です」(黙示録19:10)

 全知全能の神様との霊的な関わりが、位相がすべて揃っている”純粋状態”のようであるならば、この地上において、三位一体の中心点から予告的な神の深い啓示や、神様からの奇跡をいただくのです。”混合状態”のように、神様と別の光源で位相が乱雑な場合は何もかかわりを持つことはできません。
  「(多くの群集が押し迫っているのに)私に触ったのは誰ですか?」(マルコ5:30)
  「愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています」(ヨハネの手紙T・4:7)


 神様は空間、時間を超越しておられる、”予定論”の神です。確実な啓示はみことばだけですが、霊的な確率分布の高いところから預言を語ります。預言はマナのようであり(みことばはパン)、その成就はすべて条件付です。聖霊様の臨在にも、濃い薄いという”密度”があります。

 ”自然啓示”は、”みことば”を確かなものとし、より深く掘り下げた理解を与える為のものです。



   (参考)  三位一体と預言との関係: 

 神は、ことばの神であり、神のことばにより、創造・再創造のわざをなされ(創1:3、ヨハ1:3)、神のことばがすべてのわざを成し遂げる(イザ55:11)。これは人間の理性を超え、抽象名詞に対しても命ぜられる事である。
 また、神が時間を超越した存在(ヨハ17:5、ヨハ1:1)であるので、神が語ったことばは、すでに成就(完了、贖いについては完済(直訳)の意(ヨハ19:30)しているのである。これは時制を問題にしない聖書ヘブライ語の文法に適合している。 知識(過去)、知恵(現在)、預言(未来)は、啓示の賜物のカテゴリーに属する。

 また、三位一体とは、神の愛の性質そのものを表す。御父は御子にすべてを与え、御子は御父にすべてを与え(ヨハ17:10)、聖霊様を通して三位一体の交わりに人類も入れられた。このように、神の本質が”与える者”であるゆえ、神の国は永遠に続くのである。(サタンの国は、与える事を知らない自己中心であり、そのような国は分裂して長続きしない。世の終わりの反キリストの国も一時的なものである。異端はこの三位一体を理解できない。)
 クリスチャンがいのちを持ちつづける秘訣は、単に救いを受け取るだけでなく、弟子となって、与えられた恵みを流し出す事である。(ヨルダン川と死海のたとえ、また太陽のたとえ) イエス様は神の管として、御父からのあらゆる恵みを流し続けられた。預言者は、神のことばを受け取って流し出す事について、管に徹する職務である。

   預言は、父、子、聖霊なる三位一体の中心ポイントに位置している。すなわち、御父から教会に与えられた7つの奉仕( ロマ12:6−8)、イエス様が与える5役者の任命(エペ4:11、12)、聖霊様が与える9つの賜物(Tコリ12:7−11)の、いずれにも共通しているのは預言だけである。預言者は、神の戦略的レベルで、神の三位一体を余すところ無くあかしする職務である。
 預言者に必須の賜物は、啓示の賜物(預言、知恵、知識)と霊の見分けである。
 天国の預言者の家の中を、他の誰も永遠に見る事は許されていない。


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