世の策略的事件簿
                                                       2018年 4月20日


  近年起こった世界や日本の策略的な事件についてまとめてみました。 人々には原罪があり、闇がこの世を覆っています。 しかしその上で、は、「ゴグ・マゴグ」、「リバイバル」、「終末」へと、世の動向を 主の計画の方に導いておられるのがよく分かります。

      1. プラザ合意と 日航123便墜落事件:
      2. 9.11テロと イラク戦争の背景:
      3. エリア51と UFO兵器:
      4. 諜報活動・スパイの実態について:
      5. 猟奇的なインターネットの事件:
      6. 仕組まれた事件・冤罪:
      7. 3.11人工地震について(再):




    1. プラザ合意と 日航123便墜落事件:


  1985年8月12日、日航ジャンボ機123便(羽田発・伊丹行き)が 群馬県 高天原山(たかまがはらやま、 一般に報道された御巣鷹山(おすたかやま)は誤り)の尾根に墜落・炎上し 520名が死亡(生存者4名)した事故について、その原因が 修理ミスによる圧力隔壁の破損などではなく、羽田から飛び立ち相模湾上空に差し掛かった時、”オレンジエア”という標的機(* ミサイルではない)が外部から垂直尾翼と油圧系統を破損したことが、現在に至るまで 根強くうわさされています。



  ・ 回収された乗客のネガ・フィルム(右側最後部の乗客の所有、燃えなかったので保存が良い、朝日新聞1990年10月14日朝刊に掲載)には、上空からの富士山撮影の際、富士山方面から向かってくる飛行物体が写っていました。(↓) ボイスレコーダーの衝撃音(18時24分、高度7200m付近上昇中、離陸から12分)の後の減圧は軽度であり、このとき油圧が全て壊れ操縦不能に陥りました。 エンジン出力だけで立て直そうとする機長らの最後の努力もむなしく、18時56分28秒頃に墜落し、大破した機体は炎上しました。 機体後部は衝撃で折れ、斜面を滑落して減速し 比較的衝撃が小さかったので、その後部座席にいた4人が奇跡的に生存しました。 生存者の方の証言によると、この時点で まだ他に多くの生存者がいたそうです。

  (一方、激突した先頭部のほうは 破損がひどく、他の墜落事故のように 人のはらわたが木に引っ掛かり、反跳で骨が皮膚を突き破り 飛び出して、中には前後の2人の人が食い込んで目が三つになった頭部などであり、満タンに積まれた航空燃料が炎上したため ほとんどの死体が黒焦げになっていました。 コクピットは特に破損がひどく、機長は歯しか見つからなかったそうです。 (当時の生々しい報道、もし小学生の時見たらトラウマ確実?)
  遺体確認作業は藤岡市体育館で行われ、すぐ判別したのは67人であり、そのうち蛆がわき、棺が藤岡市の市民体育館や学校等に置かれ、最終的には4か月後の11月下旬に518名の身元が確認された(by.東京歯科大・法歯学教室)。最後まで不明2名。)


  ・ しかし、上空からわかるはず(米軍パイロットも墜落直後に確認)にもかかわらず、墜落位置の情報は二転三転し 救助開始は遅れに遅れ、 ・・・ 夜間の山岳でも活動できるよう 陸上自衛隊や米軍は訓練されているはずだったが、(ラジオアイソトープ積載による放射能汚染等の理由が付けられ、)陸自、群馬県警は上からの命令があるまで待機させられた
  ようやく 13日の夜明けになって、まず上野村消防団が救助に向かい、墜落からおよそ14時間が過ぎた、午前8時半頃に 空路・陸路から 陸自・機動隊などによる本格的な救助作業が開始されました。

  ・ 回収されたボイスレコーダー(* 2001年の情報公開法施行前の、保存義務の無い文書等の廃棄が進められる中で、1999年11月運輸省はこの情報を廃棄処分したが、内部の良心的な人物がコピーしていて、マスコミ各社(Nステ、TBS、毎日、赤旗 等)へのリークがあり、TBSでは2000年8月上旬に報道している → ボイスレコーダー報道)には、衝撃音直後”スコーク77(最高度の救難信号)”の次の言葉(18時24分47秒)は、”オレンジエア”と聞こえ、どうしても事故調査委で公表された”オールエンジン”には聞こえない。
  その他の情報も、機長の声を一部削除(機長と副機長とのやり取りが不自然になっている)など、かなり改竄されたもようです。ボイスレコーダーの内容

  ・ また、ボーイング社の修理ミスによる事故と結論されたにもかかわらず、ボーイング社は一銭も払っていなく、遺族への補償はすべて日本航空が支払っています。 つまり”修理ミス”ということにしてくれ、ということ。

  ・ ある工場に他の残骸と共に並べられた、オレンジ色の破片が突き刺さった垂直尾翼(↓)など、出どころ不明の画像が出回っています。 事故当日の相模湾で、護衛艦「まつゆき」が試験航行していたそうです。 また、誘導ミサイル実験の標的機 ファイア・ビーも チャカ2も オレンジ色の塗装をしています。(↓)
  護衛艦・まつゆき は、事故の翌日の8月13日の午後に、相模湾で就役前の公試中、海上に浮遊していた垂直尾翼の一部+補助エンジンのダクトを回収した、とされています。

  (cf. 一方で、運輸省 事故調査委による公式発表では、垂直尾翼(の大部分)は未発見とされ、事故から1年10ヶ月で調査終了している)

  ・ 最近では、墜落から30年後の 2015年7月29日、相模湾海底で 123便の最後部の部品(補助エンジン(APU))らしき物体を発見。ANNニュース この補助エンジンはテール・コーンに収められているもの。 しかし現在の 運輸安全委員会は、これについてコメントを差し控える、と言っています。




  さて、この事故が、何者かによって仕組まれた”事件”だとすると、それを行う動機や利害関係という背景を考えることが必要です。




  1985年9月22日に米国主導で G5(米、英、仏、西独、日本)の 大蔵大臣クラス、中央銀行総裁がニューヨークのプラザホテルへ集められ、ドル安政策によって米国の輸出競争力を高め、貿易赤字を減少させる目的で、ドルの下落と それ以外の通貨の上昇を意図的に操作する会議が開かれました。 このプラザ合意前の1985年に240円/ドルだったのが、1987年には150円/ドルを下回りました。
  この頃、中曽根内閣で、ロナルド・レーガン大統領と ”ロン・ヤス”と言われるほどの親密な関係を持っていました。( ・・・ つまりアメリカの言いなり、ということ(=アメポチ)) アメリカはシンプルに恐ろしい国で、逆らうと暗殺や政治的に抹殺されるなどの恫喝がありました。(中国寄りの田中角栄の失脚もそうだった。 中曽根氏今年100歳)

  その一方、竹下大蔵大臣は アメリカの意見に取り合わなかった。 関西の大物議員四人がプラザ合意に反対していた。
  また、この123便には、トロンOS(Windows の先を行くOS)の技術者(松下の社員・16人)が乗っていました。(参考、 搭乗者名簿(8/14 東京・朝刊)) (プラザ合意に反対していたこの関西の大物議員四人が乗っていた(?)、という意見もあります。 )

  そこで、アメリカ当局は、在日米軍を用いて、プラザ合意の直前の8月に この大事故(単独の飛行機事故としては死者数最大)を起こさせた、と考えるのは自然と思われます。(動機がある分、自衛隊の誤射説よりも強いのではなかろうか)


  * 何か重要な意思表示をアメリカが行いたい場合は、たいていこのような「恫喝的な策略」が行われます。(軍事予算はふんだんにあります)

   ex) 2004年12月 スマトラ沖地震 M9.3  22万8千人死亡: 米国が突きつけた石油利権要求と 米軍のマラッカ海峡駐留に反対した報復、岩盤の破壊が3段階で進行したこと(≒3つの大地震が偶然重なったこと)、2011 7/11浜田政務官は国際政治経済学者時代の論文を国会で引用した。
  2011年3月11日の東日本大地震でも、石油を牛耳るロックフェラーが、ウランを支配するロスチャイルドをけん制する目的で 3.11人工地震を起こさせ、20分きっかりの周期の地震で津波を増幅させ、また故意に福島原発事故を起こさせた。 (悪の根源、20世紀後半の反キリスト的な世界経済の支配者だった デービッド・ロックフェラー(にせユダヤ)は 2017年3月21日に 死去。101歳。 事実上2008年のサブプライム危機で力を失っていた。
   この時、池田大作が、デービッド・ロックフェラーに預けた60兆円はリーマンショックでパーになった。 その後2009年に行われた衆議院選挙では、公明党のトップ3人、冬柴、太田、北側らの落選。



  そして、この結果、急激に円高になり、輸出産業を圧迫して円高不況となり、これを打開するための日銀の大幅な金融緩和(年内に4度も金利引き下げ、 円を刷って200兆円をメガバンクにタダで供給)により 過剰供給された資産は行き場を失い、不動産・土地、金融などへの投機に用いられ、急激に土地価格が高騰し、政府、地方自治体、個人(一般のサラリーマン)に借りさせて投機をさせるという、いわゆるバブル景気内需主導型)となりました。 (東京・山手線の内側の土地の価格でアメリカ全土が買える?高騰ぶり。 cf. 現在も、それ以上の350兆円を供給しているが、企業・個人の投資は消極的

  しかし このような状態は長く続くはずもなく、90年代に入ると、1989年の不動産総量規制+公定歩合引き上げ により、1990年2月株価暴落、1991年3月地価暴落 となり、1992年1月の地価税により さらに下落して バブル崩壊となりました。 土地価格は下落し、投資家たちは大損失を抱える事態になりました。 (プラザ合意の経緯と背景
  バブル崩壊後の日本は、さらに消費税の導入(1989:3%(竹下)、1997:5%(村山→橋本)、2014:8%(安倍)、(愚策!))により 個人消費が冷え込み、デフレ・スパイラル平成不況に陥り、いわゆる”失われた20年”と言われる状態が続き、いまだ完全に脱却していません。



  * 霊的な解釈では、バブル崩壊は 摂理的に、平成天皇の即位式(1990)と共に行われた”大嘗祭”という偶像崇拝行為が、その時まで救われていたクリスチャンの天皇が罪を犯したということで、「のねたみ」が 日本全体に 土地関係の のろいとして覆っていると考えられます。 次回(2019) 皇太子が天皇になるとき、もし大嘗祭が行われれば、今度は(地震によって疲弊した)日本が中国に侵略されるかもしれない??


   「偶像を造ってはならない。 それを拝んではならない。 それに仕えてはならない。 ・・・ 主であるわたしは ねたむ神である。」(出エジプト20:4−6抜粋)



  * (強運の持ち主) 123便にもう少しで乗るところだった 明○家○んま、○川淳二 氏は、守護の御使いが大きかった?



  (参考)  圧力隔壁が、生存者の証言(パーンという音、一瞬だけ結露して機内が曇る、誰も身体の不調を訴えない。 高度7000mで急減圧すると大変なことになる。* )の通り、それほど壊れているわけではないので、決して その影響で頑丈な垂直尾翼や重い補助エンジンが吹き飛ぶわけがない! 何かが外部から、(爆破ではなく、(ミサイルではない))高速で機械的に衝突した以外に考えられない。
    * インド旅客機で30人が鼻血=気圧維持装置始動せず: 2018年9/20ニュース  【ニューデリー時事】インド紙ヒンドゥスタン・タイムズは20日、航空当局者などの話として、国内線旅客機の飛行中に客室内の気圧が急激に低下、乗客166人のうち30人が鼻や耳から出血するトラブルが起きたと報じた。操縦士が離陸時に客室の気圧維持装置の始動を忘れたのが原因で、飛行機は出発した空港に引き返した。



  

  


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